第3話 美少女はじめました

 時は少し経って、今は一時間目。本来ならば、英語の授業が入っていた。

 というのも、英語の先生が出張でお休みらしく、補習ということで、課題のプリントを渡されている。

 ついでにいえば、その時間を使って、笹木は今朝の一件で担任から指導を受けている。

 補習も終盤。プリントを仕上げ、各々が喋ったり本を読んだり、自由時間を過ごし始めていた。先ほどプリントを完成させた優也も、何を考えるわけでもなく、窓の外を眺めていた。

 そんな時、冬野も課題を終えたらしく、腰を回して優也に話しかけてきた。


「今朝から思ってたんだけど……、もしかして、優也君、疲れてる?」

「疲れてる? 俺がか?」


 冬野は遠慮気味に首を縦に振る。


「僕にはそう見える……かな。昨日なにかあった?」

「昨日……」


 驚きの出来事があった。

 ああいうことは、皆が、まさか自分には……、と他人事にしている。かくいう優也もその一人だ。だから、それが起きた時は驚きを隠せなかった。

 しかし、冬野に話してもいいものか。

 ……いや、どっかの誰かさんじゃないし、彼は馬鹿にしたりしないだろう。


「実はな、昨日、家に帰ったら泥棒がいてな」

「ど、泥棒⁉︎ だだ、大丈夫なの⁉︎」

「まあ、見つけるのが早かったのか、被害っていったら冷蔵庫の中身くらいだ」


 今考えてみれば、泥棒が、金品でなく真っ先に食べ物を狙ったというのも不思議な話である。


「け、け警察に連絡したの?」

「したっちゃあしたが、被害届は出してねぇよ」

「な、なんで?」

「金目のもんが盗られたんじゃねぇし、見ての通り、俺には傷一つないからな」

「それはそうだけど……」

「それに、奥の手、とか言って慌てて逃げてったし。これに懲りて二度とやらねぇんじゃねぇかな」

「奥の手? ……戦略的撤退ってやつかな?」


 そんな会話をしていると、一時間目の終了を告げるチャイムが鳴り出した。それに合わせるように、教室のドアを開けて笹木が戻ってくる。


「えらく長いこと怒られてたんだな。もう一時間目終わったぞ?」

「いや。説教なら十分くらいで解放されたぜ」

「? じゃあ今まで何してたんだよ?」

「そこらへんうろついてた。一時間目が自習だって聞いてたからな」

「…………」


 今さっき担任から指導されたというのに、笹木からは、まったく反省の色がうかがえない。いくら自習とはいえ、授業は授業。このことを担任に教えれば、今度は笹木も改心するだろうか。


「冬野。いるかー?」


 そんなゲスなことを考えていると、優也の耳に誰かの呼ぶ声が聞こえてきた。

 黒板側のドアに目をやれば、男性の先生が、こちらを見て手招きをしている。


「ホタル、センセーが呼んでるぜ?」

「あ、ほんとだ」

「おいおい、冬野までなんかやらかしたのか?」

「ち、違うよっ!」

「までってなんだよ、までって」


 笹木のことは放っておいて、冬野は話を続けた。


「あの先生はテニス部の顧問。ほら、僕、一応テニス部だから」

「でも、またなんで冬野に?」


 別におかしなことではないのだろうが、一部員である冬野のもとへ顧問が訪ねてきた理由が気になった。


「これでも次期部長候補なんだよ?」

「一年生でか? すごいな」

「そ、そんなことないよ……」


 照れるように頭を撫でて、まんざらでもない様子の冬野。


「でも、次期じゃなくて、次次期部長候補だな」

「あっ、そういえばそうだね」


 まだ三年生は引退していないわけで、次の部長は今の二年生になる。冬野が部長となるのはその後だ。


「ほれ、行ってこい」

「うん。ちょっと行ってくるよ」


 これ以上顧問を待たせるのも悪いので、優也は冬野を促した。

 冬野と顧問が教室から出ていったタイミングで、笹木が優也に話しかける。


「そういや、優也。『美少女レンタル』って知ってっか?」

「いきなりなんだよ」

「『美少女レンタル』だよ。知らねぇのか?」

「知らねぇよ。美少女レンタル? んだそれ」

「美少女はじめました、のキャッチフレーズで、知る人ぞ知る店なんだぜ?」

「冷やし中華はじめました、みたいなノリだな。なんの店なんだよ?」

「聞いて驚くなよ…………」


 本人はもったいぶっているつもりなのだろうが、この会話にそれほど興味がない優也からすれば、ただの無駄な空白と同じに感じられる。


「なんと…………、『美少女』をレンタルできるんだよ‼︎ しかも何でも言うことを聞いてくれるッ‼︎」

「……まんまじゃねぇかよ」


 せめて、もう少しひねったネーミングにしろよ。


「美少女をレンタルするて……。人間だろ? 法律的にどうなんだよ……」

「さあ」

「てか、やましい店なんじゃないのか? また担任に叱られんぞ」

「ちげーよ!」

「んじゃ、お前はレンタルした美少女に何を命令するだよ?」

「そりゃもちろん…………」


 なにやら一人で妄想を始め出す笹木。どんどんと口元が緩んでいき、やらしい顔の出来上がりである。


「というか、そんな店、どこにあんだよ? まったく聞いたことねぇけど……」

「おっ、優也も興味ある系?」

「そういやさ……」

「急な話題転換⁉︎ 興味なかったのかよ⁉︎」


 まったく興味ない。


「それがさ、店の場所はわかんねぇんだよな」

「なんじゃそりゃ」

「いや、突然『美少女』が家にやってくるってウワサなんだよ」

「むしろ怖いな」


 たとえ美少女とはいえ、知らない人が尋ねてきてレンタルしてくださいとか、恐怖以外の何物でもない。


「ほんとにあんのかよ、そんな店。また誰かが言い出したでまかせだろ」

「あ、信じてねぇな」

「むしろ信じてもらえると思ってたのかよ」

「ああ」


 そう首を縦に振った笹木からは、相当な自信が感じ取れた。つまりは、


「お前はレンタルしたことあんのか?」

「いんや、ねぇよ?」

「ねぇのかよ!」


 じゃあ、さっきの自信はなんなんだよ!

 そうツッコミたくて、優也は喉の奥で留める。きっと彼のこと。適当な返事をされると分かりきっていたからだ。


「ただいまー。なんの話してたの?」


 と、そこへ、顧問の呼び出しが終わった冬野が戻ってきた。

 先のツッコミを聞いていたのだろう。彼は興味津々そうに、優也たちが話していた内容、美少女レンタルとやらを聞きたがっている。


「世にも奇妙な話だよ」

「世にも奇妙? どんなの?」

「ただの作り話だ。気にすんな」

「作り話じゃねーって。美少女……」

「はいはい、わかったから黙ってろ」


 笹木は友人であるが、信じれないものは信じれない。彼がどんなに語ろうと、美少女レンタルのことは作り話にしか思えなかった。

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