第3話
わたしはリンちゃんに連れられて、森のなかを歩いていた。
森といっても、木々はひび割れた枯木ばかり。
地面には雑草どころか、枯葉ひとつない。
動物や虫なども、もちろんいない。
死に絶えていく途中のような、とっても哀しい場所。
霧はさらに濃く、頭上から覆い被さるように陽の光を遮っている。
そのせいでとても暗くて、昼なのに真冬のまっただ中にいるみたいに寒かった。
「ほ……本当に、悪魔がいそうだね」
わたしはすっかり心細くなんて、あたりをずっとキョロキョロしていた。
恐怖が悪魔の糧になるというのは本当なのか、リンちゃんはずっと嬉しそうにしている。
「ヒヒッ、そうそう、こんなヤベぇ森にいるのは、やっぱり悪魔……! って、バカじゃねぇの!? 悪魔ならすでに、ここにいるじゃねぇかっ!?」
「リンちゃんはもうお友達だから、悪魔じゃないよ。それよりもなんで、悪魔と戦わなくちゃいけないの?」
「ハアァ!? お友達だとぉ!? テメーはなにを言って……! いや、お前のそういう所に突っ込むのはもう飽きた。……教えてやろうか、テメーはまだ『見習い魔女』だからだよ」
「そういえば、本にも『お菓子魔女見習い』って書いてあったね。『見習い魔女』と『見習いじゃない魔女』ってどう違うの?」
「ヒヒッ、それはなぁ、『使い魔』がいるかいないかの違いなんだよ! これでもうわかっただろう、テメーはこれから襲ってくる悪魔を、どんな汚ぇ手を使ってもいいからねじ伏せて、従わせるんだよ!」
「ええっ!? 悪魔を従わせるだなんて、そんなの無理だよっ!?」
「おおっと、そうこう言ってる間に、お客さんが来なすったぜぇ! 悪魔『グランドデビル』がなぁ!」
「えっ」
次の瞬間、わたしは宙に打ち上げられてた。
まるで見えない馬車に轢かれたみたいな衝撃。
わたしの身体はきりきりと舞って、どしゃあっ! と地面に叩きつけられる。
「い……いったぁぁぁ~!」
なにが起こったのかぜんぜんわからなかった。
ただ身体がバラバラになったみたいに痛くて、天地がひっくり返ったみたいに頭がぐわんぐわんする。
「ヒヒヒッ! 今のは
「い……いまのが、体当たり……!?」
足音も気配もなんにもなかった。
まるで一陣の風が吹き抜けたみたいだった。
「さぁさぁ、早く立たねぇと、今度は踏み潰されるぞぉ! おおっとぉ! もうそこにいやがった! どうやら、一撃でキマっちまったみたいだなぁ!」
ハッと顔を上げると、そこには……。
蹄だけでわたしの身体くらいありそうな、巨大な馬が……。
真っ暗な影のように、そびえ立っていたんだ……!
影は、まるでクジラみたいに大きな口を開けて、わたしに迫ってくる……!
「わっ!? わっわっわっわっ!? うわあああああああっ!?!? わたしなんて食べてもおいしくないよっ!? たっ……助けてっ! 誰かっ!? 助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーっ!!」
我ながら情けない命乞いをしながら、わたしは自由にならない身体を引きずって逃げようとする。
しかし風を相手に、逃げ切れるわけもなかった。
そしてすぐ後ろは、大木……!
完全に、追いつめられてしまった……!
もしかして、口の中に入ってしまったんだろうか。
目の前では、舌のような長い影がチロチロと動いている。
それはまるで大蛇みたいで、わたしはまさに蛇に睨まれたカエル状態。
脂汗がどっと吹き出てきて、歯の根が合わずガチガチ震える。
で、でも……!
こんな所で、食べられちゃうわけにはいかないんだ……!
だってわたしは決めたんだ。
シエルちゃんが戻ってくるまでは、この谷で生き延びるんだ、って……!
たとえ魔女に食べられそうになっても、得意のお菓子で小腹を満たしてあげれば、なんとかなるだろうって思ってたのに……!
