10-4 山の反対側へ

■■■


「……なあ鈴音、まだ着かへんのか」


 息を切らしながら、隆一は先頭を歩く鈴音に尋ねる。


「この山を越えた先に街があるから、少しそこで休もうにゃ」


 鈴音は立ち止まり、姫奈と龍斗を挟んで一番後ろを歩く隆一の方を振り返る。


「姫奈ちゃんと龍斗クンは平気にゃ?」

「ええ、オレは大丈夫です」

「アタシもまだ大丈夫よ」


 姫奈はそう言ってから、携帯電話の画面を確認する。

 時刻は午後二時。一行が姫宮家を出発してから約三時間が経過していた。


 飛鳥兄妹と姫奈、龍斗の四人は盗賊が麓にいた山道を歩いていた。

 龍斗が盗賊に襲われた夏の日から二ヶ月程度が経っており、あの日以来、盗賊の噂を聞くことはなかった。

 盗賊の居た小屋近くを通っても人の気配はない。どうやら、この山には既に盗賊たちはいないようだった。


 一行は盗賊や凶暴な幻獣などに一切遭遇することなく、山を下っていく。


「しかしこう……何事もなく山の反対側に来れてしまったよな」


 あくびをしながら退屈そうに龍斗は言った。


「盗賊の居た山を無事に越えられるんだよ? いい事じゃん」

「それはそうだけどさ、何か物足りないっていうかさ」

「あーなんか分かるわ。ただ歩くだけもかったるいわなあ」


 隆一は両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、道を横切る小川を気だるそうに飛び越える。

 その様子を振り返って見ていた姫奈と鈴音は、首を傾げる。


「男どもは、どうしてこうも刺激を求めたがるのかしら……」

「さあ、よう分からんにゃ。何事もなく平和が一番にゃのになあ」


 鈴音と姫奈は「ねー」と顔を見合わせる。


「そらお前、依頼の道中言うたら、何かしら危険と隣り合わせやないと張り合いがないやん?」

「張り合いて……」


 続ける言葉をなくした鈴音は、大きな溜息をついた。


「あ、向こうに建物が見えるぞ」


 龍斗が指をさした先――遠くの方に、レンガの建物が並んでいる。


「街が見えてきたにゃ。もう少しで休めるにゃ!」

「やっと休めるのね。アタシお腹空いてきちゃったよ」

「着いたら飯にしようや。鈴音、化け猫のところには夕方に案内してくれ」

「分かったにゃ!」


 鈴音は隆一の言葉に振り返り、親指をグッと立てた。


「この分かれ道を右に行ったら、街に着くにゃで!」


 鈴音の足取りは先ほどより軽くなり、さくさくと前へ進んでいく。

 後ろに続く姫奈、龍斗もテンポを上げて鈴音についていく。


「そないに急いだら転ぶでー」


 唯一、隆一だけはマイペースに山道を下っていた。


「転ばん速度で歩いとるから大丈夫にゃー!」


 前を向いたまま片手を振って、鈴音はどんどん進んでいく。


「……ったく、そそっかしいところはガキの頃から全然変わっとらんやないか」


 先頭を跳ねるように歩いていく鈴音を見て苦笑を浮かべる隆一。

 ふと姫奈が立ち止まり、隆一の方を振り向く。

 姫奈は後ろを歩く龍斗に先に行くよう促し、隆一に尋ねた。


「そういえばなんだけど、鈴音さんって真田とも面識があったよね?」

「おう、宗治はしょっちゅう鈴音のおもちゃになっとったけどな」

「ああー、なんか想像がついちゃうなあ。恋愛系の話振って戸惑わせたりしてそう」

「そそ。まさしくそないな感じ」


 隆一はにっと笑ってみせる。


「ああー、そういや鈴音にバッチリメイクで黒髪ロングのウィッグ被せられて、ワンピース着させられたりしとったこともあったなあ」

「なるほど……そのおもちゃ扱いは想像の範囲外だったわ……」


 姫奈は引き気味に目を細める。一方の隆一は「いやいや」と手を振った。


「それがなぁ、宗治はまた女装が似合うねん」

「ええ……アタシ想像つかないんだけど」


 姫奈は頭の中で無理やり想像してみる。

 バッチリメイクで黒髪ロングのウィッグをつけ、ワンピースを着た真田宗治。

 成人男性としてのイメージが強く、やはり姫奈には“女装の似合う宗治”が想像つかない。

 それどころか、気色の悪い想像が浮かんでしまうばかりだった。


「うへぇ……見たいような見たくないような」

「まあ、また会う機会があったら女装させてみたらええよ」


 はははと笑い、隆一は姫奈に前へ進む様に両手で促す。


「……鈴音さんと真田の絡み、ちょっと見てみたかったな」


 姫奈は俯きがち小さく呟いて、ゆっくりと歩いていく。


■■■


 一行が分かれ道を過ぎた数分後。


 ゆっくりと、山道を下っていく一人の男。

 彼は、枝分かれした道の左側を行く。


「……この山、もう盗賊はいないみたいだな」


 ぽつりと独り言を呟いて、遠くのレンガの建物が並ぶ街を見る。

 しかし、彼が入った道の先は街へと続かず、山奥へと続いていた。


「おっと、街は右側だったか」


 男は引き返し、先ほどの分かれ道の右側へ入っていく。


「あと三十分ほど、と言ったところかな」


 青いジャージのズボンのポケットから、携帯電話を取り出す。

 時刻は午後三時。日は少し傾き始め、夕日へと変わろうとしていた。


 落葉を踏みしめ、彼――真田宗治はレンガの街へと向かう。


「暗くなる前までには、街に着けそうだね」


 宗治は空を仰ぐ。風に揺れる木漏れ日が宗治の瞳に降り注ぎ、細めた琥珀色の瞳が輝く。

 そのとき、ゆっくりと踏みしめる足元で、シャリ、と金属のこすれる音がした。


「ん……?」


 立ち止まって足元に目をやると、そこには翠色のペンダントが落ちていた。


「あれ、このペンダント……」


 手を伸ばし、そのペンダントを手にする。

 宗治がペンダントを開くと、中に四人の少年少女の写っている写真が入っていた。


「どこまで行ったんだろう。危険な目に遭っていないといいんだけど」


 下り坂の先を見つめる。


「とりあえず、街の宿にでも預けておこうかな」


 そう呟いて、彼は再び歩き出した。

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