第三幕 アンナの反撃
「……っていういきさつがあったの。ねえお兄ちゃん、聞いてる?」
アンナが俺の肩をゆする。
「いや、眠りに落ちる寸前だった」
もう、とアンナはほっぺをふくらませる。
「まあ、要するにバレリーナの首を折っちゃったから新しいのを買わなくちゃいけない事態に陥ったわけだ。めでたしめでたし」
「ちがーう! それにめでたくなんかない! あくまで、その、アニーが……悪気はなかったけれど足でけっちゃったの」
「わかったわかった。そういうことにしておこう」
ちなみに妹は人形と会話するときにアニーに憑依しているので、この件ではかなり罪悪感が大きいのだそうだ。アバターみたいなものだろうか。面倒くさい設定だけど年長者の立場としては不用意に否定するわけにもいかない。
「そんなことよりお前、劇団にでも入ったほうがいいんじゃないの? いや、どっちかといえば脚本のほうが向いてるのか……」
「お兄ちゃん、わたしの話全然信じてないでしょう?」
思い切りにらまれた。
「まあいいや。とにかく、5千円あれば買えると思うの。だから今すぐ返して」
「無理だよ。もう全部使ったって言ったろ? それより正直に話してあやまったほうが人として正しいし手っ取り早い」
「ふーん。だったらわたしも、お兄ちゃんがわたしのお年玉使っちゃったってママにいっちゃおう。そのほうが手っ取り早いし」
「卑怯な!」
「先にそっちがやったんじゃん! いやならゲームとかそこらへんの気持ちの悪いフィギュアとか売ってきてよ」
妹はしたり顔で俺を見ている。なんて小賢しいやつだ……
事故とはいえもしも俺がしたことが父さんか母さんにバレたら、きっと来月のおこづかいはナシになってしまうだろう。それは困る。非常に困る。
「やっと事態の深刻さがわかったようね、お兄ちゃん」
くそ、まさか奥の手を使うことになろうとは……
俺は本棚から『世界の怪物辞典』を引き抜き、ドラゴンのページにはさんでおいた封筒を取り出す。
「……お兄ちゃん、さっきはお金使いこんじゃって1円も残ってないって言ってなかったっけ?」
「そんなことは言ってない。ただ、今月は厳しいからまた余裕ができたら返すねー的なことはいった」
「あるなら最初から返してよね!!」
アンナは俺の手から五千円札をひったくると、ぷりぷりしながら部屋を出て行った。
金の隠し場所を変えなきゃなと俺は思った。
その後、アンナは無事インテリアショップで例のバレリーナの置物を手に入れ、キャビネットの元の場所に収めることに成功した。どうして購入元を知っていたのかはわからない。たぶん父さんを上手いことごまかして聞き出したのだろう。
7歳の妹をひとりで買い物に行かせるなんて兄としてどうなんだと思う人もいるかもしれないけれど、これはアンナが成長するチャンスであり俺がそれを奪うのはよろしくないと考えてのことだ。決して買ったばかりのゲームがやりたくてうずうずしていたからではない。そもそも俺の妹は一般的な7歳の女の子と比べて妙に聡いというか口が立つというか……少し変わっているので大抵のことは乗り越えられると俺は信じている。
はじめてのお使い(隠密ver.)にどんな困難があったかは知らないけれど、とにかく妹はやり遂げた。それでいいじゃないか。そんなことより、どこから襲いかかってくるともしれないゾンビをコンバットナイフで倒すことのほうが、俺にとっては100万倍も重要だ。あっ、くそっ、死んだ……またやり直しかぁぁぁ!
後日リビングの掃除をしていた母さんがバレリーナを持ち上げて、「あら? 値札シールがついてる……」とつぶやいていたことはアンナには黙っておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます