第11話 美少女レンタル1
予定していた通り、冷凍庫で保存していた肉を使い、ひなこに焼肉を作ってあげた。彼女の、大層喜んだ顔を見れば、少し奮発したことも忘れてしまいそうだった。
それから、戦いで汚れていたひなこに、風呂に入るよう指示した。彼女が着ていた服は洗濯機で回し、代わりに優也の家にあった女物の服を貸した。
優也は、今、ひなこが風呂から上がってくるのを自室で待っている状態だ。
そろそろかな、などと時計を見ていれば、部屋のドアが開かれた。入ってくるは、もちろんひなこだ。フリルの付いた可愛らしい服に身をまとい、首にはハンドタオルを下げている。服のサイズもちょうどぴったりの様子だ。
「ありがとう、優也くん。さっぱりしたよ」
「そうか。ならよかった」
テーブルを挟んで対極に腰を下ろすひなこ。ふわりと石鹸のいい香りがした。
「ときに、優也くん」
「なんだ?」
「この服は、優也くんのお母さんのかな?」
「あいにくだが、お前のサイズにぴったりなほど、俺の母親は小さくねぇよ」
「それどういう意味かな⁉︎」
「どうもこうもねぇよ。そのまんまの意味だ」
主に、胸の話である。
不満そうなひなこの表情。どうやら、彼女も、言葉の意味を理解しているようだ。
「…………。優也くんのお母さんのじゃないとすると、これは優也くんの趣味なんだね」
「なんで決めつけたんだよ!俺に女物の服を集める趣味は断じてねぇよ!」
さっきの仕返しのつもりなのだろうか。
「その服は……」
そこまで言葉にして、優也の口が動かなくなる。
「どうしたの?」
「……なんでもねぇ。まあ、その服は、この家のもんだ。それ以上は、あんま気にすんな」
「わかった。優也くんが話したくないんなら聞かないよ」
「そうしてくれると助かる」
このことについては話したくない。とくに、これからいつまで付き合うことになるか分からない彼女には話さない方が賢明だろう。
「ところで、優也くんは、お風呂、入らないの?」
「まあ、明日は休みだしな。寝る前に入るよ」
「休みって、もしかして学校?」
「ああ。これでもいちおう高校生だからな」
というより、今優也が着ているのは制服だ。これを見て学生だと気付かないのだろうか。
「いいなあ、学校」
「行ったことないのか?」
「昔はあると思うよ」
「思う?」
自分のことなのに、ずいぶんと曖昧な言い方。まるでそれでは……。
「わたし、昔の記憶がないから」
「記憶がないって……」
「正確には、研究所にいた時よりも前の記憶がないんだ。だから、故郷がどこなのかも、わたしが研究所にいた理由も知らないし、お母さんやお父さんのことも覚えてない」
「その……、ひなこの両親は、研究所に会いに来たりはしてなかったのか?」
「そういうところじゃないから、研究所は。サービス以外では外との繋がりをシャットアウトしてるからね」
「そう、だったのか……」
嫌なことを聞いてしまったと優也は後悔。
しかし、そう告げた彼女の顔が普段と変わりないことに、優也は戸惑いを隠せなかった。
きっとそれは、悲しいことのはずだ。優也も両親とはしばらく会ってはいないが、会おうと思えば会うことはできる。ひなことはわけが違う。
「寂しいとか、会いたいとかって、思わないのか?」
「んー、どうなんだろ。会ってはみたいけど、きっとそれは、さみしいからってわけじゃないかな。わたしはお母さんもお父さんも顔を知らないから」
確かに、言われてみれば、そうなのかもしれない。
今のひなこからしてみれば、両親は、すでに他人と違いない。そんな二人に興味はあっても、寂しさは感じないだろう。
「そんな話より、優也くん、もっと他に聞きたかったことがあるんじゃないの?」
「そうだったな。今度は、ちゃんと全部話してくれんのか?」
「もちろんだよ。といっても、わたしにわかる範囲で、だけどね?」
聞きたいことが山ほどある。それがどれほどか、自分ですら分からなくなるほどに。
