第11話

「哀れね」



 女の子はわたしを見て、最初にそう言った。

 ものすごく冷たい瞳と、凍るような声で。


 わたしはすぐに、この子が『雪の魔女』というのを察する。

 雪の魔女さんは、大勢の青いダークコビットさんを引きつれ立っていた。


 彼女は『雪の魔女』といわれているだけあって、肌が雪みたいに真っ白い。

 水色のおかっぱ頭に、大きな耳当てをしており、雪の結晶を集めたみたいなローブを着ていた。


 手には、彼女の身体よりもずっとずっと大きい、氷の槍が……!


 それは槍というよりも、氷の上をすべる乗り物みたい。

 こんなので突かれたら、大穴が開くどころか、身体がふたつに分かれちゃうんじゃないかと思うほどに巨大だった。


 そんな持ち上げるのも大変そうな槍を、女の子は自分の身体の一部のように苦もなく持ち上げている。


 しかしそれ以上に印象的だったのは、青い瞳の半眼。

 睨まれているわけでもないのに、目がそらせない。


 わたしは身体が凍りついていくみたいに硬直していた。

 しかしそれでも、なんとか言葉を絞り出す。



「あ……あなたが雪の魔女さん?」



 すると、彼女の唇から、白い吐息が漏れた。



「哀れね。これから消えゆくものが、それを知ってどうしようというの」



「え、えーっと、できれば消えたくないんだけど……」



「哀れね。消えゆくもの言葉は、雪と同じだということが、わからないなんて」



「あ、そうだ! お名前はなんていうの? わたしはパティ、よろしくね!」



「哀れね。これから消えゆくものが、名を聞いてどうしようというの」



「ううっ……!」



 わたしは人と仲良くなることについては自身があるつもりだった。

 村いちばんのガンコ者といわれるおじいさんとも、すぐに仲良しになったし……。


 でも、この子はそのおじいさんの比じゃないかも。

 なにを聞いても、「哀れね」としか言ってくれないよぉ!


 しかしふと、雪の魔女さんの肩ごしに、リンちゃんがひょっこりと顔を出した。

 わたしは助け船を求めるように、リンちゃんにすがった。



「あ、おかえりリンちゃん! 今までどこに行ってたの!?」



 するとリンちゃんは、ヒヒヒ! と笑った。

 まるで雪の魔女さんの仲間みたいに。



「飛ばされたついでに、隣の領地のコイツを連れてきてやったのさ! なんたってコイツは、俺が育てた魔女だからなぁ!」



「えっ、そうなんだ!? だったら紹介してよ!」



 しかしリンちゃんは、雪の魔女さんの口癖が伝染うつっちゃったかのような、にべもない返答を繰り出した。



「ヒヒヒ! 哀れだねぇ! これから殺し合いをする者どうしを紹介して、何になるっていうんだよ!?」



 わたしはギョッとなる。



「わ……わたしは殺し合いなんかしないよ!?」



「ヒーッヒッヒッヒーッ! テメーがしたくなくても、コイツはしたくてたまらねぇんだよ!」



「う、うそっ!? 違うよね、雪の魔女さん!?」



「哀れね、この期に及んで自分の置かれた立場を理解していないだなんて」



 ううっ……!

 なんかもう、八方塞がりってカンジだ……!


 わたしはせめて、みんなだけは助けようと思い、コビットさんたちに声をかけた。



「コビットさん! わたしの後ろに隠れて!」



 すると、コビットさんはポケーッと雪の魔女さんを見上げていたんだけど、わたしの呼びかけにハッとなる。

 彼らは次々と、チョコ兜の面頬めんぼうを降ろすと、



「ピャー!」



 と勇ましい掛け声とともに、わたしの前に整列して、ひくい壁を作った。

 どうやら、わたしを守ろうとしているみたいだ。


 そんなチョコレートコビットさんたちを、雪の魔女さんは変わらぬ表情で見下ろしていた。

 しかしふと、



「哀れね」



 と動いた唇から、続けざまにフッと息を吹いたかと思うと、



 ……シュワァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーッ!!



 ドライアイスのような息が、炎のように振りまかれ……それを浴びたコビットさんたちは……。



 ……カキィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーンッ!!



 一瞬にして、カチコチに……!



「わああああっ!? なんてことするのっ!?」



 わたしは心臓が口から飛び出すほどにビックリしながら、コビットさんを拾いあげる。

 どのコビットさんも勇ましいポーズのまま、完全に氷像みたいになっちゃっている。


 わたしは思わず泣きそうになってしまった。

 自分がこんなになっちゃうのも嫌だけど、お友達がこんな風になっちゃうのは、もっといやだ……!


 でも悲しんでる場合じゃない。

 早くこの子たちを助けないと!


 わたしは雪の魔女さんそっちのけで、転がっていたローリングピンを取る。

 まわりをぐるりと囲んでいた、青いダークコビットさんたちが「抵抗するな!」とばかりに一斉にツララを向けてきたけど、わたしはそっちのけで準備を進める。



「キチント! おおきくて平らなお鍋になぁれ!」



 するとわたしの手にあったローリングピンは、むくむくと膨らんで、底の浅い大鍋に変わる。

 できたての鍋を泉のなかに突っ込んで、水をくみ上げた。


 さっきまでプレッツェルを焼いていたカマドに、大急ぎで鍋を乗せる。

 ありったけの木の枝を放り込んで、火力を最大にした。



「早く! 早く沸いて! 早く早く早くっ、早くぅぅぅ~!」



 カマドの前で焦れていると、またしても首筋に切っ先を突きつけられた。

 見ると、変わらぬ様子で雪の魔女さんがわたしを見下ろしていた。



「なにをしているの」



「なにって、コビットさんたちを温めて助けるんだよ!」



「哀れね。これから消えゆく者がそんなことをして、なんになるというの」



「こんなに冷たくなってるのに、ほっとくわけにはいかないよ! きっとコビットさんたち、すごく寒い思いをしてると思う!」



 するとそれまで一切の表情が無かった雪の魔女さんの眉間に、微妙にシワが寄ったような気がした。



 ……ぐわっ!



 と振りかざされる槍。

 雪崩のような大きな影が、わたしを覆う。


 でもわたしは逃げなかった。目をつぶったりはしなかった。

 もうほどんと泣いているであろう瞳をカッ見開いて、雪の魔女さんにすがった。



「雪の魔女さんの狙いは、わたしなんでしょう!? だったらお願い! わたしはどうなってもいいから、せめてこの子たちだけでも助けさせて! お願いお願いお願い! お願いだからぁ!」



 すると雪の魔女さんは、そのままのポーズで固まったまま、



「哀れね」



 とだけ言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る