第6話

 わたしの目の前に現れたのは、リンちゃん曰く『野良のダークコビット』らしい。


 ハムスターくらいのちっちゃい子供で、男の子か女の子かもわからないけど、黒いモヤのようなものをまとっている。


 手には、さっきわたしのお尻を刺すのに使ったのであろう、鋭く尖った枯木の枝が。

 目が吊り上がっていて三白眼で、ヒヒヒと笑っているあたりは、リンちゃんソックリ。


 わたしの頭のなかに、『そっくリンちゃん』なんてアダ名がよぎるほどに似ている。


 本物のほうのリンちゃんが教えてくれた。



「ダークコビットはなぁ、『使い魔』とは違う、魔女の下僕しもべで、イタズラが大好きなんだ!」



「わ……わたしのお尻を刺したのもイタズラだっていうの? すっごく痛かったんだけど……」



「ダークコビットは殺戮と破壊の使徒なんだ! ヤツらが本気になったらそんなモンじゃすまねぇぞ! さぁ、痛い思いをして、少しは憎しみが湧いてきたか!? だったらソイツを、力でねじ伏せるんだ! 屈服させ、服従させて……テメーの兵隊としてこき使うんだ! でもそう簡単にはいかねぇから、覚悟するんだなぁ! ヒヒヒヒッ!」



 リンちゃんが煽るもんだから、野良のダークコビットさんは挑戦的に枝を構えていた。

 「いつでもかかってこい」とばかりに、わたしに向かってエア突きを繰り返している。


 でもわたしは痛いのは嫌だったし、ねじ伏せる気にもなれない。

 だってリンちゃんと同じで、この子も可愛いんだもん。



「ダークコビットさん、お腹が空いてるんじゃない? わたがし食べる?」



 わたしはユニちゃんが咥えていたわたがしを少しちぎる。

 直接手で持っていくと刺されそうだったので、別の木串の先端に絡めて差し出した。


 わたしに攻撃の意思がないとわかったのか、それとも鼻先にあるわたがしが不思議だったのか、「!?」みたいな顔をするダークコビットさん。

 ゴマ粒みたいな小さな鼻をひくひく動かして、わたがしの匂いを嗅いでいる。



「へんなものは入ってないから安心して。甘くておいしいよ」



 するとコビットさんは、ちろりとわたしに上目遣いを向けたあと……。



 ……ぱくっ!



 自分の頭ほどもあるわたがしを、ひと口で飲みこんでしまった。


 すると次の瞬間、コビットさんはほっぺたを押えて、



 ……パアァ……!



 あれほど険しかった顔が、花咲く笑顔に早変わり……!

 間を置かず、身体から立ち上らせていた黒いオーラが、離れていき……煙のように消え去っていったかと思うと、そこには……。


 おかっぱ頭に澄んだ瞳、カラフルな園児服に身を包んだ、新生コビットさんが……!


 まるで不良が180度更生したみたいな、見違えるような姿になっていた。



「わぁ、かわいい……!」



 わたしが手を差し出すと、ちょこちょこと駆けてきて、手のひらにちょこんと乗った。

 まるで親鳥を見つけたヒヨコみたいに、わたしに向かって「ピャーピャー」と鳴いている。



「うふふ、よろしくね、コビットさん!」



 さらに顔を近づけて頬ずりすると、コビットさんも真っ赤なほっぺでスリスリしてくれた。

 わたしの横で漂っていたリンちゃんは、もうあきらめきった顔をしている。



「ハァ……バカじゃねぇの。せっかくの戦力である『ダークコビット』まで、役立たずの『ノーマルコビット』にしやがって……」



「この子は、役立たずなんかじゃないと思うけど……」



「ハアァ!? バカじゃねぇのっ!? 役立たずに決まってんだろうがっ! 『ダークコビット』は例えるなら、魔女にとっての『兵士』なんだよっ! 他の魔女の領土に侵攻して、敵の『ダークコビット』を殺して……総大将である、魔女の力を弱めるためにいるんだよっ!」