まず第一に確認すべきことは、
「ひなこ、お前は何者なんだ?」
「わたしは人間だよ?」
「………………」
きょとんと首をかしげるひなこ。
どうやら質問の仕方を間違えたらしい。
「ひなこは自分のことを『美少女』だって言ったよな?」
「うん。言ったよ」
「あん時は聞きそびれてたが、結局『美少女』ってのはなんなんだ?」
「研究所に所属してる女の子の総称だよ」
「研究所に所属って、なんかしてんのか?」
「借りる人によって目的が違うけど、研究所は『美少女』って呼ばれる女の子のレンタルをしてる会社だよ、表向きはね」
「美少女のレンタルって…………」
そのフレーズを聞いて、優也は、この間の笹木との会話を思い出した。
「美少女はじめました、とかなんとかの?」
「そう、それだよ。優也くん、知ってたんだね?」
「知ってたっていうか、友だちから聞いてな」
「聞いた?」
突然、ひなこの表情が変わった。なにか信じられないことを聞いてしまったかのように。
そのことに、優也は間違ったことを言ってしまったのかと、一瞬返答に困ってしまう。
「あ……、ああ。昨日、学校の友だちから聞いてな。正直作り話だと思ってたんだが、本当だったとはな……」
しかし、ひなこから返された言葉は、優也も予想していないものだった。
「その友だちは? 今日、会ってないんじゃないかな」
それは問いというより確信に近いように感じられた。
「なんでそれを……?」
「後で詳しく話すけど、『美少女レンタル』には、いくつか決まりごとがあって、その中に、『美少女』について知らない第三者に口外しないこと、っていうのがあるんだよ」
「その決まり事を守らなかったら?」
「存在を消されるらしいよ」
「消されるって。殺される……とは違うのか」
笹木に当てはめて言えば、彼は殺されたのではないだろう。なぜならば、優也以外誰一人として彼のことを覚えていなかったからだ。
「その言葉のまんまだよ。制約を破った者は、この世界から存在をなかったことにされる」
「じゃあ、笹木は……」
ひなこはなにも言葉を返さなかった。その代わり、ただ静かに、目を閉じて首を横に振った。
「………………」
その現実を知った優也の心の中は、複雑なものであった。怒り、悲しみ、絶望。様々な感情が混ざり合っていたが、そのどれも、ひなこにぶつけてしまうのは違っていた。
同じくして、一つの疑問が浮かぶ。
「なんで、俺は笹木のことを覚えてんだ?」
優也が彼の存在を忘れていないこと。ひなこの言う通り、笹木の存在が世界から無かったことになってしまったというのならば、優也が彼について覚えていることがおかしい。
「それについては、わたしもわからない。普通は、優也くんも忘れてるはずなんだけど……」
しかしながら、優也が笹木のことを覚えているのは確かだ。
「もしかしたら、研究所の仕業なのかも」
「というと?」
「その笹木くんって人のことを忘れると、優也くんが『美少女レンタル』について聞いたことも忘れちゃうから、なにか理由があって、研究所が忘れないようにした、とかかなって」
「つまり笹木が研究所の関係者だって言いたいのか?」
「そういうわけじゃないけど、研究所がその笹木くんを使って優也くんに『美少女レンタル』について教えた可能性があるんじゃないかなって」
「なんのために?」
「それはわからないけど……。だとしたら、優也くんが結界の中にいたのにも説明がつくのかなって」
「俺が『美少女レンタル』について知ってたから、結界の中に入れたってことか」
「うん」
しかし、結局のところ、研究所が優也に『美少女レンタル』のことを教えた理由がわからない。
この疑問を解くためには、あまりにも手持ちの情報が少なすぎる。優也は一旦この話をここで切り上げることした。
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