第8話

 わたしのいる草原のまわりは、緑と黄金のツートンカラーのじゅうたんになっていた。

 麦穂の匂いが漂ってきて、頭の中に照りつける太陽が浮かぶ。


 わたしにとって、麦穂といえば夏の匂いなんだ。

 ちなみに秋の匂いといえば稲穂だよね。


 どっちも、おいしいお菓子の材料になってくれるんだよねぇ。


 って、そうだ……! お菓子だ!

 小麦があれば、いろんなお菓子が作れる!


 わたしの頭の中の太陽はどこへやら、すっかり焼き菓子でいっぱいになってしまった。



「よぉし、さっそく焼き菓子を作ろう! なにがいいかなぁ!? でもその前に、小麦粉を作らなくちゃね!」



 お菓子のこととなると、わたしは迅速だ。


 たっぷり実った小麦をむんずと掴んで、草むしりするみたいに引っこ抜く。

 コビットたちも一緒になって収穫してくれた。


 それらを、リュックの中に入れていた麻袋に包んで、ひたすら叩く。

 石だとちょっとやりづらかったので、ためしに、転がってたホイッパーを拾って、



「キチント! ローリグピンになぁれ!」



 するとホイッパーはしゅるしゅると変形して、ローリングピンになった。

 ローリングピンっていうのは、生地をのばしたりする時に使う丸い棒のこと。


 魔法の杖が調理器具になる『キチント』の呪文を思い出して、ダメ元でやってみたんだけど、うまくいってよかった。

 わたしはローリングピンで、小麦を包んだ麻袋を叩いて脱穀する。


 その途中、ふと上を見上げてみると、木の上にいるリンちゃんと目があった。

 リンちゃんはすぐに目を反らしていたけど、じっと見つめていると、またチラリとこっちを見る。


 再びわたしと視線がぶつかると、



「バカじゃねぇのっ!? なにジロジロ見てんだよっ!?」



 と、背中ごとそっぽを向いてしまった。



「なにをしてるのか気になるなら、こっちに来て、近くで見ればいいのに」



「バカじゃねぇの!? 脳内お花畑のテメーがすることなんざ、誰が気にするかよ!」



 リンちゃんはそれっきり、口をきいてくれなくなった。


 でもそれがちょうどいいヒマつぶしになって、脱穀も終わる。

 そのあとは、リュックからボウルとストレーナーを取り出す。


 ストレーナーっていうのは、底に編目のついた容器のこと。

 ふるいにかけて、粉を取り出すのに使うんだ。


 脱穀した小麦をストレーナーに入れて、下にボウルを置いて、フルフルすれば……。


 ちょっと黄身がかった小麦粉が、雪が積もるみたいに、ふんわりと……!



「で、できたぁ……! まさかこんな所で、小麦粉が手に入るだなんて、思わなかった……!」



 今のわたしにとっては、小麦粉は砂金も同然。

 だって、食べ物といえるものはほとんど持ってこなかったから。


 いまさらながらに、恐ろしいほどの無計画っぷりだけど……。

 でも小麦粉が手に入ったんだから、オールオッケーだよね!


 さぁて、何を作ろうかなぁと、夢を膨らませていると……。

 不意に、腕をくいくい引っ張られた。


 見ると、ユニちゃんが服の袖を噛んでいて、



「メエェ……」



 と、ドナドナされるみたいに哀しそうな瞳でわたしを見ていた。

 そういえば起きてからコビットさんばかりで、ユニちゃんに構ってあげられなかった。


 わたしは「ごめんごめん」と言いながらユニちゃんを撫でてあげる。

 そして、ふと思い出した。



「そういえば魔法の本のなかに、ユニちゃんに関する項目もあったよね」



 確かめてみると、たしかにあった。

 魔女ポイントはまだ残っていたので、わたしはその項目をなぞってみた。



 お菓子魔女 パティ

 魔女レベル 6

 魔女ポイント のこり2 ⇒ のこり1


 キチント(1)

  魔法の杖を、調理器具に変形させられる。


 サット(1)

  手から砂糖を出す。


 シオン(0)

  手から食塩を出す。


 クモクモ(1)

  砂糖からわたがしを作る。


 ファーミング(2)

  コビットの能力を覚醒させる。


 ユニゴーンパワー(0) ⇒ ユニゴーンパワー(1)

  ユニゴーンの能力を覚醒させる。



「さぁて、ユニちゃんはどんな能力が身についたかなぁ?」



 お母さんみたいな口調でわたしが言うと、ユニちゃんははしゃぐ子供のように、その場でぴょんぴょん飛び跳ねはじめる。

 その足元では、なにかポタポタと雫のようなものが垂れ、草を揺らしていた。


 わたしは一瞬、雨だと思ったんだけど違った。

 その雫が、なぜか白い色をしていたからだ。


 不思議に思ってよく見てみると……。

 その液は、ユニちゃんのお腹から、ぽたぽた垂れていて……。


 もしやと思って、そのお腹をまさぐってみると、そこにはなんと……!



「ユニちゃん、お乳が出るようになったの!?」



 『ユニゴーンパワー』でユニちゃんが手にいれたのは、お乳を出せる能力だった。

 ユニちゃんはヤギだから、いま彼の……いや、彼女のおっぱいから垂れているのは、ヤギのお乳ということになる。


 わたしはそれを真っ先に、お菓子作りに結びつけた。


 ヤギのミルクは牛のミルク以上に、お菓子作りに持ってこいなんだ……!



