4-3 ナンパ男の捜索依頼

 姫奈は龍斗の部屋を出ると一階の居間へと下りて行き、机に置かれている携帯電話を手に取った。

 ロックを解除して連絡先一覧から見慣れた名前を素早くタップすると、携帯電話を耳に近づけた。

 呼び出し音が鳴り続ける。姫奈は何度かかけ直したが一向に相手が出る気配はなく、通話を諦めて再び携帯電話を机の上に置いた。


「遅い……」


 通話履歴の一覧には、『真田』と苗字だけが表示されている登録名が連続していくつも並んでいた。

 宗治が、町の狩人に声をかけに出て行ってから約2時間が経過していた。

 町にどれだけの狩人がいるのかは姫奈も把握していないが、その中でも顔見知りや人づてに聞いた5人を宗治に紹介した。

 5人の狩人は皆姫宮家からそう遠くはなく、歩いて10分程度の範囲だ。

 宗治の性格上、結果を必ず連絡してくるはずだと姫奈は考えていた。しかし、2時間経っても連絡がない。


「何処で油売ってるのよ、あの赤もやし。そんなんだからいつまでもヒョロヒョロなのよ」


 姫奈は関係のない悪口を呟いて、机の前にすとんと座った。落ち着かない様子で机をこつこつと指先で叩く。


「リリアンさんがいないっていうのに」


 当の本人が港町に走って向かっていることも知らずに、姫奈はイラつきを抑えられないで連絡を待っていた。

 そのとき、玄関の扉をノックする音が聞こえてきた。

 と同時に、男が特定の人物の名を呼ぶ声がした。


「リリちゃーん! リリちゃんいますかー?」


 その声を聞いた瞬間、姫奈の怒りのボルテージはぐんと上がる。


「あーもう! こんなときに面倒なのが来たっ!」


 机をバンと強く叩いて立ち上がり、少女は玄関の扉の前までずかずかと歩いていく。

 ガラガラと怒りに任せて勢いよく扉を開くと、少女は目の前の男に全ての怒りをぶつけるように叫んだ。


「あいにく留守よ! もう一生来ないで!!」

「おー怖い怖い。相変わらず姫奈ちゃんは厳しいなあ。可愛いのに」


 眼鏡をかけた細身の男は軽い口調で怒る姫奈を宥めた。

 が、その口調が余計に姫奈を煽り、少女の右脚が男の両脚の間を足元から勢い良くせり上がる。

 その足が股間に到達した瞬間、男は声にならない悲鳴を上げ、その場でうずくまった。


「これ以上軽口叩いたら次は使い物にならなくしてやるわ」

「そ、それは勘弁願います」


 姫奈は乱暴な捨て台詞を吐くと、玄関の扉を閉めようとした。が、男は扉の側面に手をやり、扉が閉まるのを阻止した。


「ちょい待って姫奈ちゃん。も一つ用があるんだわ」

「何よ」


 男はよろよろと立ち上がると、ウェストバッグから紙を取り出し、姫奈に差し出した。


「ここ、何でも屋始めたんだよな。つーことは人探しもアリなわけだよな?」

「どっからうちの情報仕入れてきたのよ。さすがナンパの坂上ね」


 姫奈は坂上と呼んだ男から紙を受け取った。

 一人の男が写った写真。坂上は、写真に写っている男を指しながら姫奈に話す。


「こいつを探して欲しいんだよ。俺『翼猫弓団』って大型専門の狩人団体に参加してんだけどさ、その仲間が行方不明なんだよ」

「ふーん……で、その行方不明の仲間がこの男なわけね?」


 うす、と坂上は軽く頷く。


「そいつの名前はハヤブサヤヨイ。こいつは偽名なんだけど、家の表札もこの名前使ってるから問題ないだろ」

「ハヤブサヤヨイ……女みたいな名前ね」


 姫奈は名前をメモにとると、坂上に尋ねた。


「ちなみに本名は教えられそう?」

「んー、一応いいっちゃいいんだけど、幻獣保護団体にバレるとマズいんで、他人に教えない約束でいい?」

「構わないわ」


 坂上は姫奈からメモ用紙とペンを受け取ると、ハヤブサヤヨイという文字の下に、漢字4文字を書き足した。


「これがハヤブサの本名な。注意してくれよ」

「わかった。担当のやつが帰ってきたらすぐ伝えとくわ」

「頼むよ。報酬はそれなりに出すからさ」


 坂上はそう言って軽く頭を下げると、賑わう町の中へと駆けていった。

 姫奈は遠くなっていく坂上に向かって言葉を放った。


「リリアンさんのことはもう諦めてよねー!」


 坂上は右手を挙げると、手のひらを横に振って否定の意思を示した。


「あのナンパ男、最低ね」


 姫奈は玄関の扉を閉めて居間に戻ると、渡された写真とメモを交互に見る。


「この人の本名、苗字が聞き慣れないわね」


 姫奈の目線の先――メモには四文字の漢字が並んでいた。

 ふと本名の上のハヤブサヤヨイというカタカナで書かれた偽名に、姫奈はハッとなる。


「ハヤブサヤヨイって……もしかして」


 何処かで聞き覚えのある名前。正確に言うならば彼女はそれを“聞いた”のではなく、“見た”のであった。

 ――隼弥生。

 この町に住む狩人の一人であり、姫奈はその存在をミヤコから聞いていた。直接会ったことはなかったが、特徴的な名前だったことから彼女の記憶に鮮明に残っていた。

 もちろん、宗治に渡した狩人メモの一覧にも、隼弥生という名を彼女自身が書き連ねていた。

 姫奈は携帯を手に取り、ホーム画面を開いた。宗治からの連絡はない。

 少女は窓の外で賑わう町を眺めながら、ぽつりと呟く。


「……隼弥生を探してるの? それとも――」


 連絡がつかない宗治への不安は、募るばかりだった。


「……一人で洞窟に行ったの?」

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