第5話
わたしは、ずっと誤解してた。
いや、わたしだけじゃなくて、村のひとたちも……いやいや、この国じゅうの人たちも、知らなかったと思う。
『黒い雪』が降って、生贄に選ばれる女の子は、『忘れ谷』に行ったあと、魔女に食べられちゃうんだと思ってたのに……。
でもそうじゃなくて、まさかその女の子自身が、魔女になっちゃうだなんて……。
そしてその魔女に、わたしがなっちゃうなんて……。
しかも『お菓子魔女』に……!
とってもオドロキの事実だったけど、もうなってしまったものはしょうがない。
わたしはあんまりクヨクヨしないタイプなのだ。
『忘れ谷』に来たばかりの頃は心細かったけど、リンちゃんとユニちゃんがいてくれたのが大きい。
わたしは今だけは頭をカラッポにして、草原の上に寝っ転がって、ユニちゃんとゴロゴロした。
……って、草原?
わたしは飛び起きる。
この森は枯葉ひとつ落ちてなくて、石と土ばかりだったのに……。
なぜかわたしがいるまわりにだけ、青々とした草が生い茂っていた。
「ねぇリンちゃん、これってどういうこと?」
わたしは芝生を示しながら尋ねる。
すると草原からだいぶ離れている枯木の上で、幹によりかかって座っていたリンちゃんが、こっちを見た。
「バカじゃねぇの。今頃になってやっと気付いたのかよ。そこがテメーの領地になったってことだよ」
「領地? そういえば、領地を奪い合うとか言ってたね」
「領地はその魔女から出た欲望によって形を変える。炎の大地とか、永久凍土とかにな。テメーはクソの役にも立たねぇ、草っ原ってワケだ」
「草原に寝転ぶの、好きなんだけどなぁ」
それに、この森は寒いけど、草原のところは少しだけ暖かい気がする。
わたしは気に入ってたんたけど、リンちゃんは気に入らなかったようで、「ハアァ!?」と飛び起きた。
でも、途中で白けたように、顔を左右に振る。
「……いや、テメーのそんな所にいちいち突っ込んでたんじゃ、頭の血管が持たねぇわ。悪魔はただでさえ、血がドロドロだってのに」
「この森を、緑でいっぱいにしたいなぁ。草原を増やすには、どうすればいいの?」
「魔女としてのレベルを上げてみな。そうすりゃわかる」
「レベル……?」
そういえば、本にそんなことが書いてあったような気がする。
わたしは地面にほっぽりだしたままの本を拾いあげると、中を確認してみた。
お菓子魔女 パティ
魔女レベル 2
魔女ポイント のこり1
キチント(1)
魔法の杖を、調理器具に変形させられる。
サット(1)
手から砂糖を出す。
シオン(0)
手から食塩を出す。
クモクモ(0)
砂糖からわたがしを作る。
『見習い』の文字がなくなって、『お菓子魔女』になってる。
それにレベルがひとつあがって、魔女ポイントがひとつ増えてる。
使える呪文は、『キチント』というのが増えていて、1ポイント振られていた。
わたしはそこでいったん本から顔をあげると、そばに転がっているホイッパーを見やる。
もしかしたら、魔法の杖がホイッパーになったのは、『キチント』が増えたのが影響してるのかな?
まぁなんでもいいや、と思いつつ、ふたたび本に視線を戻す。
『ゲボグハ』の呪文は無くなっていて、かわりに……。
「わ……わたがしが作れるのっ!?!?」
わたしは思わず叫んでいた。
たぶん、今日いちばんの仰天だと思う。
無理もない。
だってお菓子屋さんをやっていたわたしでも、わたがしは作れないからだ。
なぜならば、わたがしを作るには、『魔導わたがし装置』という、魔法で動く機械を使わないといけない。
それは金ダライみたいになっていて、真ん中に筒がある。
その筒にザラメを入れると装置が作動し、筒の横にある小さな穴から、糸状になったザラメが出てくる。
それを木串でクルクル絡め取ると、わたがしになるんだ。
『魔導わたがし装置』はとっても高度な仕掛けが必要らしくて、まだこの世界に数台しかないそうだ。
この国にだって、ひとつしかない。
甘いもの好きの王様が、お城がひとつ建つくらいのお金を積んで買ったんだって。
わたしがお菓子を献上しに行ったときに、少しだけ食べさせてもらったんだけど……。
あの今までにない食感は、今でも忘れられない。
例えるなら、雲を食べてるみたいなんだよ?
雲ってさ、一度は誰でも食べてみたいって思うよね?
その夢を叶えてくれるんだよ!?
すごくない!? 信じられなくないっ!?!?
