第2話
『お菓子魔女』
浮かび上がる文字に、わたしは「なんだこりゃ?」と思っていたんだけど……。
リンちゃんはひとりで大騒ぎしていた。
「ハアッ!? ハァァァァァァァァァァァァァーーー----------ッ!? 『お菓子魔女』っ!? な、なんなんなんだよそれっ!? ふざけんなよっ! こんなことがあってたまるかよっ!? バカじゃねぇのっ!? なんなんなんだよっ!? テメェ!?」
うろたえすぎて「なん」がひとつ多いリンちゃん。
「そんなに変なの?」と尋ねると、わたしの顔にぶつかりそうな勢いでシュバッと飛んできた。
「ハアァッ!? バカじゃねえのっ!? テメーはさっき、なにを考えてたんだっ!? 言ってみやがれ!」
「えっ? お菓子作りたいなぁ、って……」
「ハァァァァーーーッ!? なんでこんな大事な時に、そんなバカみたいなこと考えてんだよっ!?」
「バカみたいって、そんな……。リンちゃんが言ってたんだよ、村の人たちになにをしてあげたいのか、って。わたしは村でお菓子屋さんをやってたんだから、そう思っても、べつにおかしくないでしょ?」
自分で言うのもなんだけど、わたしの作るお菓子はけっこうおいしい。
村の人たちには大人気だったし、遠くの街から買いに来てくれる人もいる。
毎年、この国の王様にも献上してるくらいなんだ。
でもリンちゃんはぜんぜん納得してくれなかった。
「ふざけんなよっ!? テメーは村に恨みはねぇのかよっ!? もっとドロドログチャグチャした感情じゃなきゃダメなんだよっ!? それなのになにが『お菓子作りたい』だっ!? バカじゃねぇのっ!?」
「そ、そうだったんだ。だったら、そう言ってくれれば……。でも別に、村の人たちは恨んでないよ」
「ああ、そうだろうさ! この『魔女化の儀式』ではウソはつけねぇからな! テメーがマジで脳内お花畑だってのが、よーっくわかったぜぇ!」
「いまのが、『魔女化の儀式』? ってことはわたし、魔女になっちゃったの?」
「ああそうさ! クソの役にも立たねぇ、『お菓子魔女』にな!」
「えっ、『お菓子魔女』!? ってことは、お菓子の魔法が使えるってこと!? うわぁ、素敵っ!」
わたしは嬉しくなって、革張りの本を開いてみた。
それは予想どおり『魔法書』らしく、いろんな呪文みたいな文字がのたくっていた。
お菓子魔女見習い パティ
魔女レベル 1
魔女ポイント のこり1
サット(0)
手から砂糖を出す。
シオン(0)
手から食塩を出す。
最初の1ページにそんなことが書いてあって、あとは白紙だった。
「リンちゃん、これ、どういうことなの?」
するとリンちゃんは、呆れ果てた様子で教えてくれた。
「ハァァ……。そりゃ、テメーの魔女としての状態だよ。いちばん上にあるのが魔女としてのテメーの能力で、その下にあるのがテメーが使える魔法だ」
「手から砂糖や塩を出せるの!? それって、すごくない!?」
「ハァァ……。といっても、そこに書いてあるのはどれも未習得なんだ。『魔女ポイント』を割り振らないと使えるようにはならねぇよ」
私はためしに、『サット』の文字をなぞってみた。
すると、わたしの指のまわりにキラキラとした光りが浮かび上がり、
お菓子魔女見習い パティ
魔女レベル 1
魔女ポイント のこり1 ⇒ のこり0
サット(0) ⇒ サット(1)
手から砂糖を出す。
シオン(0)
手から食塩を出す。
魔女ポイントがひとつ減って、『サット』の隣あったカッコの中の数字が、ひとつ増えた。
「これで、『サット』が使えるようになったの? どうやって使うの?」
「ハァァ……。簡単だよ、手をかざして、『サット』って言うだけでいいんだ」
私はさっそく試してみることにする。
もし手のひらから砂糖が出たらこぼれちゃうので、手のひらを上に向けて叫んでみた。
「……サット!」
すると、わたしの手のひらの中心あたりから……。
……モコモコモコッ!
と、真珠を砕いたみたいな、白くてキラキラした結晶があふれてきた。
空いているほうの手で、ちょっとつまんで舐めてみると……。
「うわぁ、これは白ザラ糖だっ!? まさか、本当に砂糖が出てくるなんて!」
「ハァァ……。魔女ポイントひとつにつき、1回の『サット』で100グラムの砂糖を出せるんだ」
「そうなんだぁ……! ってリンちゃん、さっきから元気ないね」
「ハァァ……。元気もなくなるさ、こんな脳内お花畑のガキを押しつけられたんじゃな」
「よぉし、それじゃ、ちょっと待ってて!」
わたしはいいことを思いついたので、砂糖を握りしめたままリュックを降ろす。
中から、村を出るときに持ってきていた、小鍋と水筒、木串とマッチを取り出す。
それを見たリンちゃんは、さらにげんなりしていた。
「ハァァ……。『忘れ谷』に来るってのに、こんなキャンプみたいな緊張感のない荷物を持ってきてるガキ、初めてだよ……」
「この谷でもお菓子作りができればいいなぁと思って、家から持ってきたんだ! へへっ、まあ見てて!」
わたしはそのへんにあった石を拾い集めてきて、ちいさなカマドを作る。
枯れ木もあったので、カマドの中に入れて、マッチで火を付けた。
小鍋に水を入れて、その中に白ザラ糖をドバッと入れる。
あとは火にかけて、しばらく待つ。
すると、小鍋がグツグツ煮たってきて、中の水が粘り気を持つようになる。
そこで火から外して、少しの間冷ます。
あとは、固まる前に木串を差し込んで、形を整えれば……!
「『べっこうアメ』の、できあがりぃぃぃーーーーーっ!」
べっこうアメ お菓子レベル1
水と白ザラ糖だけで作った素朴な飴。
使った白ザラ糖が良いものだったのか、宝石みたいにキラキラ輝いている。
しかし棒にまとわりつかせた飴を見るリンちゃんは、なんだか一気に老けたみたいだった。
「ハァァ……。なんだそりゃ?」
「アメちゃんだよ! 舐めるとおいしいんだよ! さぁ、舐めてみて舐めてみて!」
「ハアァッ!? バカじゃねえのっ!? 悪魔がアメ舐めると思ってんのかよっ!? 大人しくしてりゃ、調子に乗りやがって! なんなんなんだよテメェ! 悪魔をナメてっと、泣かすぞ!」
差し出したアメをパシッと叩かれて、危うく地面に落としそうになったけど、ギリギリで受け止める。
「うわぁ!? 急に元気になった!?」
「悪魔は怒りや嫉妬、嫌悪や憎悪、恐怖や戦慄を糧にして生きてるんだよっ! それなのに、アメなんて……! バカじゃねぇの!?」
「そうなの? でも、アメもおいしいよ?」
ためしにできたての『べっこうアメ』舐めてみたら……。
ひと舐めで、幸せな甘さが口いっぱい、身体いっぱいに広がった。
朝からずっと緊張してて、朝ごはんの味もわからなかったから、おいしさもひとしおだ。
わたしは思わず身もだえしてしまった。
「思ったとおりコレ、かなりいい砂糖だ! うう~ん、やっぱりお菓子ってサイコ~!」
するとリンちゃんは一瞬だけ、喉をゴクリと鳴らしていたけど、すぐにクワッと怖い顔に戻って、
「ああもう、テメーはナニ考えてんだよっ!? お前はこれから、本物の魔女になるための試練を受けなきゃならねぇんだぞっ!? 恐ろしい悪魔と戦わなきゃいけねぇのに、お菓子だなんて……バカじゃねぇのっ!?」
それはまさに、寝耳に水の一言であった。
「えっ……えええええええええーーーーーーーーっ!?!?」
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