第3話 出発

 1982号305番は、出発の準備を始める。

 全身にナノマシンコーティングのダビングスーツを纏い、それに各機能を備えた機械装甲が装着される。

 その処置をされながら

「恒星間戦術兵器ネオデウスである自分には、必要とは思えないが…」

 その呟きに、人工知性体の立体画面が隣に出て

「もしもの為のモニター装備さ。1982号305番くんが派遣される別時空は、一応…我々と同じ物理作用が主のだが、それ以外の特別な法則作用が存在している。

 何度か、小型ロボットを派遣してサンプルを回収して、適合性を調査している。

 問題はないが…もしもという可能性は排除できない」


 1982号305番は、180センチの自分より少し大きくなった二メートル半の機械装甲に包まれた体を見て

「これでは、戦争に行くと同じだ」


 隣に浮かぶ人工知性体の立体映像が

「一応だよ。一応。何があるか、分からないからね」


 1982号305番は、出発のゲートへ向かって歩みを進めていると…

 銃口を構える音が背後から聞こえた。


 1982号305番が後ろを振り向くと、そこにこっちへ銃口、プラズマエネルギー弾頭を発射するハンドガンを構えた、あの友人がいた。


 1982号305番は、どこか呆れたような顔で

「何の用だ?」


 あの妻を寝取った元友人は、強力なハンドガンの銃口を震わせながら

「私は…彼女に約束した…。君を…彼女の元へ返すと…」


 1982号305番は冷静に思考して

「どうしてこんな事を?」

 バカな事をするなという煽りではない。理解を示しつつ分析に切り替えた。


 あの元友人は

「聞いてくれ。彼女との一件は、十年前のあの時だけだ。本当だ」


 1982号305番は知っている。

 調査して貰った。自分が任務に出ている時に、何度も接触して蜜月を過ごしている。その時の音声もバッチリ録画して貰っている。

 1982号305番は、その時の音声データを再生した。


「うああああああああ!」とあの元友人は、再生の立体画面をプラズマハンドガンで撃ち抜いたが、所詮は立体画面、無意味だった。


 痴的な音声が再生される中、1982号305番はあの元友人に近づき、元友人は震える両手にプラズマハンドガンの銃口が1982号305番の胸元の装甲に密着した。


 1982号305番は冷静に

「最初から彼女は、私を愛していなかった。愛にも限界はある。そういう事だ」


 元友人は

「違う! 本当に愛していたのはお前なんだ! だから…だから…」

と、叫んだ後にその場に座り沈んだ。


 1982号305番は、元友人の肩を叩き

「私は君を許すよ。彼女も許すよ。だから、君と彼女との間に出来た、君の血を引くあの子を幸せにしてくれよ」


 元友人は、1982号305番の冷たい装甲の手を握り

「今すぐオレを殺せ! オレが憎いだろう! オレを殺して!」


 混乱する元友人のホホを冷たい装甲の手で撫でる1982号305番は

「殺人罪で捕まりたくない」

と、告げて元友人が握るプラズマハンドガンを取り破壊すると


 警報が鳴り響き

「侵入者を確認、侵入者を確認」

と、保安ドローンが下りて来た。


 元友人の持っていたプラズマハンドガンは、この地区の管理システムと繋がっていたようで、それで管理システムを偽装していたらしい。

 アクセスの踏み台にしていたプラズマハンドガンを壊した事で、偽装が出来なくなり、保安システムが元友人を押さえる。


 人型ロボット達が来て、元友人を拘束する。


 それを1982号305番は冷静に見つめていると、隣にさっきまで話していた人工知性体の立体映像が出て

「いや…すまなかった。移動したと思って次のフェイズで待機していたんだが…。まさか…こんな事になっていたなんて…」


 1982号305番は冷静に

「システムに重大な穴がある」


 人工知性体の立体映像が

「今後、調査して、その穴を使えないように予防する」


 1982号305番と人工知性体の立体映像が移動していると

「アラターーーーーー」

と、保安ロボットに拘束されている元友人が叫ぶ。

「アリアは、生涯、お前を待ち続ける! アリアにとっての伴侶は、お前だけだ! どんな事があっても、アリアはお前の帰りを待ち続けるぞーーーーー」


 その言葉を背中に浴びる1982号305番は、背中を向けたまま

「メンタルクリニックが、彼らには必要ですね」


 隣にいる人工知性体の立体映像が

「君には関係ない事だ。後は、我々が適正な治療を受けさせる。その為にシステムは存在している。システムとは人を生かす為に存在しているのだから」


 1982号305番は、旅路の自動ドアを潜った。



 次のフェイズ、別時空への転移移動。

 1982号305番の前に、黄金に輝く十メートルの長方形の物体がある。


 1982号305番は、その黄金の物体と橋渡しする陸橋の前に来て

「これは?」

 

 その問いに人工知性体の立体映像が

「これがオメガデウスを解析して作られたゾディファールというシステムだ。オメガデウスの機能を一部、ナノマシンでエミュレータさせたモノだ。

 基本システムは、高次元からエネルギーを取り出すのだが、その課程で別時空との接続を行える」


「ほう…」と1982号305番の好奇心が疼いた。


 人工知性体の立体映像が

「では、重要事項を伝える。

 まず、現地の調査が君の主任務だ。

 その過程で、やってはいけない事がある。それは犯罪行為だ。

 殺人、強姦、窃盗、詐欺。その基本四大罪は勿論の事、現地の住民を破滅したり滅ぼす行動は、絶対に行ってはいけない。

 それが確認された場合は、即時、我々は部隊を派遣して君を捕縛する。

 君のネオデウスのシステムから我々が監視をしているのを理解して置いてくれ。

 まあ、この辺は、君が何時も任務を担当する恒星間代理戦争と同じだね」


 1982号305番が

「報告書の作成は?」


 人工知性体の立体映像が

「それは、まあ…やってくれても構わないが。状況によって報告書の作成が遅れるのは考慮している。そもそも、君を通じてデータを得ているのだから、無意味かもしれないが…個人的な主観は、思いのほか、欲している者達が多いから、なるべくは上げて欲しい」


