第7話

 突然奥から悲鳴が上がって、文字通り行火は飛び上がった。硬い岩の天井に頭を打ち付けて、一瞬、目の前が赤くなる。からんと転がったロボニアルを取り上げることもできないまま、行火はその場にうずくまった。

「……痛った」

「なん、お前……大五郎? あれま、大五郎じゃなか!」

 背中を丸め、膝に頭をつける行火の耳に、男の嬉しそうな声が届く。じんわりと痛みが引いて、ようやく行火が顔を上げると、不思議なことに目の前にぼんやりと明るい光が見える。もしかして、出口だろうか。行火はよろよろと立ち上がると、肩から転がり落ちた端末を拾って足元を照らしながら、慎重に光へ向かって歩いた。

 わずかに高くなった穴を踏み越えると、開けた場所に出る。

 そこは、出口ではなかった。

 岩肌で囲まれた、直径二十メートルはありそうな丸い空間の真ん中には、行火の上半身がまるまる映るくらいの泉があって、どうやら細く流れる川の水源のようだった。湛えられた透明な水は、高い天井からは降り注ぐ黄味がかった光にきらめいている。こんな洞窟の奥底でなぜ、と不思議に思って振り仰ぐと、まぶしい空がはるか高いところに小さく見えた。内側が空洞になった巨木を半分に切って、中に入り地面から見上げれば、きっとこんな風景になるだろう。もっともここは山の中で、辺りは木の幹ではなく岩だった。不思議な地形に目を瞬かせていると、足元に温かい何かがぶつかった。大五郎だ。

「おまん、だれ?」

 はっと我に返って、行火は知らない男を見た。高校生くらいだろうか。この間ようやく母親の身長を越した行火よりも、頭一つ分くらい背が高い。大学生かもしれない。体つきもしっかりしていて、柔道部のような雰囲気があるけれど、目元がやわらかく垂れているので、そこまで威圧感はない。

 驚いて声を失っている行火に笑いかけ、腰をかがめて視線を合わせる。ゆるやかにうねっている髪は、地毛だろうか。

「お前さん、そのワンコロの知り合い? 俺もやけん、びっくりしたわ」

「……大五郎を、知ってるんですか?」

「おん。近所じゃったけんね」

 おそるおそる尋ねると、男は愛想よく答えた。男の言葉を肯定するように、大五郎は彼の足元に再び近づくと、前足をそろえて腰にとびかかった。こらこら、と笑う男は、確かに大五郎を知っているんだろう。けれど、どうしてまた、こんなところにいるのだろう。

「あの」

「ああ、すまんすまん。俺は渡良。お前さん、名前は?」

「……行火」

「あんか。ソネ婆の孫?」

「はい」

「へえ、ソネ婆、孫いたんねえ」

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