第10話

 『雪の魔女』のダークコビットさんたちが、ノーマルコビットさんになったことで、わたしはようやく気付いた。


 昨日の夜、『わたがし布団』で寝ていて、今日の朝おきたら『コビットさん布団』になっていた理由を。


 昨日も夜の間に、ダークコビットさんたちが襲ってきていたんだ。

 でもわたしを刺す前に、『わたがし布団』を食べて、ノーマルコビットさんになって、そのままわたしの上で寝ちゃったんだろう。


 なぜかはわからないけど、わたしのお菓子を食べると、ダークコビットさんは野良かどうかに関係なく、ノーマルコビットさんになるみたいだ。


 そしてたぶんだけど、ダークコビットさんは夜行性で、ノーマルコビットさんはふつうの人間に近いんだと思う。

 プレッツェルを食べて、おなかいっぱいになった新入りのコビットさんたちは、もうオネムのようだ。


 わたしの前で一列に整列したまま、こっくりこっくり船を漕いでいる。

 お家は壊されちゃったけど、ちゃんと食べてくれたし、謝ってくれたのだから、わたしとしては大歓迎だ。


 それに、わたしも少し眠い。

 わたしは新入りさんも含めたみんなに向かって言った。



「とりあえず、家を直すのは明日にしようか」



 わたしはまた大きな『わたがし布団』を作ってみんなで寝たんだけど、次に起きたときには、布団は虫食いみたいになっていた。

 一部のコビットさんが、寝ながら布団を食べていたせいだ。


 なにはともあれ、わたしの魔女生活の三日目が幕を開ける。

 時間がわからないから、本当に三日目なのかはわからないけど。


 なんにしても、すがすがしい目覚めだ。

 大きく伸びをして、あくびをひとつ。


 新入りさんが増えたので、あらためてコビットさんの数を確認したら、300人にまで増えていた。

 倍以上の人手があったので、プレッツェルの家を建て直すのもあっという間だった。


 なにもかも元通りになったのはいいんだけど……。

 ひとつだけ、心配があるんだよね。


 増えたコビットさんは、元はといえば『雪の魔女』のダークコビットさんだ。

 そう考えると、『雪の魔女』はいまごろ怒ってるかもしれない。


 わたしにコビットさんを取られた、って……!


 うーん、わたしは取りたくて取ったわけじゃないし、必要なら返してあげてもいいんだけど……。

 またイタズラっ子にされて戻ってくるのは嫌だなぁ。


 なんとかして、この子たちを守ってあげる方法はないものだろうか。


 わたしはヒントを求めて、魔法の本を開いてみた。



 お菓子魔女 パティ

 魔女レベル 8

 魔女ポイント のこり2


 キチント(1)

  魔法の杖を、調理器具に変形させられる。


 サット(1)

  手から砂糖を出す。


 シオン(1)

  手から食塩を出す。


 クモクモ(1)

  砂糖からわたがしを作る。


 ファーミング(2)

  コビットの能力を覚醒させる。


 ユニゴーンパワー(1)

  ユニゴーンの能力を覚醒させる。


 チョコレートナイト(0)

  チョコレートからチョコレートナイトを作る。



 おっと、レベルがふたつも上がっていて、新しい呪文が増えてる。


 『チョコレートナイト』……?

 ナイトってのはもしかして、『騎士』のことかな?


 それならこの村を守るのに、役に立ちそうだけど……。


 でもチョコレートがないとダメみたいだ。

 わたがしを作るときに、リンちゃんが言ってた『触媒』ってやつだよね。


 こんな事なら、チョコレート残しておけばよかったなぁ。

 この谷に来る馬車のなかで、ぜんぶ食べちゃったんだよね。


 ……でも待てよ、チョコレートの素になるカカオって、たしか、木に成るんだよね。


 わたしは『チョコレートナイト』を習得したあと、ダメ元で、『ファーミング』にも1ポイント振ってみた。


 新しい能力を得たコビットさんたちは、さっそく畑仕事をはじめる。


 今度は何が出てくるのかなと、期待して見てたんだけど……。



 ……にょきにょきにょきっ!



 と生えてきたのは、『カカオの木』……!


 やった! もしかしたらと思ったんだけど、本当にカカオの木が生えるだなんて!


 といってももちろんコビットさんサイズ。

 木の高さはわたしのスネくらいまでしかなくて、成っているカカオの果実もナッツみたいに小さい。


 でもこれで、チョコが作れるぞ!



