第10話 戦いの後は

「なんとか、生きて帰ったこれたぜ……」


 家の玄関を上がるなり、優也に襲い掛かるは脱力感と安心感。


「なんだか今日一日……いや、ほんの一、二時間の間で、何日も過ごした気分だ……」


 それだけ、色々なことが一度に起きた。未だに信じれないことが多々あるが、これは紛れもなく現実で、優也はそれらを受け入れていくしかないのだろう。

 そんな冗談を口にしながら廊下を歩く優也は、ふと、違和感を感じた。それは、さっきまで後ろにあった人の気配が、今はないということ。

 気になって後ろを振り返ってみれば、玄関のドアを入ったところで、ひなこが静かに立ち尽くしていた。


「んだ? そんなとこで何やってんだよ」

「おじゃましてもいいのかなぁ……って」

「今さらなに言ってんだか。不本意だったが、俺はひなこと契約したんだ。だったら、家にあげないわけにもいかんだろ。それに、ひなこにはいろいろと聞きたいこともあるしな」

「それじゃあ、おじゃまするね?」

「ああ」


 こうなってしまった以上、昨日とは違い、彼女を追い返すことはできない。


「とりあえずは、俺の部屋にでも……」


 ぐぅぅ…………、と。

 優也の言葉は、そんな地が唸るような音によって止められた。聞き覚えがあったその音に、すぐに優也は、それがひなこの腹の音だと気づく。


「……の前に、腹ごしらえか?」

「えへへ……。そうしてもらえると助かる、かな」


 戦いでエネルギーを使い果たしたといったところだろうか。

 二階へ上がる階段に向けていた優也の足は、その前を通過する形で、リビングのドアへ変更された。


 ここで少し、あの廃ビルから逃げた後のことを話すとしよう。

 ひなこの言った通り、結界が解けたのは優也たちがビルを出て間も無くのことであった。その為、優也が最も危惧していた、廃ビルに不法侵入したことが見られてしまう、という事態にはならずに済んだ。

 結界が解ける瞬間というのは不思議なもので、まるで二つの世界が溶け込むように、少しずつ元の世界へと移り変わっていった。

 さらに不思議なことに、優也たちが元の世界へ戻ったことを、周りにいた人たちは、誰一人として気にも留めていなかったのだ。あたかも優也たちが、初めからそこにいたかのように。

 それと、結界が解けて気づいたことだが、どうやら結界の中では、元の世界との時間の繋がりがないらしい。

 らしい、などと曖昧なのも、これはひなこに直接確認したことではなく、結界にいた時間を考えると、結界に入る前と出た後では時間が合わないという点から優也が勝手に推測したものであるからだ。

 それから、優也はひなこを連れて、自分の家へと帰り、今へ至る。

 一つ不安なことがあるとすれば、あの廃ビルの中が本当に元通りになっているか確認できなかったことだ。


「なあ、本当にビルの中は元通りなのか?」

「心配性なんだね、優也くんは。大丈夫だよ。元通りになってるから」


 そうは言っても、その言葉を信じる根拠がなにもない。

 そんな雰囲気が顔に出ていたのか、ひなこはスカートの裾を優也に見せた。


「ほら、服も元通りだし」


 確かに、ひなこの服は、あの結界の中にいたときは、いたるところが破れてボロボロになってしまっていた。その時から比べれば、今はまだしも綺麗なように思える。


「つっても、顔の傷はそのまんまだろ。それに、髪留めだって血まみれじゃねぇか」

「これは結界が張られるより前にできたものだから」


 そう言われてしまっては、優也も返す言葉がない。


「結界は、中で起きたことをなかったことにするわけじゃねぇって言ってたが、実際、どんなことがなかったことにできんだ?」

「細かくあげていくとキリがないかもだけど、そんなに大きなことは元に戻せないよ」

「大きなことって?」

「たとえば、誰かの死、とか」

「結界の中で死ねば生き返らないってことか」


 そうなれば、あの人造人間も死んだということになる。

 あの存在を、人、と呼んでいいのか分からないし、その死を喜ぶわけではないが、少なくとも優也やひなこにとっては良かったことなのだろう。


「んじゃ、ひなこの服とか細かい傷が治ってるってことは、例えば、結界の中で致命傷を負ったとして、結界が解けりゃ、治るってのもできるのか?」

「それは難しいかも」

「なんでだ? 死んでるわけじゃねぇぞ?」

「たとえで、死って言ったけど、正確にいうと、致命傷じゃなくても、深い傷は治せないみたい」

「だと、あんま結界の中だからって安心しないほうがいいってことか」

「そうだね。でも、優也くんは、戦うことはないから安心して大丈夫だよ」

「そりゃそうだろうけど……」


 なにも自分だけの心配をしていたわけではない。

 そう正直に言えなかったのは、彼のちっぽけな見栄が邪魔をしてしまったからだろう。


「そんなことより優也くん」

「ん?」


 視線を彼女へ戻すと同時、どこからともなく地が唸るような低い音が聞こえてきた。


「……わたし、そろそろ限界だよ?」

「悪い。飯を作るって話だったな」


 気になることが多すぎて、その約束を後回しにしてしまっていた。

 待たせてしまったお詫びに、昨日彼女が食べたがっていた焼肉でもするとしよう。そんなに良い肉はないので、冷凍庫に残っていた肉を使って。

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