第9話

 お菓子を使った家は、何度か作ったことがあるんだよね。

 といっても本物の家じゃなくて、デコレーションケーキとかに使う、ちっちゃいやつだけど。


 それに実をいうと、子供の頃から夢だったんだ。

 『お菓子の家』に住むのが。


 自分では無理だけれど、コビットさんであれば、かわりにその夢を叶えてくれるかも……!


 わたしはお腹いっぱいで幸せだったけど、夢のつづきを紡ぐように、新たな作業にとりかかる。


 まずはプレッツェルを組み合わて、家の土台をつくってみた。

 そのままだと強度が心配だったので、べっこうアメを接着剤がわりに使ってくっつけ合わせる。


 いい感じにできたので、土台のまわりに壁がわりのプレッツェルを並べてみた。

 あとはその上に、三角形に組んだ、プレッツェルの屋根を載せれば……!



「『ちょっぴりプレッツェルハウス』の、できあがりぃーーーーっ!」



 ちょっぴりプレッツェルハウス お菓子レベル4

  ちょっぴりプレッツェルで作った、小さなおうち。



 まわりで見ていたコビットさんたちは、わーわーパチパチと大盛り上がり。



「お……お菓子で家まで作っちまうだなんて……ま……マジかよ……!?」



 あさっての方角を向いていたはずのリンちゃんも、いつの間にか向き直っていて、顎が外れんばかりにあんぐりと口を開けていた。



「よぉーし、それじゃ、じゃんじゃんお家を作ろう!」



 わたしがみんなに向かって言うと、コビットさんは「ピャー!」と、ユニちゃんは「メェ~」と賛同してくれた。


 コビットさんたちは少し教えただけで『プレッツェルハウス』の作り方を覚えたようで、さっそく班ごとにわかれ、ちょこまかと動き回っていた。


 プレッツェルの山からプレッツェルを取りだすコビットさん。


 取り出したプレッツェルをふたりで肩に担ぎ、えっちらおっちらと運ぶコビットさん。


 建設予定地で、プレッツェルをギコギコとノコギリで切るコビットさん。


 切り分けたプレッツェルで、足場を組んで家の基礎をつくるコビットさん。


 壁を作るコビットさんに、屋根をつくるコビットさん。


 まるで内装を選ぶみたいに、住む人の好みにあわせて砂糖か塩をトッピングするコビットさん。


 働いて疲れたコビットさんは、横たわっているユニちゃんのところに行って、ユニちゃんの上でちょっとお休み。

 ユニちゃんはまたしても、ヒヨコに懐かれた大型犬みたいになっていた。


 わたしも負けてられないと、せっせとプレッツェルハウスを作る。

 ためしに二階建ての家を作ってみたら、それをみんながマネするようになった。


 わたしはさらに、プレッツェルでテーブルや椅子、ベッドなんかを作ってみる。

 家具まで作りはじめるともう止まらない。


 わたしとコビットさんは、時間が経つのもわすれて家づくりに没頭した。

 プレッツェルが足りなくなったら、麦を収穫して、追加を作ってまで、いつまでもいつまでも。


 そして、気がつくと……。



「うわぁ……!」



 わたしのまわりは、一面ちっちゃな家だらけに……!

 まるでミニチュアの村みたいになってしまった。


 ちょっとやり過ぎたかなぁと思ったけど、家のなかではしゃぐコビットさんたちを見たら、やってよかった思う。

 この調子で、この森を草原でいっぱいに、コビットさんたちのお家でいっぱいにしよう。


 わたしはさらなる決意とともに、わたしの領地である草原を見渡す。


 すると、森の奥のほう。

 草原の果てにある、枯木だらけの大地の向こうから、もくもくと土煙があがっているのに気付いた。



「なに、あれ……?」



 手をひさしのようにかざして、土煙の正体を確かめようとするわたしを見て、リンちゃんが飛び起きる。



「きたっ! きたきたきたきたきたきたっ! 夜になって、他の魔女が攻めてきやがったぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!」



