第七幕 お茶会の惨劇

『じゃあ、気を取り直して順繰りに自己紹介していきましょう。そうね、端っこのアニーから、時計回りに』


 メアリが提案する。アニーから時計回りってことは、俺が最後か。暇だな。


『あ、うん。わたしはアニー。趣味はお菓子作りと、食べること。あと、かわいいもの大好き! よろしくね』

 アニーが愛嬌たっぷりに言う。俺に対するときの態度とまるっきり違うじゃねえか。きっと学校とかじゃ、こんなふうなんだろうな。ほとんど詐欺だ。


 続いて、メアリが自己紹介する。

『ご存じのとおりメアリよ。チャームポイントはぷっくりしたほっぺと、まぶたを開いたり閉じたりできること。紅茶はアールグレイが好みね』


 赤ちゃんだけど紅茶好きとは。それより人形って紅茶飲めるの?


『次、オディールよ……オディールったら!』


 メアリが肩をたたくと、オディールがようやく反応する。


『え、あたし?……オディールよ』

 ティーカップをいじくりながら、オディールが言う。


『えっ、それだけ?』


『だって、何を言えばいいのかわかんないもの』


『こういうやつ、イラつく』とクレアがつぶやく。嫌悪感を隠そうともしない。


『ではこちらから質問させてもらおう』と梶本が舵を切る。

『ああ、俺は梶本。趣味は人間観察だ。よろしく』


 ちょっと待て。人間観察って、普段こいつは俺のことを観察してるってことか?


『ずばり、好きな異性のタイプは?』


 俺の動揺など知るよしもなく、ど直球な質問を投げる梶本。


『えー、好きなタイプ?』


 オディールはくねっと首をかしげる。


『どうかしら? 誰かを好きになったことないから……』


『オイラも気になる!』と二ポポ人形が食いつく。『たとえば、肉食系と草食系ならどっちがいい?』


『ええー、どっちかなあ?』とクレアに寄りかかる。『ねえ、あなたはどっち?』


 はた目にもクレアのいら立ちが伝わってくる。


『別に』とオディールを突き放した。『特にありません』


『やだー、冷たい』


 オディールはフニフニと笑っている。男性陣の目は釘付けだ。同時にメアリとクレアの刺すような視線も集めている。


『じゃあ次、そこのヤギ』とメアリが不機嫌そうに言う。


『えっ、オイラの番は!?』という二ポポ人形の声と、『ヤギではない、バフォメットだ』という矢木の声が同時だった。


『あらごめんなさい、気づかなかったわ』とメアリが二ポポ人形に向かって言うが、あきらかにオディール狙いの彼への腹いせだな。


『オイラにだって名前くらいあるんだから、紹介させてよ。さっきからみんなオイラのことを二ポポ人形って呼ぶの、なんか腹立つんだ。人形のことを人形って呼ぶ人、いないでしょ? オイラの名前は……』


『ふっ、ついに正体を明かす時が来たか』


 二ポポ人形の名前は矢木の声にかき消された。


『俺は矢木。本物の悪魔だ。このゴブレットは仮の姿に過ぎない』


 なんだなんだ、と周囲がざわつく。


『悪いな、こいつたまにこういう冗談を言うんだ。面白いやつだろ?』

 と梶本がフォローすると、


『冗談ではない』

 矢木はそれを木っ端微塵に粉砕した。


『長らくこの器に押しこめられていた魂が、同朋を見つけてうずいているのだ!』


『こいつ、ないわ』とクレアがつぶやいた。なんだかいたたまれなくなってきたぞ。


 矢木、すなわちこのバフォメットのゴブレットは、フリマサイトで見つけて一目で気に入ったアイテムだ。いわくありげな説明文も含めて、ぜひとも欲しいと思った代物だった。たしか……「この中には本物の悪魔を封印してあります。所有しているのが怖ろしくなり、手放すことにしました。怪奇現象に興味のある方におすすめ。ただし、購入後身にふりかかることはすべて自己責任でお願いします」などと書いてあった。なんてユーモアのある出品者だろうと感動して、作りが細かいわりに安かったのもあり、迷わずポチったのだった。


 だからこんな状況でも自分の設定を貫こうとする矢木を、俺は称えたい。


『ゲコッ、ちょっと落ち着けよ矢木。みんなポカンとしてるぜ。同朋ってなんのことだよ?』


『久々津……ああ、俺にはわかるんだ。この中に1人、妖術使いがまぎれている。かなり強大な力を持っていることは間違いない。今はこんな姿の俺だが、そいつと協力すればこの世のありとあらゆるものをべることができるはずなんだ』


