第二幕 オデットの悲劇

 アンナの供述はこうだ。


 2時間ほど前、自分の部屋でお人形遊びをしていた。メンバーはいつもの顔ぶれ。アニー、メアリ、クレアの3人だ。


『何か楽しいことしたいなあ』と、アニー(ゴスロリ服の人形)がつぶやいた。


 するとメアリ(巻き毛の赤ちゃん人形)が『お茶会を開きましょう』といった。


『でもそれじゃいつもと変わらないじゃないの。退屈だわ』とクレア(八頭身の着せ替え人形)が反論した。


『そんなこと言うなら意見を言いなさいよ。どうしたいの? たこ焼きパーティにでもするの?』とケンカ腰に返すメアリ。


『たこ焼きなんてイヤよ。このジャケットお気に入りなの。匂いがついちゃう』とクレア。


(ちなみに妹は人形とおしゃべりできるというよくある特殊能力を持っているけれどここでは深く追究しない。)


『だから反対意見ばかりじゃなくて代わりの案を出せっていってるの!』


『怒らないでよメアリ。童顔のあんたが起こるとホラー映画みたいで怖いんだから』


 険悪なムードが漂うなか、アニーが『そうだわ!』と手をたたいた。


『だったら、お茶会に新しいお友だちを呼びましょうよ! これならいつもとちがうでしょ?』


『……お友だち?』


『別にいいけど、わたしたちにふさわしいお友だちなんて、そうそういるかしら?』


『実はひとりあてがあるの。ちょっと前から気になっていた子でね……』


 数か月前からリビングのキャビネットに飾られているバレリーナの陶器の置物についてアニーは話した。それは父さんが結婚記念日に母さんに贈ったもので、母さんはとても喜んで大事にするわと誓ったのだった。


『肌が白くてつるつるしていて、足だってこーんなに高く上げたままでいられるの。それにとても繊細で物憂げな顔立ちだったわ。私たちの新しいお友だちとしてこれ以上ふさわしい子がほかにいるかしら?』


 アニーの力説にメアリもクレアも異論はなく、お茶会はすぐに開かれた。




「なるほど。それで壊したわけか」

 俺は納得してうなずく。

「最後まで聞いて」とムキになる妹。




『お呼びいただいて光栄ですわ。わたくし、オデットと申します』


 オデットが片足立ちで開脚したままお辞儀をすると歓声が起こった。


『よろしくねオデット』


『すばらしいポージングだわ』


『本当ね。わたしには絶対にまねできないわ。そんなことしたら足がすっぽ抜けちゃう!』


『あら、そんなに難しいことでもないんですのよ』


 オデットはコマのようにくるくると回って見せた。(なんて危険なことを!)


『ブラボー!』


『ああもう、ハラハラしたわ』


『すてきな自己紹介ありがとう。さあ、お茶にしましょ』


 人形たちはそれぞれの体型にあった席につき、おもちゃのティーセットを前に生き生きと話し始めた。(が、くだらないので大幅に割愛)


