第六幕 仲直り会の悲劇

 長方形のテーブルにずらりと向かい合わせで座る男女10人……いや、10体。ハンカチのテーブルクロスの上にはおしゃれなティーセット(おもちゃ)、カゴに入ったパン(プラスチック)、それにカラフルなケーキ(消しゴム)。


 しかし、そんなかわいらしいセットに似合わない異様な緊張感が漂っている。


『みんなそろったかしら? じゃあ、始めるわよ』


 巻き毛の赤ちゃん人形メアリが、おほんと一つ咳払いをする。


『これより、お茶会兼オデットと熊田氏の仲直り会を開催するわ!』


『いよっ!』『待ってました!』


 矢木と梶本がノリのいい合いの手を入れる。ちょっとだけ場が和んだ。

 メアリは『なんかいつもと違って調子狂うわね』と言いつつ、悪い気はしないという表情だ。


 その様子を見ながらテーブルの端っこで『どうしてこんなことに……』とつぶやく俺に、向かいに座るアンナ、いやアニーが『ちょっとお兄ちゃん!』とたしなめる。


『せっかく招待してあげたんだから、もっと楽しそうにしてよ』


『招待? 無理やり連行することをお前たちのあいだじゃそう呼ぶのか?』


 もめている俺たちを一同がじろりと見る。人形、クマ、陶器のバレリーナ、ガーゴイル像にバフォメットのゴブレット……見た目も大きさもバラバラだ。そして俺はこの中で一番小さい。小さすぎて、椅子じゃなくてテーブルの上に直接乗っかっている。これはけっこう脅威だ。特に、右隣の木彫りのクマが。これはリビングのキャビネットに飾ってあったやつじゃねえか。このサイズで至近距離で見るとものすごい迫力だ。


 悪かったよ、変なこと言って。だからこっちに注目するのはやめてくれ! と、怖いので心の中だけで叫ぶ。


 そもそもこんなカオスな状況にあるのは、アンナが買ってきた幸運のカエルが原因だ。ある朝起きたらカエルになってたなんて、幸運が聞いてあきれる。これが夢じゃないとやっと受け入れて、どうにか元の自分に戻ろうと飛んだり跳ねたり半狂乱で踊ったりしていたところ、ようやくアンナが現れた。


『助けてくれ妹! 俺が悪かった! これからはもっと優しい兄ちゃんになるから……』


 アンナは俺の必死のアピールを「はいはい」と軽く受け流して、カエルとなった俺の体をひょいと持ち上げた。


「えっと、これで3人だから、あと2人ほしいんだよね」


 などと言って梶本と矢木も両腕で抱えこむ。


 こうして、わけもわからないまま妹の部屋に連れてこられ、メアリのティーパーティーに参加することになってしまった。ていうか、なんだよメアリのティーパーティーって。そんなに権威あるお茶会なのかこれは。


『……だいたいこれじゃお茶会っていうより合コンじゃねえか!』


 アニーがガラスの冷たい瞳で俺をにらむ。こ、こえぇぇぇ! いつもはチビの妹が、今は巨大なお人形様となって俺を威嚇している!!


『まあまあ、そんなに緊張するな久々津。初めて女子の部屋に来てそわそわするのはわかるが』


 クマの向こうの梶本が上から目線で言ってくるがまたうっとうしい。だいたい、女子と言っても妹だ。ややこしくなるから説明はしないけど。


『じゃあまず、主役の紹介からいこうかしら』


 メアリが再び会を進行する。


『こちら、オデットよ』


 アニーのとなりの陶器のバレリーナが『どうも』と軽く会釈した。ん? なんか聞いたことあるぞオデットって……ああ、アンナが首をぶっ飛ばしたあれか。なんか聞いてた印象と違って、エレガントっていうより不機嫌なオーラが全開だけど。


 ちなみに、陶器のバレリーナはメアリを挟んでもう一人いる。こっちはたぶん、アンナが新しく買って来たやつだろう。オデットとは対照的におおらかな雰囲気で、フンフンと鼻歌を歌ったりしている。


『ねえオデット、せっかくだからみんなの前であのくるんってするお辞儀、見せてよ』


 アニーが勇敢にもそう提案した。が、……


『ごめんなさい。今はそういう気分じゃありませんの』


『そ、そう。残念だわ……』

 しゅんとなるアニー。


 おほんと咳払いしてメアリが今度は俺のとなりのクマを指さす。

『じゃあ次、あなた』


 お、おお、やっぱりしゃべるのかこのクマも!?


