第9話

 テレビから大きな笑い声が響いてくる。それに紛れ込ませるように、行火はちいさくため息をついた。

 あの後、「アンカーになってくれ」と追いすがる渡良を刺激しないよう、できるだけ穏便に、かつきっぱりと断って、行火は早足で帰ってきた。ほとんど小走り、いや、全力疾走に近かったかもしれない。ソネの家の、さび付いた門に手をかけた時には、ずきずき痛むわき腹に、ひとりでは立っていられなかったほどだ。

 いくらソネの昔の知り合いでも、ランクがあれでは、到底付き合う気になれない。

 試しに、行火はすばやく二回まばたきをして、カメラを起動した。ブリッジに仕込まれた小型カメラがソネを捉え、送られたデータをもとに、端末がネット上から個人情報を集め始める。少しして、結果がレンズに表示された。

『Tランク:B、相性:B。良薬は口に苦し。良き人生の先達となるでしょう』

少々おせっかいにも思えるAIからのアドバイス画面を、長めのまばたきで終了する。文字の消えたレンズの向こうでは、ソネが丁寧なしぐさでトーストをちぎっている。

孫と祖母として申し分ない評価だ。機械は正常に作動している。そもそも、今までにランク不明の人間なんて見たことがない。

物を買ったり乗り物に乗ったり、映画館やレストランに行くのでさえ、信用ランク――通称〝Tランク〟の提示を求められる現代社会において、ランク不明とはすなわち、不審人物ということだ。つまり、渡良という男には、近寄らない方がいい。

 食器を洗って水切り籠に戻し、大五郎にエサをやると、もういい時間だった。行火は自室に戻って、机の上の充電済みタブレットや筆箱をショルダーバッグに突っ込む。

「弁当、本当にいいのかい?」

 居間でニュースを見ていたソネに、いってきますと声をかけると、玄関まで見送りに来てくれた。なんだか緊張して、焦った指先でたどたどしくスニーカーの紐を結びながら、行火ははい、と答えた。

「適当に買います。母さんからお金、もらってるんで」

 ソネさんに迷惑を掛けないこと。ここに来る前に、母に口酸っぱく言われたことだ。行火は立ち上がって振り返る。ソネはいつもの無表情だったけれど、思い違いでなければ、わずかに顔を曇らせている気がした。

「じゃあ、気を付けて」

「いってきます」

 行火はあいまいに会釈をすると、まぶしい日差しの下に飛び出した。

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