第7話
寝る前まではわたしの四方だけだった草原が、何倍にも広がっている。
それどころか、わたしが寄りかかって寝た枯木が、なんと……!
青々とした葉を茂らせる、立派な樹に……!
吹き抜ける風に、緑の草と青い葉っぱが、ツヤツヤの光とともに揺れている。
わたしの頬を撫でていく風も、心なしか心地いい。
すう、と深呼吸してみると……。
いままでは鼻が取れちゃったみたいに、なんの匂いも感じなかったのに……。
土の匂いと、草の匂いが鼻いっぱいに広がって……!
わたしは村での生活を思い出し、いてもたってもいられなくなってしまった。
そして、わたしの中にあった決意も、ピカピカに新しくなった気がする。
「よぉーし、やろうっ! この場所を、村にあった森みたいに、緑でいっぱいにするんだ!」
わたしが大声を出したものだから、コビットさんたちはびっくりして「ピャア!?」と飛び起きてしまった。
「あっ、ゴメンゴメン。つい、興奮しちゃって……」
しかしコビットさんたちは怒る様子もなく、わたしやユニちゃんの身体から起きだして、なぜかわたしの前に整列した。
その数をなんとなく数えてみたら、ちょうど120人いた。
120人ものコビットさんたちは、「わくわく」と顔に書いてありそうなほどの期待に満ちた表情で、わたしを見上げている。
「え、えーっと……。わたしは、なにをすればいいのかな?」
240もの瞳でじっと見つめられて困惑したわたしは、つい目をそらしてしまう。
その先には偶然、ずっとほっぽりっぱなしだった魔法の本があった。
するとコビットたちはなにを勘違いしたのか、「ピャーピャー」言いながら、本の元に駆けていって……。
みんなで力をあわせて、んしょ、んしょ、と本を持ち上げると、また「ピャーピャー」とわたしの所に戻ってきた。
「本を取ってきて欲しかったわけじゃないんだけど……でも、ありがとう」
彼らの好意を無下にする気にもなれず、わたしは本を受け取った。
なんとなく、開いてみると……。
もう寝ぼけ眼なんてないのに、パッチリと目を見開いてしまった。
お菓子魔女 パティ
魔女レベル 6
魔女ポイント のこり4
キチント(1)
魔法の杖を、調理器具に変形させられる。
サット(1)
手から砂糖を出す。
シオン(0)
手から食塩を出す。
クモクモ(1)
砂糖からわたがしを作る。
ファーミング(0)
コビットの能力を覚醒させる。
ユニゴーンパワー(0)
ユニゴーンの能力を覚醒させる。
「わっ!? 一気に4もレベルが上がってる!? それに、新しい呪文がふたつも増えてる!?」
新しく増えたのは『ファーミング』と『ユニゴーンパワー』。
そこでわたしははたと気付く。
「……もしかしてコビットさんたちは、『ファーミング』が欲しかったのかな?」
それなら、本を持ってきてくれた理由も納得がいく。
それにこんな可愛い子たちにせがまれたら、断れるわけがないよね。
わたしはさっそく『ファーミング』を指でなぞって習得してみた。
すると、目の前に並んだコビットさんたちの頭の上に、
……ぽぽぽぽぽーーーーーんっ!
と、ランタンの明かりみたいな光が閃いた。
どうやら『ファーミング』は呪文じゃなくて、ポイントを振った時点で効果が出るみたいだ。
やにわコビットさんたちは、「えい、えい、おー!」と言わんばかりに、マッチ棒みたいな拳を掲げたあと、「ピャー!」と元気いっぱいに散開していく。
何かが彼らの頭の中に生まれて、やる気を引き出したらしい。
よく見ると、彼らは園芸とかに使う、小さなスコップみたいなのを持っていて……。
何班かにわかれて、さくさくと地面を掘り返しはじめた。
なんだろう? 『砂場遊び』の能力でも覚醒したのかな?