『で、誰なのよその妖術使いって』

 メアリがあきれ顔で尋ねる。


『それは……』


 矢木がゆっくりと視線を向ける。


『アニー、いやアンナと呼ぼうか。お前は人とモノと、意識を操り自由に行き来する。こんなことができる者はそうはいない。俺と組んで、天下を取らないか?』


『えっと……』突然のお誘いに戸惑うアニー。


『無理に相手する必要ないわよ』とメアリ。


『でも、みんなと仲良くしたいし……』


『あんたそうやっていい子になろうとするから変なやつにからまれるのよ』


 そう言うクレアの視線はなんとなく俺のほうを向いている。


 オディールが『ふわ~』とあくびをして、ケーキの消しゴムをつつきはじめる。


『アニーが特別な子だっていうのはよく知ってるわ。でも、あなたが悪魔だっていうのは妄想としか思えないんだけど。証明できるの?』


 クレアの挑戦的な問いに、矢木がフッと笑って応じた。


『いいだろう。悪魔が直々に悪魔の証明をしてやる』


 大丈夫なのかぁ?と、他人事ながら心配になる。


『俺がいる部屋には、男子高校生がいる。この一週間、俺はやつに向かって悪魔のささやきをし続けた。効果はテキメンだった。あの男は、勉強そっちのけで寝る間も惜しんでゲームに熱中している! 食べることも、ときにはトイレすら我慢してコントローラーを握りしめ、テレビにかじりついているんだ! ほかのことには見向きもしない!! どうだ、これでわかっただろう?』


 得意げに胸を張る矢木。

 そうか、あれは矢木の仕業だったのか!! なんて怖ろしい力なんだ!!


『ああ、矢木さん、なんていうかそれは……』と申し訳なさそうに口ごもるアニー。


『残念ながらお前の悪魔のささやきとは関係ない』と、梶本がその先を引き継いだ。

『あいつは元からゲーム廃人だからな。お前より1年以上前からこの家にいる俺が保証する』


『廃人って言うな!! ゲコゲコッ!!』


『おい、なんで久々津が怒るんだよ』梶本が困惑ぎみに言う。


『ねえこの話、まだ続くの?』オディールがくるくるとターンを始めた。


 二ポポ人形がそれを見て『わー、すごい!』とおだてた。


『もう帰れば?』というクレアの辛辣な言葉にもめげず、オディールが『いやだー』と抱きついた。『ちょっと、ベタベタしないでよ!』


『こんな騒がしいお茶会は初めてだわ』メアリがもううんざりだというため息を吐いた。『で、アニーはどうするの?』


『う、うん……矢木さんごめんね。せっかくのお話だけど、天下とか支配とか、あんまり興味がなくて……』アニーは言葉を濁した。


『いいや、お前は興味がないんじゃない。俺の言うことを信用していないんだ』

 矢木の声がにわかに剣を帯びる。まるで爆発寸前の火山のようだ。


『違うの、そういうわけじゃなくて……』


 どこからかゴゴゴゴゴ……と地鳴りのような音がする。なんだっ、地震か!?


『ならばこの場ではっきりさせてやろう。俺が本物の悪魔だということを!』


 急に雰囲気の変わった矢木に、誰もが恐れを抱いた。


『おい矢木、やめとこうぜ。こんな楽しい席でやることじゃないって……』梶本が慌ててなだめる。


『うるさい! どうせお前も信じてないだろ。いい機会だ』


 矢木の目が、ピカッと赤く光った。


『タベタニズマヨ・ラタンサギヤロクー!!!』


 謎の呪文とともに「ボウッ」と変な音がして、矢木の頭上に怪しげな黒い球が出現した。禍々しい光を放つそれは、テーブルの中央上空へと浮かんでいく。


 なんだかわからんが、あれはヤバイ! 誰もかれも悲鳴を上げて席を立ったり後ずさったりしている。それなのに、なぜかアニーだけはその場を離れず、黒い球を見つめている。


『ゲコッ、アニー、よけろ!』


 思い切り叫んだが妹はぴくりとも動かず、訴えるように俺の目を見る……もしかして動けないのか!?

 黒い球がひゅーんとアニーに向かって飛んでいく。


『ゲコーッ!!』


 俺はとっさにアニーめがけてジャンプした。その直後、熱いような冷たいような、妙な感覚を背中に受ける。


『……お兄ちゃん!!』

『きゃー!!』

『久々津っ!!』


 歓声と悲鳴が遠くから聞こえた。真っ暗で何も見えない。視界だけでなく、意識が暗い闇に飲みこまれてゆく。ああ、俺は死ぬのか? こんなカエルの姿のままで……


 闇の中で、まるで映画を見ているように映像が浮かび上がる。


 すっからかんの財布。くるくると飛んでいくオデットの首。憧れの女性に愛想を尽かされる哀しみ。自分の名前を言わせてもらえない二ポポ人形。退屈なお茶会。悪魔なのに中二病扱いされる屈辱。画面いっぱいの「You Are Dead」の赤い血文字。あらゆるネガティブなものが、感情を伴って再生される。


『どうだ、これでわかっただろう。俺は本物の悪魔だってな!! 目を覚ましたら、全員にここで見たものを伝えるんだ。いいな!!』


 矢木の声が頭の中に響いて、俺の意識は途絶えた。

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