9-4 政光隊2

 朝食を食べた後、女将さんから僕だけが呼び出された。


「真田さんを訪ねて来た女の子がいるのだけど、身に覚えはあるかしら」

「女の子? どんな人ですか」


 女将さんは廊下を振り返って、玄関の方を見る。


「赤い目に、白い髪を肩あたりまで伸ばした子なのだけど」


 再び僕の方を振り返って、そう言った。

 赤い目に白い髪――一人の友人の顔が浮かんだ。 


「ああ、覚えがあります。会わせてください」


 僕がそう言うと、女将さんは僕を玄関へと通した。




「久しぶりだね、宗治」


 ふわりと優しく笑ってそう言うのは、僕の良く知る友人――三上瑠里だった。


「久しぶり、瑠里。どうしたの、こんな朝早くに」


 僕が訪ねると、瑠里は首を傾げてはにかんで見せた。


「なんとなく、かな。元気にしてるかなーって思って」


 雨でしっとりとした髪が揺れて、どことなく儚げな印象を受ける。


「この通り元気だよ。瑠里も元気そうで何よりだ」


 だが僕は、その姿に動揺などするわけにはいかなかった。

 なぜなら――。


「隆一も呼んでこようか? あいつと話したいこともあるだろうし」


 ――彼女は僕の友人を好いているから。


「二人だけで話したいこともあるだろうから、呼んだら俺は奥に戻るよ」


 このときの僕は、どんな表情をしていただろうか。うまく笑えていただろうか。

 僕は瑠里に背を向け、隆一の居る大部屋に向かおうとした。


「ま、待って!」


 叫ぶように、僕を引き留める声。


「隆一は、また今度でいいんだ」


 静かにそう言って、彼女は僕の右手を掴む。

 ぽたぽたと屋根からせわしなく雫の落ちる音が聴こえる。その中に混じって、自身の心臓の音が大きく聴こえてきた。

 その心音を打ち消すように、僕はいつもの調子で笑ってみせる。


「本当にいいの? 今度はいつ会えるか分からないのに」


 振り返ると、瑠里は真面目な表情で僕を見据えていた。


「女将さん、言ってたでしょ。ボクは宗治に用があったんだよ」


 釣り目がちの大きな瞳で、僕にそう訴えた。


「俺に用って、どんな用?」

「だから……なんとなく顔が見たかっただけだよ」


 ふいっと目を反らして、掴んでいた手を離す。


「ちゃんと、生きて帰ってきてね」


 手を離した後に少し目を伏せてから、僕を真っすぐに見てそう言った。


「うん、ちゃんと生きて帰ってくるよ」


 自然と零れてきた笑みを浮かべて、僕は瑠里に約束した。

 少ししてから、瑠里がぽつりと僕に言い残して静かに去っていった。


 ――「帰ってきたら、宗治に言わなきゃいけないことがあるんだから」


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