第14話

 雪の魔女のブラウンエルフさんが泣き止むのを待ってから、わたしは改めて彼女に声をかけた。

 寒さの和らいだ草原のなかで、ぺたんと座り込んだまま、ふたりでお話をする。



「わたしはパティ、あなたのお名前は?」



「……グラッセ」



「じゃあ、グランちゃんだね! よろしくね、グランちゃん!」



「……飲みたい」



「え?」



 聞き返すと、グランちゃんは空になったゾウさんカップをわたしに差し出す。



「……ホットチョコレート、もっと飲みたい」



「よかったぁ、てっきりおいしくないのかと思った! おかわりなら、もちろん大歓迎だよ! たくさん作ったし……」



 ホットチョコレートを作った鍋のほうを見てみると……。

 なんと……!



「ありゃ!? カラッポ!?」



 まわり見回してみると、うちのコビットさんたちが、グランちゃんのダークコビットさんたちに、ホットチョコレートを振る舞っているところだった。

 コーヒーミルクを入れるような、ちっちゃなカップで乾杯したあと、ぐいっとあおって、



「ぷはぁ……!」



 と溜息が聞こえてきそうなくらい、みんなでホッとひと息ついていた。

 そして例によって、



 ……すぽぽぽぽぽぽーーーーーーーーんっ!!



 ダークコビットさんたちは、みんな園児さんたちに……!


 わたしはおかわりそっちのけで、グランちゃんに両手を合わせた。



「ご、ごめん! グランちゃんのダークコビットさん、みんなノーマルコビットさんになっちゃった!」



 すると彼女は、おかっぱ頭をふるふると、左右に振った。



「構わない。私はあなたに負けたのだから」



「負けた……? わたし、なにもしてないんだけど」



 少なくとも、勝負らしきものはなにもしていない。

 わたしがしたことといえば、ホットチョコレートをごちそうしたくらいだ。


 グランちゃんは事もなげに、とんでもないことを言った。



「『魔女大戦』で負けた魔女は、生贄にされるか、奴隷にされる。なにをされても文句は言えない」



「いや、どっちもしないよ!?」



「でも、あなたはしなくてはならない。これから先、生き残るために」



「うーん。なんだかよくわかんないんだけど……。じゃあさ、わたしとお友達になって!」



「お友達……?」



「うん! リンちゃんやユニちゃんやコビットさんたちも、わたしのお友達なんだよ! だからさ、グランちゃんもお友達になって、お願い!」



 すると横から、「ハアァ……バカじゃねぇの……」と、力ない声が割り込んでくる。

 見ると、リンちゃんが木の枝の上で疲れた顔をしていた。


 まるで財布を落としちゃった人みたに、がっくりとうなだれていて……。

 さっきまでグランちゃんをけしかけてた威勢が、ウソみたいになくなっている。



「リンちゃんはああ言ってるけど、わたしはリンちゃんが大好きなんだ! きっとグランちゃんも大好きになれると思う! だから奴隷なんて言わないで、お友達になって! ねっ!?」



 するとグランちゃんは、むっつりとした表情で、



「哀れね。この忘れ谷で、友情を求めるだなんて」



「な、なんか急に、いつもの調子に戻ったね。まあいいや! それよりも、グランちゃんの領地を見てみたいな!」



 わたしはリュックを背負ってお出かけの準備をすませると、グランちゃんのあとについて草原を離れた。


 こうして後ろ姿を見ると、グランちゃんはわたしより少しちっちゃい。

 彼女がいつもしているのであろう、おおきな耳当てが可愛いかった。


 それにしても、この枯木の森を歩くのも久しぶりだ。


 長いこと暖かい草原にいたので、まわりの寒さをすっかり忘れていた。

 わたしは「うぅ~さぶさぶ」と身体をこすりあわせながら、グランちゃんについていく。


 わたしとグランちゃん、そしてユニちゃんの身体には鈴なりにコビットさんが乗っていて、同じようにさむさむしていた。


 グランちゃんの領地は、少し歩いたところにあって……。

 見た途端、寒さなんて吹き飛んでしまった。



「うわぁーーーーーっ! すごいっ!」



 さすがは『雪の魔女』だけあって、辺り一面の銀世界。

 わたしは、いてもたってもいられなくなって飛び出していき、



 ……ばふっ!



