5-2 青い木の実の万能薬

「みなさーん! お困り事、ありませんかー? あなたのお困り事、何でも屋『終始亭』がうけたまわりますー。何でもご相談くださーい」

「ペット探し、人探し、薬草採取など、どんなことでもお気軽にどうぞー!」


 声を張り上げ、宣伝する隆一。

 その後に続いて、『何でも屋 終始亭』と書かれた看板を掲げながら僕も声を出す。


 町のど真ん中で看板を持って叫ぶ男が二人。

 実界だと、都市部の駅周辺の繁華街でこういった人たちをよく見た気がする。


「覚悟しろって言うから何かと思えば……」

「なんやかんやこれが一番効果あるんとちゃう?」


 通行人を捕まえては振られる友人。

 僕にそこまでの行動を起こす勇気はなく、そんな友人を後ろで見ていた。

 じりじりと照り付ける日差しが、僕たちの体力を奪っていく。


「しかし……暑いな」

「ほんまそれなぁ、俺ら1時間くらい外におるんとちゃう?」


 携帯に表示されている時刻を確認する。

 時刻は13時半。僕たちが宣伝活動を始めたのは丁度12時半くらいだ。


「ああ、それくらいは経ってる」

「これ……ほんまに効果あるんかな」

「いや、隆一が言い出したんじゃないか」


 天然なのか狙ったのか分からないボケをかますと、隆一は背後の公園のベンチに座り込んだ。


「はぁー、もうやってられへんわぁ」

「炎天下に人を連れ出しておいて何を言ってるのさ……」


 そう言いながら、僕もベンチに腰掛ける。

 ベンチは丁度木の陰にあり、日差しを逃れることができる。

 さわさわと爽やかな葉の音が、さらに涼しさを感じさせてくれた。


「やっぱり、あの二人は連れてこなくて正解だったね」

「せやなぁ。汗渋りながら叫ぶ宗治見ても何もおもろいことないしな」


 僕が隆一に連れ出される直前、実は龍斗くんと姫奈ちゃんも同行しようとしてくれていた。

 二人の同行したい理由は僕が隆一に「何をさせられるのか見てみたい、面白そう」というものだったけれど。

 ……関心を持ってくれただけでも感謝しよう。


「まあ、俺は療養で置いてもろてる身やし、これくらいはせんと割に合わんわな」


 包帯を巻いた右腕を左手でさすりながら、隆一は言った。


「傷、まだ痛むの?」

「あぁー、もうそんなに痛まへんよ」


 にっと笑って右腕を回してみせる。が、


「あいっ痛ぅ……ッ!」

「……治療が長引くような動作は止めようか」


 痛みで歪む表情を見ていると、こちらまで右腕が痛むような錯覚に陥りそう。

 この様子だと、もうしばらくは姫宮家に居てもらった方が良さそうだ。


 隆一の腕の怪我は、そもそも僕の不注意が原因だ。

 数日前の竜の洞窟での出来事――穏やかだった白竜の急な殺気。

 それに飲まれて動けなくなった僕をかばい、隆一は腕を負傷した。


 帰宅後、リリアンさんの回復魔法と薬による治療で幸い大事には至らずに済んだ。

 しかし、完治には少なくとも1ヶ月はかかるとのこと。

 それまでは翼猫弓団よくびょうきゅうだんの活動も控えるように、リリアンさんから告げられている。


「でも……俺がちゃんと避けられていれば、こんなことにはならなかったね」


 あの時のことを思い返し、思わず心の声が漏れる。


「そない自分を責めるなやぁ。宗治が無事で、俺も生きとる。結果オーライやろ?」


 隆一はいつもの軽いノリで話し、グッと親指を立てた。

 この楽観的な単純思考に、僕は今までどれだけ助けられてきただろうか。

 振り返ると彼に対する感謝の気持ちと共に、自分の不甲斐ふがいなさを痛感してしまう。


「まあ……俺も宗治にはよう助けられてきたし、ここは感謝でもしといてくれや!」


 そう言うと、今度は立てていた親指を折り曲げて拳を僕に突き出した。


「……ああ、どうもありがとう」


 突き出された拳に、仕方なく自分の拳をぶつける。

 ウェーイと嬉しそうに声をあげる幼なじみ。

 こういったノリは正直得意ではないけれど、このノリに救われてきたのは確かだった。


「さ、もうひと頑張りしてみようや」


 隆一は勢いよく立ち上がり、ぐっと背伸びをした。

 僕も持参してきた麦茶を飲み干してから、ゆっくりと立ち上がった。


「あの……すみません」


 か細い声に振り返ると、そこにはおさげの大人しそうな少女が立っていた。

 見た感じだと、中高生くらいの歳の子のようだ。


「終始亭さんって、ミヤコさんのペット捜索をされた何でも屋さん……ですよね?」

「あ、はい。そうですが」


 僕たちは少しの淡い期待を抱きながら、少女の続く言葉に耳を傾ける。


「木の実の採取って……お願いできますか?」

「はい! もちろん――」

「もっちろんオフコースウェルカムOK! バリバリやったりますよ!!」


 いつの間にか僕の前に出てきた隆一が、少女の手をぎゅっと握って声を上げる。


「ちょっと隆――」

「ほ、ほんとですか? ありがとうございます……っ!」


 僕が発言する間もなく、少女も嬉しそうに感謝の言葉を述べた。


「いやぁ、もうひと頑張りした甲斐があったなぁ! 宗治ぃ!」

「とりあえず外はこの暑さですし、涼しいところに移動しましょう」


 僕自身、暑さでこれ以上隆一のボケに突っ込んであげられるほどの気力も残っていない。

 とりあえず少女を姫宮家に案内することにした。


■■■


「暑い中お疲れ様です」


 リリアンさんはそう言って、麦茶の入った三つのグラスをテーブルに置いていく。

 お誕生席に座る隆一、僕、そして僕の向かいに座るおさげの少女の前に。


「ご依頼は木の実の採取、とのことでしたね。どのような木の実ですか?」

「薬の材料になる木の実……リカバの実です」

「リカバの実、ですか」


 リカバの実という聞き慣れない単語を、手元のメモに書き出す。


「リカバの実て、あの死の荒野にある……?」

「はい。あらゆる病を治す万能薬の原料となる、あの実です」


 どうやら幻界では、リカバの実に関する知識は一般常識の範疇はんちゅうのようだ。

 隆一は僕と同様の実界人でありながら、幻界人であろう少女と対等に言葉を交わす。

 きっと、翼猫弓団で培った知識なのだろう。


「母が原因不明の病で……医者にもリカバの実の万能薬を試してみる以外方法がない、と」

「確かにアレはあらゆる病気を治すとか言われとるけど……ほんまにええんか?」


 眉をひそめて、隆一は少女に問いかける。

 リカバの実の万能薬には何か問題があるのだろうか……?


「はい、構いません。母の病が良くなるなら多少のリスクも受け入れます」


 隆一の問いに対して、少女は迷う様子もなく答えた。


「そうか、分かった」

「よろしくお願いします」


 少女は丁寧にお辞儀をすると、静かに立ち上がった。

 僕と隆一で玄関まで彼女を見送り、扉が閉まるのを確認してから僕は隆一に尋ねる。


「ところでリカバの実って、何?」

「え、おま……知らずに話聞いとったん? 実界でもよう聞くやん」

「……え?」


 ……どうやら僕は、実界でも世間知らずだったようだ。

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