「ねぇユニちゃん、お乳を絞ってもいい!?」



 するとユニちゃんは「もちろん」といった風に、「メェ~」と鳴いた。

 わたしはリュックからもうひとつボウルを取り出すと、ユニちゃんのお腹の下に置いて、さっそく乳搾りをはじめる。


 白い毛に覆われたおっぱいを軽くつまむだけで、真っ白いミルクが勢いよく吹き出す。

 まわりで見ていたコビットさんたちも参加して、ぴょんぴょん飛び跳ねてお乳にしがみつき、絞るのを手伝ってくれる。


 村にいたヤギは乳搾りをする暴れてたんだけど、ユニちゃんはおとなしくて、ずっと気持ち良さそうに目を細めていた。


 ボウルいっぱいにとれた、ユニちゃんミルク。

 ためしにひと口飲んでみると、



「はふぅ……」



 と溜息が出るくらい、やさしい味がした。

 村にいたヤギのミルクより、ずっとずっとおいしい。


 これを小麦粉にあわせれば、絶対においしい焼き菓子ができる……!


 わたしはさっそく調理にとりかかる。


 小麦粉のほうに戻ると、いつのまにか小麦粉はボウルにあふれるほどにこんもりと盛られていた。

 何事かと思ったけど、別グループのコビットさんたちが、せっせせっせと脱穀を続けてくれている。


 乳しぼりもそうだったけど、どうやらコビットさんはわたしのお手伝いもしてくれるらしい。



「これだけ小麦粉とミルクがあれば、たっぷり作れるぞぉ……!」



 まず、ボウルの中にミルクを入れて、まぜまぜして生地をつくる。

 丸くこねた生地を、リュックの中にあった調理用の木の板に乗せ、ローリングピンで引き伸ばす。


 さらに『キチント』でローリングピンを包丁に変えて、引き伸ばした生地を細く切り分ける。

 切り分けた生地を、これまた持参したフライパンに入れて……。


 あとは『べっこうアメ』を作ったときと同じ、カマドで火にかければ……。



「『ちょっぴりプレッツェル』のできあがりぃーーーーっ!」



 ちょっぴりプレッツェル お菓子レベル2

  小麦粉と牛乳で作った、素朴な焼き菓子。



 なんで『ちょっぴりプレッツェル』かというと、本物の『プレッツェル』に比べて材料が少ないから。

 イースト菌がなくて膨らまないから、パンみたいに大きいのじゃなくて、細い棒状にして作ってみたんだ。


 中身は『ちょっぴり』だけど、こんがりした茶色い見た目は、まさにプレッツェル……!


 でもこのままだと味がないから、味つけをしないとね。

 プレッツェルの味つけといえば、やっぱり……!


 わたしはさっそうと魔法の本を開いて、あまっていた1ポイントを迷わず使った。



 お菓子魔女 パティ

 魔女レベル 6

 魔女ポイント のこり1 ⇒ のこり0


 キチント(1)

  魔法の杖を、調理器具に変形させられる。


 サット(1)

  手から砂糖を出す。


 シオン(0) ⇒ シオン(1)

  手から食塩を出す。


 クモクモ(1)

  砂糖からわたがしを作る。


 ファーミング(2)

  コビットの能力を覚醒させる。


 ユニゴーンパワー(1)

  ユニゴーンの能力を覚醒させる。



 スティックタイプのプレッツェルの味つけといえば、やっぱり塩だよね!

 ほんとうはチョコレートでコーティングするのも好きなんだけど、今は無いのでがまんがまん。


 わたしは『サット』と同じ要領で、『シオン』で粗塩を出す。

 それをできたてのプレッツェルに、サッとまぶして……。



「いただきまーっす!」



 ……ポキッ……!



 とひと口。



 サクサクとした小気味のよい歯ごたえと香ばしさ。

 そしてあとから追いかけてくる塩味。



「お……おい……しいっ!」



 ひとり感動にうち震えていると、ふと、たくさんの視線を感じる。


 みんながわたしを見ていた。


 ユニちゃんもコビットさんたちも、それどころかリンちゃんまで……。

 口の端から、雫をポタポタと垂らしながら……!



「ご、ごめん! わたしひとりで食べちゃった! みんなの分も作ってあげるからね! コビットさん、生地を作るのを手伝ってくれる?」



 するとコビットさんたちは「ピャー!」と喜び勇んで集まってきてくれた。

 示し合わせたわけでもないのに、おのおのがちゃんと別の持ち場についている。


 さすがにフライパンを使わせるわけにはいかないので、焼くのはわたしが担当。

 生地をこねるのと、切るのと棒状にするのと、それと味つけ任せた。


 つぎつぎと上がってくる細長い生地を、わたしは無我夢中で焼きまくる。


 気がつくと、村でお店をやってたとき以上のプレッツェルの山ができてしまった。


 わたしとユニちゃんとコビットさんたちは、できたそばからつまみ食いしてたんだけど、お腹いっぱいになってしまう。


 リンちゃんはプレッツェルには手を付けず、「ぐぎぎ……!」と歯を食いしばるばかり。



「リンちゃんは食べないの? まだまだいっぱいあるから、遠慮しないで食べて。とってもおいしいよ」



 しかしリンちゃんはまたしてもぐりんと身体を捻って、ふてくされたように背中を向けてしまった。


 取り付く島もなかったので、わたしはあまったプレッツェルをどうするか考える。

 日持ちのするものだから、別に今すぐ食べちゃわなくてもいいんだけど……。


 ふと、お腹がいっぱいになってウトウトしているコビットさんたちを見て、わたしはいいことを思いついた。



「……そうだ! このプレッツェルで、コビットさんのお家を作ろう!」

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