 1982号305番が

「他に重要な任務は?」


 人工知性体の立体映像が

「さっきも言った通り、まずは現地の調査が優先。

 そして、可能ならでいい。現地の技術体系との接触と、もし…それによって協調を組めるなら…その交渉と後押しをして欲しい。

 だが、こちらの技術が流れると、現地の構造が変貌してしまう可能性がある。

 なので…現地に大きく影響を与えない程度で技術協調を組める組織ないし、集団への接触を頼む」


 1982号305番が頷き

「現地調査、可能なら技術体系の組織と集団への協調構築」


 人工知性体の立体映像が

「あ、これは…最も重要だが…。現地の権力系統には絶対に属さないでくれ」


 1982号305番が渋い顔になる

「状況によるぞ。それで協力を得られるなら…」


 人工知性体の立体映像が

「例え、組み込まれそうになったとしても…窓口程度の末端である事。

 現地の治世レベルを考慮した場合、君の力は…単騎で、その世界全ての兵力より圧倒的に上だ。そもそも、君は単騎で惑星級戦力と戦える恒星間戦術兵器ネオデウスなのだ。その当たりは理解して置く事。いいね」


 1982号305番が渋い顔で

「もう一度、復唱する。

 現地での現地調査、現地の風俗、生活、技術レベルといった現地での生活を通じた調査が主任務。

 そして、現地で犯罪行為はしない。

 可能なら、現地の技術体系との協調をアシスト

 最後に、現地の権力系統に組み込まれない事」


 人工知性体の立体映像が頷き

「復唱を確認。その通りだ。では、最後に…任務に対する拒否権だが…。この任務の期間は数十年に及ぶ。今なら任務を辞退する事が可能だが…」


 1982号305番は

「任務の続行を求める」


 人工知性体の立体映像が頷き

「確認、では…」


 陸橋の向こうにある黄金の石版ゾディファール・システムが別時空へのゲートを開く。

 陸橋の向こうに閃光が集まりホワイトホールのようになり、ホワイトホールの中に現地の森が映る。

 別の時空へ繋がった。


 1982号305番が陸橋を歩むと、装置があるドーム周囲に、無数の人工知性体の立体映像が投影され、全員が1982号305番に敬礼を向ける。


 1982号305番に説明した人工知性体の立体映像が

「ではネオデウス1982号305番。君に幸運を!」


 1982号305番は、出迎えてくれる人工知性体達に敬礼して

「次に帰還する時には、長い任務の為に自然死して遺体となっているでしょう。その遺体の回収をお願いします。ネオデウス化した者の遺体の放置は、危険な技術の流出に繋がりますので…では、任務を真っ当します」


 1982号305番は、ホワイトホールである別時空へのゲートを潜って、任務へ向かった。

 長い長い、帰還するのは死んだ後の人生を賭けた任務へ…。


 ホワイトホール内を通る1982号305番には分かっていた。

 この任務は、恒星間戦術兵器ネオデウスである自分を別世界へ放逐、追放する為に仕組まれていた事を。

 天の川銀河周囲の銀河達の戦闘が行われないなら、強大な力を秘めた兵器は、リスクでしかない。

 1982号305番を含めて五体の恒星間戦術兵器ネオデウスがいる。

 多数決の理論だ。

 もしネオデウスが反乱を起こした場合、奇数なら苛烈な戦闘に成りかねない。

 偶数なら、半々に割れて抑制が効く。


 つまり、任務という名の追放だ。

 それでも良かった。

 1982号305番は、娘が不幸になる未来だけは回避したかった。

 例え血が繋がっていない娘でも、自分にとっては愛情を持って日々を過ごした娘だ。


 娘が真実を知って、自分を呪うより、勝手に出て行った父親を憎んだ方が、前向きになれる。


 もう二度と帰らない、いや、帰還しない任務に異存などなかった。

 むしろ、処刑という処置をしなかった人工知性体達に感謝するべきだろう。


 そして、これから元妻だった彼女も、娘も1982号305番の憎しみを糧に幸せになれるだろう。



 1982号305番が向かった後、別時空へのゲートが消えた。

 そして、見守った人工知性体達が

「彼は、これが追放だと気付いていたのでしょうか?」


「気付いていたのだろう。メンタルチェックをしていたが、一切のメンタルに乱れなんてなかった。強いなアウターヘブン世代は」


「それを他の四体のネオデウス達に…」


「伝えて置いてくれ。ネオデウスの中で最も強く、最も自分を制御できた彼が、自ら犠牲になったのだ。他のネオデウス達にも抑制となるだろう」


「彼の…1982号305番の遺言も、録音したのを正確に…」


「ああ…伝えて置いてくれ」


「あと…1982号305番の伴侶という女性と、ナチュラル派筆頭の女史ユリ・ガウハ・アハラ氏が、抗議に訪れていますが…」


「1982号305番の遺言の映像を」


「納得するとは…」


「1982号305番のメンタルに一切の乱れはなかった。事実、ありのままを」


「了解しました」


 人工知性体達が消えたと、彼を導いた人工知性体が

「これだから人間は素晴らしいのだ。覚悟を決めた者の生き様は輝かしい」

 最大の賛辞を送った。

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