1-7 四人暮らしの始まり
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どれくらいの時間が経っただろうか。日は傾き始め、町は赤く染まっていた。
リリアンは夕飯の支度を始め、姫奈は居間の窓から外を不安げに眺めていた。
盗賊を恐れて、町の人々は夕方以降外出をしない。そのため、外には人の気配がほとんどなかった。
そんな静けさが姫奈を余計に不安にさせた。
彼女は、昼間の夢を思い出す。
深い森中に充満する鉄の臭い。
赤い液体に浸される一人の少年。
うつ伏せの少年を転がすと、真っ赤に染まった幼馴染の顔。
――だめだめ。そんなわけないじゃない。あの人がついてるはずなんだから。
首を横に振り、そんな最悪の事態の想像を振り払おうとする。
それでも、黒井龍斗はまだ小学六年生にあたる歳だ。
小学生といえば、公園で同じくらいの歳の少年たちと頭を並べてゲームをしているような年齢である。
実際、姫奈はそんな龍斗を一度も見たことはなかったが、それくらいの歳の少年が盗賊などという物騒な連中と関わるとなると、やはり気が気でならない。
そんな焦燥感を抱きながら、少女は窓の外を見張っていた。
夕日に紛れて、二つの人影が窓の向こう側で歩いているのが見えた。
近づいてくる人影の一人は赤髪の男、もう一人は黒髪の少年。
「――帰ってきた!!」
姫奈は鉄砲玉のように勢いよく玄関を飛び出し、外に出た。
「ただいま、姫……ッ!?」
「龍斗っ!」
少女が待ちに待った少年は、ボロボロになって帰ってきた。
姫奈は泥まみれの彼を強く抱きしめ、涙声で言う。
「もう、心配させないでくれる……?」
少女の震える声に対しごめん、と少し照れ臭そうに少年は呟いた。
姫奈は、龍斗の斜め後ろに立っている男に気付き、慌てて龍斗を離す。
そして、夕日の色か否か、少し赤く染まった頬で男に向かって言った。
「旅人さん、ありがと」
姫奈は少女らしい柔らかな笑みを浮かべた。
男も同じように笑みを返し、言葉を紡ぐ。
「じゃあ、僕はまた修行の旅に出ます。またお会いする機会があったら、よろしくお願いしますね」
男は深くお辞儀をして、踵を返す。
燃えるような夕日の中へと彼は向かっていく。
男の赤い髪は、さらにその赤みを深めて夕日に溶けていこうとしていた。
姫奈は、遠くなっていく男に手を振る。
少しずつ、彼は赤の中へと溶けていく。
まるで、夢か幻想の類であったかのように。
その存在は溶け――
■■■
――何か忘れているような。
感慨深げに、潤んだ瞳で手を振り続ける姫奈。
龍斗もそうしようと手を上げかける――
が、男のとある重大な問題を思い出して、龍斗の上げた手は男を呼び止める手に変わる。
「あの……あんたお金ないけど、大丈夫なのか?」
「――あっ」
男は右足を踏み込んだままピタリと立ち止まった。
同時に夕日へのフェードアウトも止まり、彼は一枚絵に描かれたようになった。
踏み込んだ右足を一歩後ろへやり、回れ右をする赤髪の男。
彼は、二人の子供の元へ重い足取りで帰ってきた。
「困りました……ああ、情けないなぁ」
爽やかに別れるつもりが間抜けにも少年の突っ込みに引き戻され、男は格好のつかない自分に肩を落とす。
「……なんて言ってるオレも、今は途方に暮れてるんだけどな」
はぁ、と龍斗はため息をつく。
少年の知っている兄の情報はこの町で途絶えており、他の町にあたっても期待はできない状態だった。
夕日を受けて途方に暮れる二つの影。
そんな二人を少女は交互に見つめる。
そのとき、少女は唐突にそうだ!と思いついたように声を上げた。
突然の明るい声に驚き、二人は同時に少女を見る。
「せっかくだからしばらく二人でうちの用心棒をしてよ! 女二人じゃ盗賊とかに襲われたときに危ないからさ」
姫奈はそう言うと二人の手を取って、ニコニコと楽しそうに笑った。
二人の旅人は顔を見合わせる。
そして、決意したように少女の方へ向き直り、再開の挨拶を果たす。
「では、お金の問題が解決するまでお邪魔します」
「まあ……オレも兄さんの手がかりが掴めるまでは、ここで待機させてもらおうかな」
よろしく!と少女は元気よく挨拶し、握った二人の手を大きく振った。
「あ、そだ。あたしのフルネームは美山姫奈ね! あなたは?」
姫奈は赤髪の男に問う。
突然の姫奈の自己紹介に戸惑ったが、少女の笑顔につられて彼は名乗る。
「僕は真田宗治と言います。しばらくの間、よろしくお願いします」
姫宮家に、新しい居候が二人。
賑やかな四人暮らしが始まろうとしていた。
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