第5話

 ソネさんはテレビに向けていた顔を行火に戻し、ゆっくりと一度まばたきをした。

「散歩中に、大五郎がよろこんで跳んでいって。近所に住んでたって」

「……ああ、大五郎がまだ小さい頃、よく遊びに来てくれていた子かね」

 ソネさんは焼いたベーコンをサラダ菜で巻きながら、ゆっくりと答えた。

「たまに散歩にも行ってくれてね。体は大きいけど、穏やかないい子さ。引っ越したって聞いてたけど、帰ってきたのかね。元気そうだったかい?」

「はい」

「たしか、あんたと同い年だったろう」

 行火はうっかり、パンをのどに詰まらせかけた。あわてて冷たいカフェオレを口に含んで、胸を叩く。

「ほ、ほんとですか?」

ソネは、目を丸くして頷いた。

「なんだ、言ってなかったのかい」

「まあ……」

 てっきり大学生くらいかと思った、なんて口にするのはなんだか癪で、行火は言葉を濁した。

 朝五時の、まだ寝ぼけた街中を十歳の老犬に導かれて歩き、近くを流れる川の土手を上流へさかのぼること十分。だんだんと深くなる森に、行火が不安を募らせていた。ほとんど足幅しかなかった獣道ともつかない遊歩道がついに終わり、「立入禁止」の看板が目の前に立ちふさがったとき、だから行火はほっと胸をなで下ろした。

「こっから先は入っちゃダメだってさ」

 行火はリードをぴんと張って、なお先に進もうとする大五郎に抵抗しながら言い聞かせる。

「ほら、帰るよ」

 行火の声に諦めたのか、引く力が一瞬弱まった、その瞬間だった。気のゆるみを見計らったように、思いがけない力で突然駆けだした老犬のリードは、油断していた行火の手の中からあっというまにすっぽ抜けた。あっと思ったときにはもう、その茶色い体は枝葉に遮られて見えなくなる。

 まずい。

 さっと腹の底が冷えて、行火は慌てて後を追った。自分の犬ならともかく、頼まれて任された他人の犬だ。逃げちゃいました、なんてシャレにならない。

 腕に枝葉が当たり、目の前をよく知らない大きな虫がさっと横切る。足元のアスファルトは消えて久しい。

 なんでこんなことに。

 じわりと鼻の奥に情けなさが湧いたその時、ぱっと視界が開けた。ふいうちで目を焼いた光に驚いて、ぎゅっとつぶったまぶたをおそるおそる開いた先に広がっていた光景に、おもわず声を上げる。

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