「よおし、じゃあみんな、カカオの果実をわたしの所に持ってきて!」



 すると「ピャー!」と応じてくれたコビットさんたちが、せっせせっせと収穫をはじめる。

 わたしは次々と運ばれてくるカカオの実を剥いて、中からゴマ粒のようなカカオ豆を取り出す。


 ……も、ものすごい、繊細な作業だ……!


 さすがにひとりでは厳しかったので、収穫を終えたコビットさんたちにも手伝ってもらう。



「カカオの果実からカカオ豆を取り出してね。果実はあとで使うから、よりわけておいて」



 コビットさんはさすがはジャストサイズだけあって、カカオ豆を取り出すのも楽勝のようだった。

 わたしは、彼らの前に盛り塩のようにできあがっていく、ちびカカオ豆をスプーンですくって、ボウルに移した。


 そして『キチント』の魔法で杖をローリングピンに変え、ボウルのなかにある豆をすり潰す。

 カカオ豆をすり潰していくとだんだん粘り気が出てくるんだけど、それがペースト状になるまで続ける。


 あとは『サット』で、お砂糖をたっぷり加えたら……。



「『チョコレートペースト』のできあがりぃぃぃぃーーーーーっ!」



 チョコレートペースト お菓子レベル1

  すり潰したカカオ豆に砂糖を加えたもの。



 みんなでちょっぴり味見してみると……。

 とろけるような甘さが、口いっぱいに広がって……!



「おおお……! おいしい~っ! お菓子といえば、やっぱりチョコレートだよね!」



 このまま冷やし固めて、板チョコなんかを作りたかったけど、ぐっと我慢。

 スプーンですくったチョコレートペーストを、手のひらにのせて……。



「いでよっ! チョコレートナイトっ!」



 すると、すぐ下にいたコビットさんたちが、



 ……すぽぽぽぽぽーーーーーーんっ!!



 ポップな音とともに、チョコレートの全身鎧に包まれた。

 その数、きっちり10体。


 もしかして、鎧の中身までチョコになっちゃったのかと一瞬焦ったけど、コビットさんたちは冑の面頬めんぼうを跳ね上げ、つぶらな瞳を輝かせて、キャッキャとはしゃいでいた。


 なるほど『チョコレートナイト』の呪文は、コビットさんにチョコの鎧を着せるのか。

 いちおう、チョコの剣も持っている。


 ……でも……。

 あんまり、強くなさそう……。


 それが『チョコレートナイト』の第一印象だった。

 ダークコビットさんたちに比べると、ぜんぜん弱そう。


 しかし当のコビットさんたちは大喜びで、他のコビットさんたちも「いいなー」といった感じで見ている。

 みんなからせがまれたので、わたしは公平に、コビットさん全員を『チョコレートナイト』にしてみた。


 ずらりと整列する、茶色い騎士団。

 これだけ数が揃うと、頼もしくも見えなくもない……かな?


 チョコナイトさんたちは剣を掲げて、「えいえいおー」とやっているが、わたしは念のため注意した。



「みんな、その剣で他のコビットさんたちを叩いたりしちゃダメだよ? 相手がダークコビットさんでも絶対にダメだからね」



 すると「じゃあどうやって戦うの?」みたいな顔をされた。



「敵がきたら、そのチョコの剣を、相手の口元に突きつけるの。そしたらパクッて食べてくれるはずだから。そしたらきっと仲良くなれるよ」



 わたしの伝えた剣術を、さっそく実戦してみるとチョコナイトさんたち。

 真剣な表情で、お互い向き合って一礼すると、サッ! と構えを取った。


 ちゃんちゃんばらばらとチョコの剣を打ち合わせたあと、両者同時に、口元に切っ先が突きつけられた。

 次の瞬間、



 ……ばくっ!



 とお互いの剣は咥えられ、「んまぁ~」と言わんばかりの、至福の表情に変わる。



「そうそう、そんなカンジ! 一緒にチョコレートを食べれば、仲良くなれるんだよ! みんなもやってみて!」



 わたしの伝えた『チョコレート殺法』は、あっという間に広まり、あちこちでみんなを幸せにしていた。

 ……だから、つい夢中になっちゃってて、気付かなかったんだ……。



「哀れね」



 まるでブリザードのように、わたしの頭上から、冷たい声が降り注いだかと思うと……。



 ……ジャキィィィィィィィィィーーーーーーーーーーンッ!!



 わたしの鼻先に、ぞっとするほど鋭利な切っ先が突きつけられていた。

 蒼白い槍はコビットさんサイズなどではなく、人間サイズ。


 ドライアイスのような白煙をまとうそれを、目で追っていくと……。

 そこには極寒の瞳でわたしを見下ろす、女の子が立っていたんだ……!

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