第1章
第3話
行火が朝早くから、森の中で渡良のバイトにつき合うようになったきっかけは、二週間ほど前にさかのぼる。
『続いて今日のお天気です。全道的に晴れて、北海道らしくない、蒸し暑い一日となるでしょう』
からりと晴れた、暑い日だった。散歩から戻り、網戸越しに届くニュースの声を聞きながら庭に大五郎をつないでいると、からからと窓を開けてソネが顔を出した。
「遅かったね」
「大五郎が、なかなか帰ろうとしなくって」
バツの悪い思いで、行火は立ち上がるとおそるおそる振り返る。窓際に立つソネは、むっすりと引き結ばれた口元に厳しい目をしていた。やはり、怒っているのだろうか。
「けがは?」
「え?」
「あんた、けがしたり、具合悪かったりは、してないかい」
「それは大丈夫です」
「そうかい。ならいい」
朝飯にしよう、それだけ言って、ソネは網戸を閉めた。大五郎は大きなあくびを一つして、それから置きっぱなしになっている空の餌箱を前足で一度、引っ掻いた。
家族団らんを邪魔するから、と母は食事中にテレビをつけないけれど、ソネは問答無用でつける。地元ローカルなニュース番組は三年前とテーマカラーが違っていて、違和感がある。
年季の入った飴色のテーブルには、パンとサラダ、スクランブルエッグにカリカリのベーコンが並んでいた。いただきます、と手を合わせて、行火は焼けたパンに手を伸ばした。朝食は和食がいい、という陽助さんの意向で、実家ではいつも白米に味噌汁、焼き魚と卵焼きというメニューだったから、パンとサラダの朝ごはんはなんだか本に出てくる外国の朝食みたいで、わくわくする。
「散歩は慣れたかい?」
ちぎったバターロールを口に入れたとき、ソネがテレビに視線を向けたままぽつんとたずねた。ほのかに甘いパンを慌てて飲み込んで、行火は口を開く。
「あ、はい。でも、なんか散歩してるっていうより、散歩させられてる感じ、ですけど」
自由気ままに歩き回る老犬に振り回される自分の姿を思い出しながら、行火が小さく首を傾げると、ソネは目玉だけ行火に向けて、ふっと口元をゆるめた。
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