7-5 可愛いペット
町の門を抜け、僕は死の荒野へ向かった。
門を抜けてしばらくは静かな平原が続く。
危険な幻獣は滅多に現れず、平和な土地だ。
平原には町と町を繋ぐ道が舗装されており、道なりに進めば別の町へと辿り着くことができる。
死の荒野は、この道を途中で外れた先にある。
ふと何かの気配を感じ、斜め下に目をやる。
小さなリスのような幻獣の親子が、カリカリと音を立てて木の実を齧っていた。
「のどかだな……」
1mもないくらいの距離に居り、しゃがんで手を伸ばせば届きそうだ。
しかし、こちらの視線に気づいた親子は木の実を置いて走り去ってしまった。
「……ちょっと申し訳ない気持ちになるな」
草木に紛れて消えていく幻獣の親子をぼんやりと眺める。
ほんの少しの罪悪感を残し、僕は再び歩き出した。
空は真っ青で、雲一つない快晴。
攫われた友人のことが気がかりで仕方がなかったが、空を見上げるとなんとなく自身の気持ちも軽くなっていく気がした。
どちらかというと、軽くなっていた気になっているだけかもしれないが。
「……ん?」
真っ青な空の中、大きな翼をはためかせる竜の姿が見える。
実界でもあんな風に、鳶が飛んでいるのを見たっけ。
人にとっては非常に危険な幻獣も、対峙しなければ格好いい幻想の動物だ。
ごくまれに、人に懐く竜も居るみたいだが――。
「……白竜」
少し前に出会った、僕に懐いてくれた小柄な竜のことを思い出す。
もう二度と会うことは叶わないが、僕にとって大切な友人のようにも思えていた。
「もう少し、君のことを知りたかったな」
大空を飛ぶ竜を見て、彼を想う。
自由に飛び回る竜は、飛行機のように少しずつこちらに近づいてくる。
平原の近くに住処があるのだろう。飛行する高さも少しずつ低くなっていった。
少しずつ、少しずつ。
少しずつ、低く、近く。
それは徐々に、明らかに、
「え、ちょ、待てよ――」
ミサイルのように真っすぐに、いや、着陸する飛行機のごとくこちらを目がけてくる――!
「グルルァー」
「は、白竜――!?」
と叫んだ直後、竜の突進により約30歩の距離くらいまで吹っ飛ばされた。
「いっ
地面に強打した背中をさすっていると、突進してきた彼は申し訳なさそうに背中を鼻先でさすってきた。
「そう思うなら最初からしなければいいのに……」
「くきゅる……」
弱々しい声で返事をしながら、僕の表情を伺う。
真っ白な身体に赤い瞳という、アルビノ色の印象的な特徴。
間違いなく、あの白竜だ。
僕の表情を伺う白竜は、少し怯えた目をしている。
どうやら、突進で怒られることを恐れているみたいだ。
「いや、大事に至らなかったし気にしなくていいよ」
「……きゅ」
大きな頭を僕の腕の下に潜り込ませ、くるくると甘えた声を出す。
僕との再会を喜んでいるのだろうか。
僕もそれに応えるように、腕の下の頭を撫でた。
「白竜、生きてたんだね。良かった」
僕がそう言うと、白竜は鼻の先を僕の身体にくいくいと押し付けた。
久しぶりに会う飼い猫や犬のようで、なんとも愛らしい。
「……と、和んでる場合じゃないんだ。ごめん白竜、行かなきゃいけないところがあるんだ」
僕は立ち上がり、死の荒野へと駆けようとした。
そのとき、白竜は僕の前に背中を向け、「乗れ」のポーズで待ち構えた。
「そっか。白竜はそういうやつだったね。ありがとう」
白竜の背に静かに乗ると、彼は大きな翼をはたかめせる。
少しずつ離れていく地面と、広がっていく視界。
うんと向こう側には、真っ赤な荒れ地が見えた。
「死の荒野まで、頼んだよ」
「きゅるるっ」
白竜は静かに鳴いて、僕たちは先の方に見える死の荒野へと向かった。
■■■
真っ赤で、草木が全く見られない土地――死の荒野。
入り口から最も奥に切り立った断崖があり、遥か底に暗く深い森が存在する。
その崖の前に、二人の男が立っていた。
僕は白竜から降り、二人の方へと歩いていく。
「よう来たなぁ、真田」
好青年のように見えて、どこか影を含んだ笑みを浮かべる早川。
そんな挨拶をした後、彼は僕の後ろで待機している白竜に目をやる。
「なんや、お前生きとったんか」
少しだけ眉間にしわを寄せてから、次は僕を見る。
「嘘つきは泥棒の始まり言うけど、ほんまやったんやなぁ」
僕を責め立てるような鋭い目つきで、だが口角は上がったままでそう言ってみせた。
「……俺が何を盗ったって言うのかな」
返ってくる答えはほぼ分かっている。
そう、彼はきっと――
「白竜。そいつは俺の可愛いペットやで」
白竜の飼い主を名乗るだろうと。
「グルルル……!」
だが、白竜はそれを否定するかのように、早川に向かって唸り声を上げる。
「再会した飼い主に向かって威嚇をするなんて、どういう可愛がり方をしたらそうなるんだろうね」
「ふん、うちのことはうちの問題や。お前には関係あらへん」
早川はそう言うと、隣で虚ろな目をしている隆一に視線を合わせる。
瞬間、早川の目は金色に輝く。
それに同調するかのように、隆一の目も金色に輝き始めた。
そして、隆一はその鋭く光る目で僕を睨みつける。
「やっぱり、お前からやるしかないのか」
腰に差した刀を鞘ごと抜いて、僕は戦闘態勢に入った。
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