なんて思っていたんだけど、それは大間違いだった。
しばらくして、
……ぴゅーっ。
ある班から、突如として水が噴き上がる。
それはミニクジラの潮吹きみたいな勢いだったので、掘り当てたコビットたちはびっくりして、コロリンと後ろに転がっていた。
水はこんこんと湧き出て、あっという間におおきな水たまりくらいの、ちいさな泉になる。
もしかして、彼らは遊んでいたわけじゃなくて……。
「泉をつくってくれたの……!?」
「今頃気付いたのかよ、バカじゃねぇの。『ファーミング』は1ポイントにつきひとつ、『ノーマルコビット』の農耕能力を増やすんだ。どんな能力が増えるかは運だがな」
まるで寝言みたいなやる気のなさで、木の上のリンちゃんが教えてくれた。
そういうことだったのか……!
でも、いずれにしても有り難い。『べっこうアメ』を作ったときに、水筒の水をぜんぶ使っちゃったんだ。
わたしはさっそく泉に向かい、しゃがみこんだ。
水は透き通っていて、まるで存在していないように底までハッキリ見える。
それなのに表面は鏡みたいに反射して、生まれたばかりの森の景色を窓みたいに切り取っていた。
そういえば、起きてから顔を洗ってなかった。
水をすくいあげて、顔に向かってパシャッとやると……。
「き……気持ちいいーーーっ!」
こんなにスッキリする洗顔は初めてだった。
まるで、心の中まで洗われてるみたい。
泉のまわりにヤジ馬のように集まっていたコビットさんたちも、わたしのマネをして、ちっちゃなお手々で水をすくって、顔を洗いはじめる。
みんな洗顔は初めてだったのか、「ピャア!?」とビックリしていて、豆鉄砲をくらった鳩みたいな顔になっていた。
「こんなにいい泉をつくってくれて、ありがとう! コビットさん!」
わたしがお礼を言うと、コビットさんたちも「ピャーピャー」とバンザイして喜んでくれる。
そしてやる気に火が付いてしまったのか、また三々五々に散っていく。
またしてもあたりを掘り返しはじめたので、
「あ、もう泉はいらないよ。ひとつあればじゅうぶんだから」
わたしが止めると、振り返ったコビットさんはみな、残念そうにしていた。
まるで仕事を失った人みたいにしょんぼりしている。
リンちゃんが、ノーマルコビットさんは農民っていってたから、土をいじれないのが嫌なんだろうか。
といっても、ここを泉だらけにされても困るし……。
「そうだ!」
思い立ったわたしは、再び魔法の本を開く。
さっきと同じように『ファーミング』をなぞって、コビットさんに新しい仕事をあげることにした。
お菓子魔女 パティ
魔女レベル 6
魔女ポイント のこり3 ⇒ のこり2
キチント(1)
魔法の杖を、調理器具に変形させられる。
サット(1)
手から砂糖を出す。
シオン(0)
手から食塩を出す。
クモクモ(1)
砂糖からわたがしを作る。
ファーミング(1) ⇒ ファーミング(2)
コビットの能力を覚醒させる。
ユニゴーンパワー(0)
ユニゴーンの能力を覚醒させる。
するとコビットさんたちの頭の上に、またしても光がスパークする。
コビットさんたちの手にはスコップではなく、スキやクワなどの農具があって、やっぱりざっくざっくと土を掘り返していた。
今度は、なにを作ってくれるんだろう?
彼らがキャッキャッと楽しそうに作業をする姿を、わたしは見守る。
地面を耕すようにならしたあとは、何やら粒のようなものを取り出してパラパラと撒いて、泉の水をくみ上げていた。
それで、わたしは理解する。
彼らは、畑を作ろうとしてるんだ……!
いったい、なんの畑なんだろう?
わたしはさらに興味をそそられて、畑に水が撒かれているのを、じっと見つめていたんだけど……。
よく考えたら、種を植えたばかりだから、なにを育てようとしているのかわかるのは、だいぶ先じゃないか。
なんて思ってたんだけど、
……ぽぽぽぽぽんっ!
って音がしそうなくらいの勢いで、ちっちゃな芽が出てきたかと思うと……。
……にゅにゅにゅにゅにゅっ……!
まるで時間を早回ししているみたいな信じられない速さで、緑の草が伸びてきて……。
あっという間に、緑のほうきみたいに育ったんだ……!
といってもコビットさんサイズだけど、それでもオドロキだった。
「これってもしかして、小麦……!?」
なんて言ってる間にも、緑のほうきは季節が巡るように色づいて、黄金色の穂を揺らす。
間違いない。
これは小麦だ……!
コビットさんたちはこの森に……小麦畑を作っちゃったんだ……!
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