『私は熊田ジークフリート。木彫りのクマだ』


 渋めの低音ボイスを響かせ、クマは自己紹介した。意外と紳士的な物腰とその名前、もう何から突っこめばいいのかわからない。


『ジークフリートだってよ』と矢木。

『見た目からは想像できん』と梶本。


『ああ、よく言われる』


 くすくすと笑い声がしたほうを見れば、オデットじゃないもう1人のバレリーナだった。


 すると、オデットがバンとテーブルをたたいた。

『だったら、ただの熊田に戻せばよろしいのじゃありませんこと?』


 な、なんだこのぴりついた空気は……


『いいや。私は熊田ジークフリートだ。君がくれた大切な名だ』


『よく言いますわね、まったくの別人をわたくしと勘違いしておいて』


『仕方ないだろう。君たちは見た目がそっくりなんだから』


『見た目はそっくりでも中身は違いますわ! それに、どうやらオディールとも仲良くしてらしたとか。そこの二ポポ人形が証言していましたわ』


『えっ、おいら!?』


 いちばん向こうの席にいた二ポポ人形が急に名指しされてびくっと飛び上がる。

 ちなみにオディールというのはもう片方のバレリーナの名前のようだ。ややこしいなぁ。


『まあ、たしかにどっちのオデットも素敵だねーとは熊田の旦那とも話したけど。まさか別人だったなんて……』


『ほらごらんなさい。結局、あなたはわたくしの外見に惹かれていただけ。今後はオディールと末永く爆発していればよろしいのよ』

 オデットは席を離れる。

『ごめんなさい。わたくし、これで失礼いたしますわ』


『そんな、オデット、まだ始まったばかりじゃない!』


 アニーが必死に引きとめようとするも、オデットは聞かない。


『待ってくれ、オデット』

 そのとき、クマが動いた。

『私が悪かった。たしかに、私は君の白くて美しい見た目に惚れこんでいる。しかし、こうして再び会ってみてわかった。私にはやはり、君しかいない』


『まあ!』『あら!』 アニーとメアリが感嘆する。


『ジークフリート様……』

 オデットは頬を染め、言葉に詰まった。


 なんだか知らんが、丸く収まったようだ。

 誰もがほっとしたそのとき、くすくすと笑う者があった。オディールだ。


『やあね、オジサマ。こんな大勢の前で告白されたら、断りたくても断れないじゃない』


 陶器なのにくねくねと動くオディール。再び緊張感が走る。


『ねえ、オデット?』


『そ、そう……ですわね』


 えっ、さっきまでまんざらでもなさそうだったじゃん。なんだこの2人。


 引っこみがつかなくなってしまったオデットは、『やっぱりもう帰りますわ……』と席を立ち、フラフラとテーブルから離れていく。


『……ってちょっとあんた、何てことしてくれんのよ!!』


 メアリがオディールに食ってかかる。


『何って、ふふっ』


 オディールはメアリのすごい剣幕にも動じない。


『あの子をからかうの、楽しいんだもの。同期の中でも一番プライドが高くて、真っすぐで。ずけずけものを言うくせに、傷つきやすいのよねえ』


『もう、あたしたちが苦労してお膳立てしたのが水の泡じゃないのよ!!』


 縦ロールの巻き髪を振り乱して怒るメアリは、さながらホラー映画に出てきそうな雰囲気だ。


『ちょっと熊田さん、ぼーっとしてないで、早くオデットを追いかけないと!!』


 アニーが呼びかけると、熊田はハッとして駆け出した。


『待ってくれオデットー!!』


 木彫りのクマがどすどすと退場していく。


『……ったく、痴話げんかならよそでやってよね』


 それまで空気と化していた八頭身のクレアが、長い脚を組みかえてぼそりと言った。


『まったくだ』


 とつぶやいたら、アニーがまた俺をじろっとにらんだ。なんでだよ、同意しただけなのに。


『まあ、あとは当人たちで話し合ったほうがいいんじゃなねえか?』

 梶本の言葉に異を唱えるものはいなかった。やっぱりみんな本当のところはクレアと同意見らしい。アニーだけが、無念そうに熊田の空席を見ていた。


 きっと、熊田さんとオデットの仲が悪くなっちゃったのはわたしのせいなのに、とか思っているんだろう。今は人形のくせに、こいつはなんでも顔に出る。


 そんな俺の兄貴の顔を見て勘違いした梶本が『そうか、お前はアニー狙いか』と的外れなことをささやくので、俺は『オエッ、ゲロゲロ』と全力で否定した。


 ……アニーが蔑むような冷たい目で俺をにらんだ。

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