「じゃあ、ノーマルコビットさんは、例えるなら何なの?」



「ただの『農民』……! 畑を耕して作物を作るくらいしか、役に立たねぇんだよっ! 戦闘能力なんてほとんどなくて、『ダークコビット』に捕まって奴隷にされるか、魔女の生贄にされるのがオチだっ!」



「それは、ちょっとかわいそう……」



「ああそうさ! この森にはまだ『野良のダークコビット』がウヨウヨいる! もうじき夜になるから、ソイツらがウジャウジャと現れるだろう! 次に見つけたら、今度こそ力でねじ伏せるこったなぁ!」



「もうじき、夜……?」



 この森はずっと暗いから時間の感覚がなかったけど、そういえば、なんだか少し眠くなってきたような気がする。


 でもこんな所で寝たら、またチクリとやられちゃうだろうなぁ……。

 コビットさんも、いじめられちゃうかもしれないし……。


 考えたわたしは、寝ずの番をすることにした。

 そして……いいことを思いついた。


 コビットさんを肩に乗せて、両手を自由にしたあと、



「サット! そして、クモクモ!」



 ……ふわぁぁぁぁぁっ……!



 連続魔法で、わたがしをつくり出す。

 それも一度じゃなくて何度もやって、それをくっつけ合わせて……。


 『わたがし布団』、完成っ……!



 わたがし布団 お菓子レベル3

  たくさんのわたがしを集めてつくった掛け布団。



 実をいうと、わたがしの布団で寝るのが夢だったんだよね。

 さっき、わたがしに顔を突っ込んだときに、思い出したんだ。


 王様にごちそうになったわたがしは、ベタベタしてたけど……。

 『クモクモ』で作ったわたがしは、さらりとしていて気持ちいい……!


 うん! これならお布団として、十分に使えそう……!


 わたしはさっそく手近な木の幹によりかかって座り、わたがし布団で肩まですっぽり覆った。

 すると、ふわふわの柔らかさに、全身が包み込まれて……。



「ふわぁぁぁ……! あったか~い!」



 一瞬にして、夢の世界に……!


 ……。


 …………。


 ………………。


 次に目覚めたのは、どのくらい経ったのか、わからないくらい後だった。

 木の幹に寄りかかっていたはずなのに、身体はいつのまにか大の字になっていて、本気寝の体勢になっていた。



「あぁ、しまった……。つい気持ちよくて、グッスリ寝ちゃった……」



 目を擦りながら起き上がると、身体の上を毛糸玉が転がり落ちていくような、ふしぎな感触があった。

 それもひとつじゃなくて、たくさん。


 なんだろうと思って、お腹の上を見てみると……。


 なんとコビットさんが、数えきれないくらいにたくさん、わたしの身体の上に、どっちゃりと乗っかっていて……!


 みんなハムスターみたいに丸まって、スヤスヤと安らかな寝息をたてていたんだ……!


 目が覚めたら、『わたがし布団』はなくなっていて、かわりに『コビットさん布団』になっていた。


 わたしの身体の上には、ハムスターくらいのサイズの、ちんまりした幼稚園児たちでいっぱい。

 みんなそれぞれ色とりどりのカラフルな園児服だったので、花の山に埋もれてるような気分だ。


 そうなっているのはわたしだけじゃなった。

 少し離れたところで寝ているユニちゃんも、ヒヨコの群れに懐かれた大型犬みたいになってる。


 これは、いったいどういうことなんだろう……?

 寝てる間になにかあったんだと思うけど……。



「ねぇ、リンちゃん、わたしが寝ている間になにがあったのか知らない?」



 声をかけながら探してみると、リンちゃんは木の枝の上で寝ていた。

 幹に身体を預けて、まるで三日月の上に寝そべっているような、楽しげな見た目。


 でも本人はぜんぜん面白くなさそうで、顔はぶんむくれていた。

 わたしの問いにも「さあね」とにべもない。


 まぁ、いっか。

 なんにしても、寝ている間に『ダークコビット』に襲われなくてよかった。


 そして寝ぼけ眼もハッキリしてきて、わたしはさらなる変化に気付く。



「うわぁ……! 草原が、こんなに……!?」

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