6-3.昔話をはじめよう
■■■
というわけで、現在に至る。
僕達は、三上蒼という青年の依頼によりこの酒場に来ているのだ。
仕事であると同時に、息抜きを兼ねている。
しかしやはり、若干の罪悪感が拭えない。
「やっぱり、少し申し訳なさがあるな……」
「大丈夫やて。ほら、飲み会も仕事みたいなもんやろ」
「いや、そういう話じゃなくてさ」
そう。僕の罪悪感はそれだけじゃない。
もう一つ、罪の意識を強くする要因が別にあった。
「姫奈ちゃんと龍斗くんが一生懸命働いてくれているのに、俺たちは飲みながら待ってるだけなんて……」
「あぁー、そっちな」
隆一は納得したような表情で頷く。
こんな男でも、さすがにこの感覚は理解してくれるようだ。
「でも姫奈嬢ちゃんは自分から言うてたんやろ? 龍斗坊っちゃんやて自分から一緒に行くって言うたらしいし」
「それはそうだけど……」
確かに酒場でゆっくりするよう言ってくれたのは、姫奈ちゃんだ。
龍斗くんも「夜道を姫奈一人で歩くのは危険だ」と言って、自ら姫奈ちゃんについていった。
だが、問題もそこではない。
僕が罪の意識を強く感じているのは――。
「俺達は11歳の子供にそれを言われてるんだよなぁ……」
「ああ、なるほどなー……」
隆一はグラスの氷を揺らしながら、苦笑いを浮かべる。
憂いを含んだ切れ長の目には、ウォールランプの仄かな光が映っていた。
カランと音を立てて傾けたグラスを、青年は自身の口元へと運ぶ。
魅惑の液体は、彼の唇へ吸い込まれ――。
「ま、二時間くらいええやろ!」
グラスを口から離してニッカーと笑った。
僕の烏龍茶に勝手に「かんぱーい!」などとほざきながらグラスを突き合わせる。
「一人で勝手に祝してなよ……」
喉を鳴らしながら、赤黒い液体をグビグビと流し込む二十歳のおっさんがそこにいた。
数秒前の青年はきっと夢か幻視の類だったのだろう。僕はそう思い込むことにした。
「羨ましいくらいにポジティブ思考だね、隆一は」
基本的に思いつめたりすることが少ない彼の頭に腹立たしさを感じることは多々あるが、時々それが羨ましいとも感じてしまう。
本人
「いうてあの二人はもう思春期が目前やで。幻界やったらもう二、三年で一人立ちしてもおかしくない」
「え、そうなの?」
「地域によるけどなー。中学生くらいの歳で一人暮らしも別に珍しいことちゃうよ」
「へぇ……」
幻界は現実世界――実界で生きづらさを感じている人でも幸せに暮らすことのできる世界を目指して創られた理想郷だ。
だから、現実世界にはない独自の文化が存在したり、実界の法律が
それらは全て、誰かが望んで築き上げられたものだ。
RPGのようなファンタジー風の世界観を
――現実で出来ないことを科学技術で実現する。それが幻界のあるべき姿だ。
ということを、僕は実界の中学校で教わった。
「……確かに、実界で中学生くらいの子供が一人立ちするのはなかなか難しい話だ」
「な。幻界の子供は羨ましいわぁ」
僕も思春期のころは、早く家を出たいなんて思っていた。
幻界ではそれが叶うのだから、確かに少年少女たちにとっては理想なのかもしれない。
「せやから、あの二人のことは気にせんでええよ。幻界はそういうとこやねん」
「そう、なのか」
隆一はそう言うが、僕はどうも納得しきることができないでいた。
「そういうもの、なのか」
「そそ。理想郷やからな」
――理想郷。
僕はその表現に、違和感を覚え始めていた。
だが、その違和感の正体がつかめず、うまく言葉にすることが出来ないでいた。
「なんかこの話してたら、昔のこと思い出したわぁ」
「昔って……小さい頃の?」
「おう。俺が真田家に来た日のな」
隆一は、遠慮ひとつない笑みを僕に向けて言った。
そう言った後に、通りかかった店員に空っぽのグラスを渡してカクテルらしき名前のお酒を注文した。
「宗治は? なんか飲むか?」
「ん、じゃあファジーネーブルで」
おう、と少しにやけながら「ファジーネーブルも追加で」と注文する幼なじみの表情を僕は見逃さなかった。
「今、心の中で馬鹿にしただろう?」
「いやぁ。甘口系の宗治くんらしいなぁ思って」
「それは俺の味覚に対して言っているのか……それとも人間性に対してなのかな?」
「……っふ」
あ、これは絶対に「ファジーネーブルとかジュースの
「ファジーネーブルとかジュースの範疇やろ。見た目通りで味覚もお子様やなぁ(笑)」
「心を読まないでくださるかな」
彼はカクテルの奥深さを知らないに違いない。
そうでなければファジーネーブルをジュースなどと言ったりはしない。
……なんて心の中で非難してみるが、実のところ僕もカクテルの奥深さなんて語れるほど知らなかった。
少しだけ残ったウーロン茶を飲み干すと、隆一に問いかける。
「で、お前が真田家に来た日の何を思い出したっていうの?」
ああ、それな。と手持ち無沙汰になった両手を組んで彼は話す。
「俺が来た日っちゅーか、俺のビフォーアフター? みたいな」
「ふうん?」
何やら彼は、今から劇的な話を聞かせてくれるようだ。
酔いで少し重たくなった瞼を閉じて、僕は彼の話に耳を傾けた。
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