5-4 不吉な再会

 リカバの木に背を向け、来た道を戻ろうとしたとき。

 金髪の見たことのある青年が、立っていた。


「あっちゃん……?」


 隆一は、驚いた表情で彼の愛称を呼ぶ。


「久々やねぇ、隆一。めっちゃ会いたかった」


 青年は隆一に笑いかけるが、隆一は複雑な表情のまま彼を見る。


早川敦士はやかわあつし……なんでこんなところに」

「僕? 僕は――」


 僕が彼の名を呼ぶと、彼――早川敦士から笑顔が消えた。

 その瞬間、早川は素早く僕の目の前に現れ、


「っ……!」

「――僕は、真田に用があってん」


 刀で僕に斬りかかる。

 動き出す前からの殺気に警戒していたこともあり、寸前でなんとか攻撃をかわした。

 何歩か後ろに下がって間合いをとる。


「どういうつもりだ、早川」

「どうもこうも、見たまんまのつもりや」


 鞘に収まったままの刀を腰から抜き出して、戦闘態勢をとる。


 早川敦士。

 彼は、隆一が僕と出会う前の、かつての彼の友人であり。

 そして――


「あのとき僕に黙って殺されとったら、アイツは死なずに済んだのになぁ?」


 三年前に、僕らの大切な友人をあやめた男。

 だが彼の言う通り、早川は友人を狙っていたわけではない。

 初めから狙いは、僕だった。


「なあ、真田」


 ゆっくりと、早川は歩み寄る。


「女に生かされる気持ちって、どんなもん?」


 じわりじわりと、毒を染み込ませるように言葉を紡ぐ。


「……気持ちいい? それとも」


 ねっとりと絡みつくような言葉が、僕の思考を鈍らせていく。

 そうだ。確かにあのとき僕がとどめを刺されていたならば。


「……罪悪感で苦しい?」


 ――彼女が命を落とすことは、なかった。


三上瑠里みかみるりは、お前が殺したようなもんやろ?」

「――――」


 否定も肯定もしない。


「ほんで鞘のまま戦って? 僕はもう誰も殺しませんーなんて言うて、正義の味方でも気取ってはるの?」

「……」


 僕は、弱い人間だ。

 守るべき人も、守ることが出来なかった。

 だけど。


「俺は……今更そんなものにしがみつく気はないよ」


 構えていた刀を、そっと鞘から抜き出す。


「そう、じ?」


 僕の名を呼ぶ、聞き慣れた声。

 その声に僕は己の意志を告げる。


「――真田宗治は、隆一が思う以上にズルい人間なんだよ」

「そんな……」


 三年前から、ずっとそうやって生きてきた。

 他の何かを守れるほど強い人間じゃないことに気付いてから、ずっと。


 僕はあのときから、己の平穏のために最善を尽くしてきた。

 例えそれが、何かを傷付ける結果になったとしても。


「――っふ」


 にぃっと笑い、鋭い眼差しで僕を捉える。

 瞬間、弾丸のような速さでこちらへ向かってきたかと思いきや、その姿は眼前から消えていた。


「――!」


 振り向くと、背後に早川は立っていた。

 時間差で響いて聞こえた金属音に、自分が振り向きと同時に防御態勢をとっていたことに気付く。


「遅い、反応が遅いなぁ! もうちょいで首がぶっ飛んでたとこやで!」


 愉快そうに早川はわらう。


 早川の俊敏さは、明らかに人間離れしている。

 姿をくらますことに長けた相手は、今までも経験してきた。

 大抵は相手の姿を見失っても、攻撃の直前に放たれる殺気で気付くことが出来る。

 しかし早川はあまりにも速く、殺気を察知する前に攻撃を加えられてしまう。

 下手に動けば、あっさり斬られてしまうだろう。


「なぁ真田。僕めっちゃ速いやろ」


 ギチギチと音を立てる刃の向こうで、早川は囁く。


「ああ、確かに。失礼だけど人間離れしてる」

「せやろ? だって僕――」


 そして、訳の分からない言葉を僕に告げる。


「普通の人間と違うからな」

「は……?」


 ドンと強い衝撃が加えられ、訳も分からず仰向けで倒れていた。

 腹部を蹴られてしまったことに気付くと、徐々に痛みが強まり始めた。


「宗治!!」

「……呆気ないなぁ。もうちょい遊ぼうや」


 早川は追撃する様子もなく、僕が立ち上がるのを待っている。

 彼の望み通り、僕は立ち上がった。


「……っ」


 蹴られた痛みで呼吸が上手く出来ず、声が出ない。

 すると、僕の前に隆一が立ち塞がった。


「敦士……もうやめてくれ」

「隆一、お前には関係ないことや。どいてくれ」


 僕は、自分の前に人が立つことが苦手だ。

 そういうときは、ろくな結末にならないからだ。

 同じ失敗を繰り返すほど、馬鹿じゃない。


「大丈夫。俺はまだやれるよ」

「な……」


 隆一の前に出て、再び刀を構える。


「ええで、最期の最後まで相手になったる。殺す気でかかってこいや」


 余裕の笑みを浮かべて、僕の攻撃を待っていた。

 向こうから仕掛けてくる様子はなさそうだ。


 普通の人間がまともに戦って勝てるような相手ではない。

 と、なると。


「君が普通の人間でないなら、遠慮する必要はないね」

「宗治、まさか――」


 隆一曰く、“その時の僕”は見た目は普通の人とは何も変わっていないらしい。

 ただ一つの事象を除いては。


 意識を集中させ、自身の行動を思い描く。


「ふん。どんな手を使っても僕には勝てへん――」


 彼が言い終わるや否や、決着がついた。


 その直後、約10秒間。誰も言葉を発する者は居なかった。

 乾いた風に混じって、甲高い金属音が鳴り響く。

 金属音は崖の方へと流れていき、その音源は崖下の森へと姿を消した。


「……やるやないか」


 早川は空になった右手をぎゅっと握り込み、リカバの木の前に立つ僕を睨みつける。


「どうして君が俺を狙っているのかは知らない。でも……」


 彼の目を真っ直ぐに見据えて、僕は伝える。


「人の平穏を乱すようなことは、どうか控えてほしい」

「……自分のことしか考えとらんのやな、真田は」


 早川はそう吐き捨てると、荒野を吹く風に紛れて消えた。多分、瞬間移動系の魔法だろう。


「あっちゃん……何で宗治を……」

「何でだろうね。恨まれるようなことをした記憶も無いのだけど」


 そう言って一歩踏み出したとき。

 メリメリと不吉な音が、足元から聞こえた。


「ん……?」


 真っ赤な地面に、稲妻のような線が走る。


「え、これ――」

「宗治!!」


 差し伸ばす手に気付いたときには、既に隆一は遠く。


「――やばい」


 呟いたか、思っただけか。

 視界と重力は、もう訳が分からないまま――。

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