わたしはなにか武器になるようなものがないか、あたりを手探りして探した。
すると、弾き飛ばされたときに落とした、魔法の本があった。
そうだ、魔法……!
こんなときこそ、魔法で……!
わたしは本を取って、最初のページをめくった。
すると、そこには……。
お菓子魔女見習い パティ
魔女レベル 1
魔女ポイント のこり0
サット(1)
手から砂糖を出す。
シオン(0)
手から食塩を出す。
ゲボグハ(1)
お菓子に毒を仕込むことができる。
さっきまでは無かった、新しい魔法が……!
どこからともなく、リンちゃんの声が聞こえてきた。
「ヒヒヒ……! テメーの恐怖心と、生きたいという欲望が引きずり出され、新しい魔法が産まれたようだな! すでに振られているポイントは、俺様からのサービスだ! さっき作ったアメはまだ残ってるんだろう? さぁ、そのアメを取り出して、毒を仕込め!」
あ、アメちゃん……!
わたしはアメちゃんの存在を思い出し、懐から取り出した。
ダイヤモンドみたいに輝くアメちゃんを、わたしは見つめる。
「こ、これに、毒を仕込めば……!?」
「そうだ! 毒を仕込んだソイツを食わせれば、悪魔はのたうち回って苦しんで死に、テメーは助かる……!」
「ええっ!? この子は死んじゃうの!?」
「ヒヒッ! 『この子』ときやがったか……! 安心しろ、悪魔は一度くらいじゃ死なねぇよ! 一度死んで、より強力な悪魔として、生まれ変わるんだ……!」
「生まれ、変わる…?」
「そうだ! お前の恐怖と欲望が詰まった『使い魔』としてな……! 自分の内に秘めたものを曝け出して、その力で悪魔を従えるのが、『魔女』……! さぁ、『お菓子魔女』よ……! 今度こそ本当に、テメーがなりたい魔女の姿を思い浮かべて、解放するんだ……!」
「わたしが本当に、なりたい、もの……」
わたしはうわごとのように繰り返し、アメちゃんを虚空に差し出した。
視界はもう真っ黒けっけで、右も左も、前も後ろも、上も下もわからない。
でも……『この子に食べてほしい』という気持ちだけは、ハッキリしていた。
「……お腹が空いてるの? でも、わたしなんて食べてもおいしくないから……。かわりにこれ、あげる……!」
「やった……! やりやがった……! コイツもやっぱり、『ただの魔女』……!」
と、どこかで声がした直後、
……ポツッ!
暗闇の向こうに、ぽつりと光が差した。
針の穴ほどの小さなそれは、こちらに迫ってくるみたいにどんどん大きくなっていって、
……シュパァァァァァァァァァァ……!
とうとう目も開けられないくらいの、まばゆい光になった……!
「ううっ」と目をしょぼしょぼさせながらも、前を見てみると、そこには……。
まわりには、ぼんやりと薄明るい草原が広がっていて……。
真ん中には、ポニーくらいのサイズの、おおきな仔ヤギがいた。
つぶらな瞳に、水晶みたいな角が額から生えている。
足がちょこんと短くで、見るからにふわふわモコモコの、真っ白い身体。
わたしがあげたアメちゃんを、まるで母ヤギのお乳に吸い付くみたいに、ペロペロちゅうちゅう吸っていた。
「かっ……! かわいいいーーーーーっ!!」
そのあまりの愛らしさに、わたしのなかにあった恐怖はぜんぶ吹き飛んでしまう。
同時に身体の痛みもなにもかも消え去っていたので、立ち上がって仔ヤギに駆け寄った。
わたしはかわいいものを前にすると、抱きつかずにはいられないタチなんだ。
さっそく抱きついてみると、まるで最高級のシルクみたいに滑らかな肌触りで、王様が寝室で使っているクッションみたいにとっても柔らかかった。
わたしは頬ずりながら尋ねてみる。
「わたしのアメちゃん、おいしい?」
すると仔ヤギは「ンメェ~」と嬉しそうに鳴きながら、スリスリし返してくれた。
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