 と雪の中に飛び込んだ。



「うわぁ! 冷たい! 気持ちいいーっ!!」



 コビットさんやユニちゃんと、いっしょになってゴロゴロする。

 そんなわたしたちを、グランちゃんはクールな表情で見下ろしていた。



「哀れね。雪でそんなに喜べるなんて」



 わたしは身体を起こすと、雪玉を丸めてグランちゃんに投げた。

 それはグランちゃんの顔に見事命中して、彼女の顔を雪まみれにする。



「あはははっ! よぉーし、雪合戦だ! グランちゃんとそっちのコビットさん、わたしとこっちのコビットさんで……ええっ!? なにそれっ!?」



 わたしのルール説明は途中で批難に変わった。

 なぜならばグランちゃんは、たくさんの雪玉をまわりに浮かべていたからだ。


 さすがは、雪の魔女……!



 ……ドドドドドッ……!



 砲弾みたいな雪玉が押し寄せてきて、パティ軍はみんな雪のなかに埋もれてしまう。

 わたしは雪のなかから、ぷはっと顔を出すと。



「ずるいよグランちゃん! 魔法を使うだなんて!」



「哀れね。魔女が魔法を使って、なにがいけないの?」



「ぐぬぬ……! とにかくダメったらダメ! ちゃんと手を使って投げて!」



 すると彼女は「わかった」と頷いて、しゃがみこんで雪玉をこねこねし始めた。

 わたしはチャンスとばかりに飛び出すと、彼女におもいっきり雪をぶっかけた。



「あはははっ! グランちゃん、雪だるまみたい! グランちゃんダルマだ!」



 わたしはそれからしばらく、グランちゃんたちと雪合戦をした。

 白一色の景色のなかで、雪玉と、わたしの笑い声、そしてコビットさんの「ピャー!」という喜びが交錯する。

 グランちゃんは笑わなかった。


 わたしはなんとか彼女を笑わせたくて、接近戦に持ち込む。

 雪のなかに押し倒して、2匹の犬みたいにじゃれあって、いっしょになって転げ回る。


 ふたりで雪まみれになって、「楽しいね!」と笑いかけると……。

 すると彼女の頬はわずかだけど緩んでいて、心なしか嬉しそうに見えた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 いっぱい遊んだあとは、やっぱりお菓子だよね。

 これだけの雪を前にして、わたしがお菓子を作らないわけがない!


 でも、かき氷とかはちょっと寒いので、なにかいいのはないかなぁ……?


 わたしは魔法の本を開く。

 レベルが上がってポイントが増えていたので、『ファーミング』に1ポイント振ってみた。



 お菓子魔女 パティ

 魔女レベル 12

 魔女ポイント のこり4 ⇒ のこり3


 キチント(1)

  魔法の杖を、調理器具に変形させられる。


 サット(1)

  手から砂糖を出す。


 シオン(1)

  手から食塩を出す。


 クモクモ(1)

  砂糖からわたがしを作る。


 ファーミング(3) ⇒ ファーミング(4)

  コビットの能力を覚醒させる。


 ユニゴーンパワー(1)

  ユニゴーンの能力を覚醒させる。


 チョコレートナイト(1)

  チョコレートからチョコレートナイトを作る。



 すると、さっそく動き始めるコビットさんたち。

 雪かきをして地面を露出させたあと、耕して種をまく。


 こんな寒いところで、育つのかぁな……?


 と思ってみてたんだけど、



 ……にゅにゅにゅにゅにゅっ……!



 緑色の葉っぱがあっという間に生い茂った。

 葉っぱの間からぶらさがっている鞘に、わたしは思わず歓喜の声をあげてしまう。



「あ……アズキだぁーーーーーっ!」

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