……そこまで考えて、わたしは自分の脈がひどく乱れていることに気付いた。
とにかく、そのくらいわたしにとっては憧れの食べ物……それが『わたがし』なんだ。
次の瞬間のわたしは、一切の迷いがなかった。
はやる気持ちと震える指先で、本の『クモクモ』の項目をなぞる。
お菓子魔女 パティ
魔女レベル 2
魔女ポイント のこり1 ⇒ のこり0
キチント(1)
魔法の杖を、調理器具に変形させられる。
サット(1)
手から砂糖を出す。
シオン(0)
手から食塩を出す。
クモクモ(0) ⇒ クモクモ(1)
砂糖からわたがしを作る。
焦って前のめりになりながらも立ち上がる。
そして手をかざして開口一番、
「クモクモ!」
しかし、なにも起こらなかった。
わたしの傍らでお座りしていたユニちゃんは、不思議そうにわたしを見上げている。
遠くから、「ハァ……」とおおきな溜息が聞こえた。
「『クモクモ』は砂糖の触媒が必要なんだよ。先に『サット』を唱えて、手に砂糖を出すのが先だ」
「あっ……! そ、そうなんだ、ありがとう、リンちゃん! サット!」
わたしはリンちゃんへのお礼と呪文を唱えるのを同時にこなす。
……モコモコモコッ!
手のひらにあふれる白ザラ糖。
わたしは出終わるのを待ちきれず、
「クモクモ!」
すると、生まれたばかりの白ザラ糖が、つむじ風を受けたように舞い上がった。
わたしの目の前で高速回転していた白ザラ糖が、カイコが吐き出した繭のような……。
うっすらとした、光の糸に……!
そこでふと、忘れ物に気付いた。
「そ、そうだ! 木串!」
わたしはわたわたと身体をまさぐって木串を探す。
でもなかったので、足元のリュックに飛びついて、ひっかきまわす勢いで取り出した。
「ゆ……夢のわたがしが、ついに……!」
木串をつむじ風の中に、そっと差し入れると……。
……ふわぁぁぁぁぁっ……!
風になびく真綿のように、柔らかなものが木串にまとわりつく。
それはどんどん大きくなって、まさしく『わたがし』に……!
「す……素敵っ! 素敵素敵素敵っ! 素敵っ!!」
まるで天女の羽衣が編まれていような、幻想的な光景に……。
わたしの視界はすっかり斜がかかっていた。
「でっ……できたぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!」
わたがし お菓子レベル2
白ザラ糖で作った素朴なお菓子。
夢にまで見ることもあった憧れのお菓子を前に、わたしは泣きそうになっていた。
でもユニちゃんは何の感動もないようで、横からにゅっと顔を出してきて、さっそくわたがしをムシャムシャ食べていた。
「ンメェ~」
「ユニちゃん、おいしい? じゃあ、わたしもっ!」
……ばふっ!
わたしはクッションに顔を埋めるみたいにして、わたがしに飛び込んでいった。
以前、王様からごちそうしてもらったときは、ほんのちょっとだったから、こうやって顔ごと突っ込んで食べるのが夢のまた夢だったんだ。
羽毛のような柔らかさに包まれながら、ぱくりとひと口。
すると、まるで霞を食べてみるみたいに、口のなかで溶けていって……。
「おっ……おいしぃぃぃぃぃぃ!」
わたしはあふれる涙を抑えきれなかった。
幸せの絶頂というのは、今をいうのだろう。
わたしもユニちゃんもとうとう立っていられなくなって、ヘナヘナと腰砕けになり、ぺたんと座り込んでしまう。
ふにゃふにゃしながらわたがしを頬張るわたしたちを見て、リンちゃんはすっかりいぶかしげだった。
「お菓子で泣くなんて……ば……バカじゃねぇの?」
まさか生贄になりに来て、『わたがし』が食べられるだなんて……。
誘拐されたと思っていたら、実はお金持ちの家に招待されたような気分だ。
これから先、少々嫌なことがあっても、わたがしが出せると思えばへっちゃらな気がする。
とドンと構えていたら、さっそく嫌なことがあった。
……チクリ!
「あいたぁーーーーーっ!?」
草原に座っていたら、突如としてお尻に鋭い痛みが走る。
あまりの痛さに、思わずでんぐり返ししてしまうほどだった。
わたがしを放り捨てちゃったけど、ユニちゃんが口でキャッチしてくれていた。
「な……なに!? いったい何があったの!?」
お尻を押えながら、座っていた場所を確かめてみると……。
そこには、ちいさな子供がいた。
ちいさいといっても小さすぎで、手のひらサイズくらいしかない。
男の子か女の子かもわからないけど、黒いモヤのようなものをまとっている。
手にはわたしのお尻を刺したのであろう、鋭く尖った枯木の枝が。
目が吊り上がっていて、ヒヒヒと笑っているあたりは、リンちゃんソックリだった。
「あ、あなたはいったい……!?」
リンちゃんがわたしの顔の前まで飛んできて、教えてくれた。
「ソイツはなぁ、『野良のダークコビット』だよ!」
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