10-3 化け猫の呪い
「うちな、三日前に猫が木に登って降りられへんようになっとるところを見つけて……助けたら化け猫やったにゃ」
「ほう、なんでまた呪いなんかかけられたんや?」
隆一は机の奥の方に座り、鈴音に尋ねる。
「なんやよう分からへんのにゃけど、助けたら急に猫がしゃべり始めてにゃ」
「ほう、何て?」
「『君はいい女だにゃ。ぜひ僕のお嫁さんになってほしいにゃ』とか言い始めたんにゃ」
「なるほど……気に入られてしもたわけやな」
両手を顔の前で組んで頷く隆一は、一見真面目に聞いているようだった。
が、鈴音は顔をしかめて隆一に言う。
「……兄ちゃん、何
「兄ちゃんは笑てなんかおらんぞ」
「いや分かるにゃ。手で口元隠してんの分かるにゃ」
指摘された隆一は耐えきれず、クククと声を漏らす。
「せやかてっ……気に入られて呪われるとか面白すぎるわ……!」
「史上最低の兄貴やにゃ。妹が化け猫になるかも分からん状況にゃのに……!」
鈴音は耳と尻尾の毛を逆立てながら、隆一をキッと睨み付ける。
その様子に、隆一はさらに肩を震わせていた。
「おまっ……毛逆立っとるやん、おもろすぎか……!」
「あーもー! ちゃんと真面目に聞いてにゃ!」
鈴音はさらに隆一をきつく睨みつけるが、やはり隆一は肩を震わせたままだった。
「まあまあ……で、その呪いっていうのは、鈴音さんが化け猫になってしまう呪いなの?」
「そうにゃ。どんどん猫化が進んで最終的には化け猫になるって、助けた化け猫が言ってたにゃ」
姫奈の問いにふっと平常心を取り戻し、鈴音は答えた。
「“お嫁さんになってほしい”ってことは、同じ種族として繁殖を試みたい、ちゅうことか」
半笑いで隆一は話す。その様子を見た鈴音は、再び隆一を睨みつける。
今度は言葉を発することなく、ただただ睨み付けていた。
「……すまん、今のはあかんかったな」
無言の圧力に耐えかねたのか、隆一は両手を合わせて鈴音に謝罪した。
「で、早く呪いを解かないと完全に化け猫になるって話か」
「そういうことにゃ。黒井クンはクソ兄貴と違って物分かりがええにゃあ♪」
鈴音は尻尾を振りながら、向かいに座る龍斗の頭に手を伸ばす。
「ちょ、ちょっと……あの」
唐突に頭を撫でられて戸惑う龍斗。だが少年は拒絶せず、撫でられるままだった。
「ふふ、照れちゃって可愛いやんにゃあ」
「か、からかわないでください!」
――何照れてんの、気持ち悪い。
頬を赤らめながら龍斗は声を上げる龍斗の隣で、姫奈はじいっと横目で彼を見る。
「ふうん、龍斗は綺麗なお姉さんが好みなんだあ」
ふつふつとどこからか沸きあがる感情をぶつけるように、少女は彼に言う。
「そ、そういうわけじゃねえよ!」
「じゃあ、どういうわけで顔真っ赤にしてるのかしらね」
「お前までそういうこと言うのか……?」
焦る龍斗をわざとらしく無視して、姫奈は話を続ける。
「呪いってどうやったら解けるの? あと、完全に化け猫になってしまうまでの時間も知りたいところね」
「化け猫は『四日もあれば呪いが成立する、解き方は僕しか知らない』、て言うてたにゃ」
「こちらの欲しい情報を全部話してくれるなんて、親切な化け猫ね」
「アホとも言うにゃ」
ふふふと笑い合いながら、鈴音と姫奈は話し合う。
「つまり、化け猫に呪いを解いてもらうように説得するしかないっちゅうことやな」
「せにゃね。それが一番の問題やにゃ」
鈴音の猫耳はしゅんと伏せられる。
「……この依頼、アタシたちで引き受けましょう」
「ひ、姫奈? 本気で言ってるのか?」
龍斗は、驚いた表情を隣の姫奈に向ける。
「そりゃもちろん。だって、アタシだったら化け猫のお嫁さんになんかなりたくないもん」
「確かにそうかもしれないけど……オレと姫奈だけで立ち向かうのは無謀だろ」
半分呆れたような表情を浮かべ、龍斗はため息をつく。
「ん? アタシと龍斗だけで行くなんて一言も言ってないよ?」
「で、でも姫宮家で依頼を引き受けられそうな人間って……」
龍斗は、廊下の向こうの部屋をちらりと見る。
かつて同居人が居た和室は、もぬけの殻だ。
「しゃあないなあ。俺も手伝ったるわ」
「え、兄ちゃん……マジでにゃ?」
耳をぴこぴこを動かしながら、立ち上がる隆一を見上げる。
「にゃーにゃーうっさいからな。俺らで黙らせたろうや」
隆一はにっと笑って、姫奈と龍斗に向かって親指を立てた。
「言い方が引っかかるけど……分かったにゃ。よろしくにゃ」
鈴音は目を伏せて微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。
「ほにゃうち、化け猫のおるところまでみんなを案内するにゃ」
「うん。よろしくね、鈴音さん」
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