第9話 明元ひなこVS人造人間

 まず、優也の視界に入ってきたのは、目を閉じる前と変わりなく、ひなこの姿であった。

 ただ、一つ変わっていた点といえば、


「ひなこ、それは……」

「?」


 彼女の胸元で、何かが赤く光っていたことだろう。


「ああ、これ?」


 なんのためらいもなく、ひなこは服のボタンを外して、それを優也に見せた。


「ちょっ……」


 とっさの判断で優也は目をそらす。


「どうしたの?」

「ど、どうしたもこうしたもないだろ。お前、今、何してんのか、わかってんのか?」

「なにって……?」


 自覚ないのかよ。てか、こいつには羞恥というものがないのか。あるいは、優也を男と認識していないのか。

 なるべく、後者ではないと思いたいものだ。


「俺だって男で、お前も女の子なんだから、なるべくそういうことはするなよ」

「あ、そういうこと」


 こいつは馬鹿なのか……?


「でも、こうしないと見えないよ?」

「そのためにお前の、その……、下着を見るってのも……」

「それなら大丈夫だよ? 見えないから」


 その自信を信じてもいいものなのか。

 優也は少し悩んで、しかし、光る物の正体を確認することにした。


「み……、見るぞ?」

「いいよ」


 振り返って、優也は言葉が出てこなかった。

 一つ目は、見えそうで見えないことが、これほど理性を狂わせることなのだと知ってしまったからだ。

 見えそうで見えないことは、見えることよりも興奮すると聞いたことがあるが、これは予想以上だった。

 確かにひなこの言った通り、下着とかそういう類のものは一切見えていない。ギリギリのラインで服が隠してしまっている。

 しかしそれがむしろ、優也は理性を保つのに必死だった。

 二つ目は、光っていた物の正体が、予想だにしなかったものだったからだ。


「これは……、石、か……?」


 ひし形の、赤く透き通った、まるで宝石のようなものが、ひなこの胸元に埋め込まれていた。それが身体の一部であるかのように。

 光っていたそれは、しだいに、少しずつ、ひなこに吸収されるように光を消していった。


「『結晶』っていうんだよ」

「『結晶』?」

「『美少女』には、これが埋め込まれているの。この石のおかげで力を使うことができるんだけど……。詳しく説明してるひまはないかな?」


 ひなこの言葉に合わせるように、ドアの向こうから音がした。その瞬間、轟音とともに、文字通り戸が開け放たれる。

 砂埃が舞う中から、あの人の形をした生物、人造人間が姿を現した。


「優也くんは、ここでじっとしててね」


 そう言って、ひなこは立ち上がる。そして、優也と人造人間との間に対峙する。


「な、なあ、やっぱ逃げた方がいいんじゃないのか?」

「わたしなら大丈夫だよ。優也くんが契約してくれたおかげで、力も使えるようになったし。だからほら、こんなのも使えるんだよ?」


 すると、どこから取り出したのか、突如出現するは、一本の刀。刀身が煌びやかに輝く刀だった。


「それじゃあ、行ってくるね」

「あ、ああ」


 とはいえ、やはり女の子に戦わせるというのもどうなのか。しかし、優也に戦う術がないのも事実。ただ、ひなこが勝って無事に戻ってくるのを祈るしかないのだ。


「やあッ!」


 振り下ろされた刀は、身をかばった人造人間の右腕もろとも斬り去る。

 声のような音の悲鳴をあげ、人造人間は後ろへよろめく。そこへすかさず、もう一刀。今度は人造人間の左足を奪い去る。


「これで終わりだよ!」


 ひなこは、バランスを失って地へ倒れ込んだ人造人間の心臓へ一突き。

 動かなくなった人造人間は、その体を砂へ変え、割れた窓から吹いた風に流されていった。


「…………」


 ものの数分で終わってしまったそのシーンを、優也は口を開けたまま見ていた。ひなこが勝ったことを自覚したのは、彼女が優也のもとへと戻ってきてからだった。


「ね、大丈夫だったでしょ?」

「…………」

「……って、ゆ、優也くん?」

「っ! あ……、そ、そうだな」


 ひなこが眼前で手を振っていたことに気がつき、優也の意識は現実へ連れ戻される。

 さっきまでひなこの身を案じていた自分は何だったのだろうか。優也が応援するまでもなく、ひなこの圧勝だった。むしろ、瞬殺というべきか。


「ひなこ、お前って強いんだな」

「もちろんだよ!」


 恥じることもなく宣言すれば、男の優也ですら敵う相手ではない。それは武器の有無を問わずだろう。


「そういや……」


 全てが終わってから、優也はあることに気がつく。


「ここ、どうすんだ……?」


 優也が立つ部屋には、生々しい戦闘の傷跡がいくつも。いくらひなこが敵を瞬殺したからといえど、ここが元の状態であるはずがない。部屋のドアは、あらぬところにへしゃげて転がり落ち、床は至る所がめくれ上がっている。廃ビルだから元々綺麗な場所ではなかったが、それでも先の戦闘の痕は目立ってしまう。


「それなら大丈夫だよ。結界が解ければ、元の状態に戻るから」

「元の状態に戻る?」

「うん。結界の中で起きたことがなかったことになるっていうわけじゃないけど、少なくとも部屋は元に戻るよ」

「それならいいんだが……」


 なんともまあ、マンガみたいだこと。

 そんな優也の心境を読みとったのか、ひなこが補足説明を加える。


「結界の中は、元の世界をコピーして作ったようなものだから。わたしたちがいる『ここ』は、元の世界を忠実に再現した別の世界、って言ったほうがわかりやすいかな?」

「……よくわからん」


 言葉が理解できないわけではない。ただ、そんなことが現実に起こるといわれても、未だに信じがたいだけだ。


「そんで? この結界とやらはいつ解けるんだ?」

「もうすぐ解けると思うよ?」

「もうすぐって……。結界は解けたら元の世界に戻るんだよな?」

「うん」

「じゃあ、俺ら以外の人がいるんだよな?」

「うん」


 やばいじゃねぇかよーーーー!

 その言葉を優也は、口から出したのか、心の中で言ったのか、わからなくなっていた。それほどに、彼は、そこから逃げることに必死だった。

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