『……でね、彼がストレートヘアのほうが好みだっていうから勇気をもってまっすぐに伸ばしたのに、全然似合わないねっていってきたのよ! どう思う?』


 メアリの話にクレアもアニーも『サイテー』『ひどい男ね』と同意する。


『ねえ、オデットもそう思うでしょう?』


 メアリがたずねると、オデットはティーカップを見つめて『さあ』とつぶやいた。


『わたくしは、殿方の好みに女性が無理して合わせる必要はないと思います』


『なにそれ、わたしが間違っていたっていうの?』


 急に邪気を帯びるメアリの声。


『いいえ、そのようなことは。メアリ様にはメアリ様の思想がおりでしょうから』


『あなたねえ、さっきからほとんどしゃべらないから話を振ってあげたのにその態度、どういうつもりなの?』


 うわー始まったわーと急に空気になるクレア。アニーはあいだを取り持とうとひとり焦る。


『他意はありませんわ。ただ、経験上気楽に恋愛をしていらっしゃるお話を聞いていると、冷めてしまいますの』


『ねえこのドーナツはいかが? いちごのチョコがけのやつはすごくおすすめよ!』


『ちょっと黙っててアニー。今オデットと話してるの。経験上ってなによ。あなたはわたしたちよりも高尚な恋をしているとでもいうの?』


『高尚とまでは申しませんけれど』


 オデットは伏し目のまま慎み深く答えた。それがメアリの神経をさらに逆なですることなど知らずに。


『少なくとも髪型が原因で別れたことはありませんわ』


 メアリは我慢の限界だった。


『もううんざりよ! 初対面だから優しくしてたけど、そっちがその気ならわたしも言わせてもらうわ。あなたときたらクレアが服の話をしていてもアニーがお菓子作りの話をしていても、相づちも打たずにティーカップをじいっと物憂げに眺めているだけじゃない! そりゃわたしだってつまらないと思うこともあるけど、付き合いでうなずいたり適度に聞き返したりしているのよ。それなのに……はっきりいってあなたはこのお茶会にふさわしくないわ!』


 メアリは勢いよく席を立ち、『もう帰るわ!』と人形用のベビーベッドに戻っていった。クレアも『じゃああたしもー』とドールハウスに去っていく。


『ねえ、待ってよ2人とも』


 アニーは引きとめようとしたが無駄だった。急に静かになるパーティ会場。


『ご、ごめんなさいね。こんなことになっちゃって』


『あやまる必要はありませんわ。原因はわたくしにありますもの』


 ハァとため息をつくオデット。


『思ったことをつい口に出してしまいますの。これまで何度争いの火種をつくってしまったことか。だからなるべく余計なことはしゃべらないように黙っていたのですけれど……』


 アニーはくすりと笑った。


『そこまでしゃべっていたら、メアリもクレアもあなたを好きになっていたかもしれないわ。もしかして、あなたの恋が終わる原因って……』


『ええ。この正直な口のせいで、いく人の殿方を幻滅させてしまったか知れませんわ。短いおみ足ですね、とか、ひょうきんなお顔立ちですね、とか』


『やばい、なにそれ。けっこうひどい』


 笑いが止まらなくなるアニー。


 オデットはくるんと回ってお辞儀した。


『けれども、こんなわたくしを面白いと思ってくださる稀有な殿方もいらっしゃいましてね。ちょうど、アニー様のように。浅黒い肌のたくましいお方でしたわ……』


『ちょっと、それって初恋の話? ねえ、そうなんでしょ!?』


 オデットは恥ずかしそうに小さくうなずいた。


『ものすごく気になるわ。ぜひ聞かせてほし……』


「お昼ご飯よー!」と階下から母さんの声が響く。


『ぜひ聞かせてほしいけれど、残念ながらこのあと約束があるの』


『わかりましたわ。でも、仲直りできるかしら……』


『大丈夫よ。わたしがうまいこといって取り繕うから。ねえ、最後にあのくるっと回るお辞儀のしかた、教えてよ』


『かまいませんわ。まず、片足に体重をのせ、もう片方の足をぐぐっと後方へ上げます』


『こう? ねえ、これでいいの?』


 アニーは精一杯いわれた通りのポーズをとる。


『もう少し胸を反らせて!……そう、お上手! そのまま、片足を軸にえいやっと回転してくださいな。こんな具合に』


 オデッサはえいやっと見事なターンを決めお辞儀をした。


『うわっ、難しそう……えいやっ!と』


 アニーは勢いよく回転し、ダイナミックなターンを決めた。


『できたわ!!』とアニーが叫ぶのと同時に、パキリッと硬質な音がした。


 オデットの首が、スローモーションでくるくる回りながら宙を飛んでいく。


『オデットォォォォォォ!!!』


 アニーの悲痛な叫び声が部屋中にこだました。

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