「ええっ、もう夜っ!? それに、しばらくは結界に守られてるんじゃなかったの!?」



「ハアァ!? テメェ、バカじゃねぇの!? そこまで領地を発展させといて、ナニ甘いこと抜かしてやがんだ!」



「えええっ!? わたしはただ、お菓子の家を作ってただけなのにぃ!? 他の魔女に攻められたら、いったい、どんなふうになっちゃうの!?」



「ヒヒッ! それはもうすぐ分かるさ! 骨の髄まで、嫌ってほどにな! ようやくテメーに、地獄の一丁目が見せられそうだぜぇ!」



 わたしはなにがなんだかわからなかったけど、コビットさんたちはわかったようで、家から飛び出し大パニック。

 まるで大竜巻が迫ってくるみたいに、「ピャーピャー」と悲鳴をあげながら逃げ惑いはじめる。


 ユニちゃんも怖がって、わたしの後ろに隠れていた。



「コビットさんたちも、わたしの後ろに隠れて!」



 そう呼びかけると、次々と避難したコビットさんたちが集まってくる。

 焼け出された人みたいに、小さくなって震えている。


 わたしの前には、無人になった村。

 その向こうには、暗くて青い、オーラの群れが。


 まるで、青い炎の山火事が迫ってくるみたいだった。



「青い、オーラ……!?」



 それでわたしは正体を知る。



「ダークコビットさんの、大軍だ……!」



「ヒヒッ! その通り! どうやらアレは、『氷の魔女』の軍勢のようだな!



「氷の、魔女……!?」



「見ろ、ヤツらは氷の槍を持ってる! フヌケた温さのこの草っ原を、キンキンに冷やしてくれるだろうぜ!」



 ダークコビットさんには一度だけ、お尻を刺されたことがある。

 そのときの武器は木の枝だったんだけど、スズメバチに刺されたみたいに、とんでもなく痛かった。


 もちろん、いま迫ってきているダークコビットさんたちも、あの時と同じ……。

 いやそれよりも、ずっと痛そうな武器を手にしている。


 まるで、ツララみたいな槍を……!


 あんなにたくさんのツララに刺されまくったら、死んじゃうよ!?


 それに、わたしが刺されるだけならともかく、ユニちゃんやコビットさんが刺されるのだけは嫌だ……!


 わたしはどうしようか迷った。

 わたしになにかできることがないか、頭をフル回転させて考えた。


 でも……。



「なにも、思いつかないよぉーーーーーーーーっ!?!?」



 わたしの悲鳴とともに、村は押し寄せた青い津波に飲み込まれた。

 ダークコビットたちはせっかく作った家を破壊し、なぎ倒し、蹂躙している。



「や、やめて! みんなの家を壊さないで!」



 わたしは懇願したけど、誰も聞いてくれない。

 むしろわたしが困るが嬉しいようで、ニヤニヤ笑いながら、プレッツェルをへし折っていた。


 リンちゃんは大喜びで、わたしの目の前をパタパタと行ったり来たりしている。



「ヒヒヒヒヒ! せっかく作った『みんなの家』をメチャクチャにされて、残念でしたぁ~! なぁ、いまどんな気持ちだ!? どんな気持ちだ、オイッ!? 悔しいか! 憎いか! ヒヒヒヒヒ! こんな時に黙って見ているしかできないのは、テメーが『お菓子魔女』なんていうクソの役にも立たねぇ魔女だからだ! 己の選択に、後悔しやがれ! 己の無力さに、絶望しやがれ! ヒヒヒヒヒッ! ヒーーーーーッヒッヒッヒッヒッヒッヒィーーーーーッ!!」



 リンちゃんはおかしくてたまらないといった感じで、わたしの目の前で三日月みたいに身体をのけぞらせて高笑い。

 でもその笑いは、突如として足元から湧き上がった、一陣の風によって遮られてしまった。



「ハアッ!? なんなんなんだ!?」



 ダークコビットたちの身体にあった青いオーラが、彼らの身体を離れ、渦を巻いて空に昇りはじめていた。

 リンちゃんはその冷たい竜巻に巻き込まれ、まるで『魔導おせんたく装置』の中で洗われる衣類みたいに、グルグル高速回転。



「なっ……!? なんなんなんなんなんなんなんだぁ~~~~っ!?」



「り……! リンちゃん!?」



 わたしは手を差し伸べて助けようとしたけど、間に合わなかった。



「なんなんなんなんなんなんなんなんなんなんなんなんなんなんだぁ~~~~っ!?!?」



 リンちゃんはとうとう空に向かって舞い上げられてしまい、へんな悲鳴とともに、どこかへぴゅーんと飛んでいってしまった。



「ああっ!? リンちゃーーーーーんっ!?」



 飛び上がって掴もうとしたけど、ぜんぜん届かなかった。


 でもまぁ、リンちゃんなら大丈夫だろうと思い、村に注意を戻す。

 するとそこには、ダークブルーの衣装の、いたずらっ子ではなく……。


 カラフルな衣装の、幼稚園児たちがいた。


 その園地たちはみんなみんな、壊したプレッツェルハウスの破片を頬張っていて……。

 欲張りなハムスターみたいに、頬をぷっくりと膨らませていた。


 園児たちはキョトンとしたまま、手にしていたツララを、次々にぱたんぱたんと落とす。


 そして自分たちがしていたことに、ようやく気付いたのか……。

 きちんと一列になって、「ごめんなさい」といわんばかりに、わたしに向かってペッコリと頭を下げていた。

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