第4話

 わたしが仔ヤギとモフモフいちゃいちゃしていると、



「ハアァ!? バカじゃねぇのっ!?」



 いつものフレーズとともに、リンちゃんが割り込んできた。



「なんなんなんだよテメェっ! 俺様がくれてやった毒の魔法を使わないだなんて……なんなんなんでなんだよっ!?」



 鼻先でツバが飛ぶほどに怒鳴りつけられて、わたしはのけぞってしまう。



「だ、だって……お菓子は毒を入れるもんじゃないし……。レモンとかバニラエッセンスとかだったら、喜んで入れてたけど……」



 すると、リンちゃんは震えながら俯いてしまった。

 どうやら、わたしの答えが良くなかったらしい。



「あ、あの……リンちゃん?」



 なだめるように声をかけると、リンちゃんはバッ! といきなり顔をあげた。

 そしドラゴンが炎を吐くときみたいに、カッ! と大口を開けて、



「バッ……!! カじゃねぇのぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーっ!!!!」



 最大級のフレーズを、わたしに向けた。

 わたしはおもわず髪の毛が逆立つほどにビックリしてしまう。



「『グランドデビル』をけしかけてやりゃ、どんなに脳内お花畑のテメーでも、本性を現すと思ってたのによぉ! テメェ、わかってんのか!? 『グランドデビル』はマジでテメーを喰い殺そうとしてたんだぞ!? それなのにアメをやるだなんて、バカじゃねぇのっ!?」



「なんだ、やっぱりこの子、お腹が空いてたんだ、もっとアメちゃん食べる?」



 仔ヤギに尋ねると、「メェ~」と鳴いたので、わたしは懐からもうひとつアメちゃんを取り出す。

 棒を持って口元にもっていってあげると、ペチャペチャとおいしそうに舐めはじめた。



「ところでリンちゃん、この子、なんていう動物なの?」



 リンちゃんはまだプリプリ怒ってたけど、律儀に答えてくれた。



「動物じゃねぇよ! ソイツは『聖獣』だ! まったく、聖獣が出てくるなんて、この『忘れ谷』でも初めてのことだぜ!」



 「せーじゅー?」とわたしはオウム返しにする。

 我ながら間抜けな声だな、なんて思いながら。



「クソ忌々しいヤツってことだよ! ソイツは『ユニゴーン』って言って、『ユニコーン』の超絶劣化版みてぇなヤツだ!」



「『ユニコーン』なら知ってる! それでこんなキレイな角が生えてるんだね!」



 『ユニゴーン』と呼ばれた仔ヤギの角は、二本ではなくユニコーンみたいに一本。

 短くて丸っこくて、額に宝石のカタマリが埋め込まれているみたいに輝いていた。


 そこを撫でてあげると、『ユニゴーン』は目を細めて気持ち良さそうにしている。


 わたしはすぐに、アダ名を思いついた。



「じゃあ、あなたは今日からユニちゃんね! よろしく、ユニちゃん!」



 わたしの言葉がわかったのか、ユニちゃんは「メェ~」と鳴き返してくれた。

 でもリンちゃんは、相変わらず面白くなさそうだった。



「なにがユニちゃんだ! バカじゃねぇの!?」



「でもこれで、試練は終わりなんでしょう? わたしは『お菓子魔女』になれたの?」



「って、まだその段階だったのかよっ!? テメーの格好を見たら、一発でわかるだろうがっ! なんなんなんだよテメェは!?」



 そう言われて、わたしは自分の格好を眺めまわしてみた。


 いつの間にかわたしは、魔法使いのマントと、お姫様のドレス、そしてコック服を合わせて3で割ったような服を着ていた。


 純白がベースになっていて、赤いラインが入っている。

 襟元が赤いリボンで蝶結びになっているのが可愛い。


 帽子を取ってみると、大きくて紫だったはずのそれは、頭の上にちょこんと乗るくらいの、白い三角帽に変わっていた。


 変わったのは服装だけじゃない。

 左手に持っていた杖は、お菓子を作るときにかき混ぜるのに使う、ホイッパーになっている。

 右手の本は、王都のフルーツパーラーとかにありそうな、カラフルなメニューブックみたいになっていた。


 ユニちゃんのかわいさに夢中になっていたせいで、ぜんぜん気付かなかったけど……。

 これが、『お菓子魔女』……?


 けっこうビックリな変わりっぷりだったけど、わたしはあんまり驚かなかった。

 だって、朝からずっとビックリしっぱなしだったから、このくらいのことではもう何とも思わない。


 ひととおり確認しおえたのでリンちゃんに視線を戻すと、今度は疲れているようだった。



「ハァ……。最後のチャンスもフイにして……。コイツマジで『お菓子魔女』なんてモンになりやがった……」



「そういえばリンちゃんって、『お菓子魔女』をずっとけなしてたね。ひょっとして、『お菓子魔女』ってよくないの?」



「ハアァ!? テメェ、これだけの目に遭っておきながら、まだそんな段階なのかよっ!? お菓子でどうやって殺し合いをするつもりだよっ!?」



「こ、殺し合い……!?」



「そうだよっ! 試練を乗り越えた魔女は、この『忘れ谷』で、他の魔女と殺し合う……。『魔女大戦』に参加するんだよっ!!」



 わたしは、もうちょっとやそっとのことではビックリしなくなっていたけど、さすがにこれにはビックリした。



「ええっ!? 魔女ってわたしの他にもいるの!? それに『魔女大戦』って……!?」



 そのあとリンちゃんが教えてくれたのは、こういうことだった。


 この『忘れ谷』には魔女が大勢いて、それぞれ絶大な力と、領土を持っている。

 他の魔女と争って、領土を奪いあっているそうだ。


 それが『魔女大戦』……!



「なんで……なんでそんなことをしなくちゃいけないの?」



「それは、いずれわかるさ! とにかく他の魔女の領地をぜんぶ奪って、『忘れ谷』を統一した魔女だけが、勝ち……! 生き延びることができるってワケだ……! その途中で『しんせつ』しちまったら、負け……!」



「え……えーっと……それって、絶対に参加しなくちゃダメなの?」



「ハアァ!? バカじゃねぇの!? 当たり前じゃねぇか! テメェがいくら嫌がっても、向こうのほうから殺しに来るんだからな!」



「そ、そんなぁ! そんなのがあるんだったら、先に教えといてくれればよかったのにぃ!」



「ヒヒッ! いまさら後悔しても遅ぇよ! 今のうちにせいぜい、アメでもしゃぶっておくんだな! 新入り魔女が『魔女大戦』に参加した場合、しばらくは結界に守られて、交戦できないルールだからな!」



「しばらくって、どのくらい?」



「ハアァ!? バカじゃねのっ!? そこまで俺様が教えると思ってんのかよっ!」



「そんな……って、うわあっ!?」



 話の途中、わたしはユニちゃんに「メェ~」と押し倒されて、顔をベロベロ舐められてしまった。



「うわっぷ!? いきなりどうしたの、ユニちゃんっ!? あ、アメちゃんが欲しいの!? あげるからやめてっ! くすぐったいってば! あはっ! あははははははっ!!」



 わたしはたまらず新しいアメちゃんを取り出したんだけど、ユニちゃんはぜんぜん舐めるのをやめてくれなかった。

 どうやらお腹が空いていたわけじゃなくて、元気をなくしたわたしを励まそうとしてくれたみたい。


 わたしは顔をべとべとにされて、腹がよじれるまで笑って、心配事なんてぜんぶ吹き飛んでしまった。

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