第2話 帰宅

 1982号305番は、自宅へ帰宅した。

 天の川銀河の東にある開発された惑星、その人工島都市にある自宅で、一人…玄関を潜る。

 自動ドアの玄関が開くと

「おかえりなさいませ」

と、自宅を管理しているAIメイドが姿を投影させる。


 1982号305番は、ふぅ…と溜息を漏らし

「ただいま。何か…問題は?」

と、1982号305番は入り、靴から自宅内スリッパへ履き替える。

 靴は自動で収納、部屋の全域の天上に間接照明が投影され明るくなる。

 帰宅時間は夜だ。日が出ている間は、天上が空の風景になる。

 時間と共に天上の風景が変わり、夜になれば間接照明になる。

 完全に管理された住宅。


 1982号305番は、ソファーに座ると自動で、楽な体勢へスライドする。

 そこへ反重力式お盆ロボットが来て飲み物の缶を乗せて来る。

 1982号305番は受け取り、喉を潤していると、AIメイドが

「二週間の出張中に、連絡が来ています」


 1982号305番は眉間を寄せて

「仕事の連絡ではないのだろう?」


 AIメイドが

「はい。仕事に関する連絡は、優先的にマスターへ送信しています」


「誰だ?」と1982号305番が訝しい顔をする。


 AIメイドが

「全てにおいて共通している送信者です。アリア・スタインウェイ様です」


 1982号305番は呆れた顔をする。

 今更、何の用なのだろうか? 

 分かれた元妻だった女だ。

 アリアは十年弱もの間1982号305番と夫婦を続けていた。

 無論、子供もいた。

 夫婦となった年に子供も授かり娘も生まれた。

 それが去年、崩壊した。


 子供が産まれた時から、元妻との間に距離は出来ていた。

 まあ、それは子供の集中したいからだと…思っていた。

 だが、違った。

 元妻は、自分との生活を続けて別の男性と繋がっていた。肉体的にも…。

 その男性とは、自分の同僚で友人だった。

 とあるDNA検査の必要性が出たので、家族のDNA、自分と元妻に娘のDNAを提出した。

 それによって、娘が自分の子供でないと判明した。

 そして、娘の父親は、同僚の友人だった。


 婚姻制度は崩壊して、男女は自由な結び付きでいられる。

 百年も昔のように夫婦となる入籍届なんてモノは存在しない。

 だが、夫婦という形式だけは、今でも残っている。形だけだが…。

 形だけだから…どこへお互いが一緒にいるのはムリだから、簡単に離れられる。

 子供の事は心配しなくていい。十分な社会保障が受けられる。

 そして、子供の多くは、母親の方へ行く。

 そこは、百年前も今も、変わらないようだ。


 1982号305番は、結局は…その程度の関係だった。

 愛にも限界はある。

 元妻の元から去った。

 その後、元妻は…養育責任の裁判を起こした。1982号305番に父親としての責務を真っ当して貰う為に。

 だが、裁判所は、養育責任は、DNAが一致する男にあるとして、1982号305番の養育責任は無しと判決した。


 それが決まって直ぐに、天の川銀河の外銀河での宇宙間戦争が勃発して、1982号305番は駆り出された。


 それから一年、お互いに連絡を取っていない。

 まあ、もう…終わった関係だ。

 意味はない。



 1982号305番は、ゆったりとしながら

「連絡の内容は?」

 

 AIメイドが

「その全てに、マスターと復縁したいと…。あと、お子様について、塞ぎがちになっていると。子供の為にも元に戻りたいと」


 フンと1982号305番は呆れた鼻息を出す。

 どうやって連絡先を手に入れたのだろう?

 ああ…あの元友人か。

 可能性として、帰宅した事をあの元友人から得て、来る可能性がある。

「メイドラン」とAIメイドの名を告げて

「今から、レンタル可能なキャンピングバスはあるか?」


 AIメイドが「少々、お待ちください」と検索して「20件ほど」


 1982号305番が

「では、直ぐにレンタルしてくれ。休暇の旅行に出る。後それと…ここを引き払う」


 AIメイドが

「畏まりました。では次の自宅の」


「必要ない。一週間後には、帰宅しない任務に入る。手配しなくていい」


 AIメイドが

「ここにある物品に関しては?」


「リサイクルしてくれ。後…そうだな…思い出の品は全て立体映像化してあるから、そのデータを私の体内ナノマシン端末へダウンロードして置いてくれ」


 AIメイドが

「畏まりました。あと、三十分ほどでレンタルしたキャンピングバスが到着しますので、準備を…」


 1982号305番は

「さて、この一週間、のんびりと見たい場所にでも旅行へ行こうか…」


 1982号305番は、自動運転で来たキャンピングバスに乗って休暇の旅行へ向かった。


 その数十分後に、一人の女性が来た。

 あの元妻アリアだった。

 彼女は、元夫がいたであろう1982号305番の自動玄関の前に来て、インターホンを押した。

 帰って来たのを、あの元友人から聞いていた。

 今度こそ、ちゃんと話し合って…と彼女は決意を胸にしていた。

 どんな事が言われるのだろうか?

 元夫の彼は、何も会話する事なく消えた。

 話し合う事さえ許してくれなかった。

 でも、今度こそ…。

 だが、彼女に待っていたのは、自動玄関に表示されるアウトダストという立体映像だった。

 そう、ここを出て行った表示だった。


 次に彼女が行ったのは、端末画面を開いて、立体映像端末から彼の端末へのコールだが、拒否された。

 そして、彼女は、あの元友人に連絡する。

「どういう事! どうして…居ないのよ!」


 あの元友人の男は、1982号305番と同じ天の川銀河恒星間戦略軍に所属しているから分かったのだが…。

「そんな筈は…確かに帰宅している筈だ…」


 彼女は

「ねぇ…協力してくれるって! 言ったわよね!」

と、ボロボロと涙を零していた。


 あの元友人は、管理課のデスクにいるので、そこから1982号305番の連絡先を検索、だが

「そんな…」

 1982号305番について検索できないようにロックが掛かっている。

 ロックの理由は、次の任務の為の身柄保安処置だと…。


 彼女は、1982号305番がいたであろう自宅の前の自動玄関で

「ごめなさい。本当にごめんなさい。私が全て悪いの。だから…」

と、泣き崩れている所を保安ドローンに発見されて、警察機構から、福祉機構へ保護された。


 1982号305番は、自動運転にしたキャンピングバスに揺られて、観光地の湖を目指していた。

 ゆったりと一人旅の満喫が嬉しかった。



朝、1982号305番は、観光地の湖でキャンピングバスをテントモードにして、餌もついてないロボット釣り糸を垂らして、ただ、時間だけが過ぎる贅沢を過ごしていると

「こんにちは…」


 外に出てテント椅子に座っている1982号305番の横に女性が来る。


 訝しい顔で女性を見る1982号305番は、次にああ…という少し皮肉な感じの顔で

「これはこれは、ナチュラル派筆頭のトップ様が何の用でしょうか?」


 二十代くらいの女性はナチュラル派を纏めるトップの一人で、ナチュラル派内部にも様々な派閥がある。システム派に近いナチュラル派と、それとは距離があるナチュラル派。


 彼女はシステム派と距離があるナチュラル派である。


「どうも…」と彼女は、1982号305番の隣に来ると、1982号305番は、テント椅子から立ち上がり

「まあ、お茶でも…」


「結構です」とナチュラル派筆頭の彼女は拒否して

「私は…話に来ただけです」


「ほう…」と1982号305番は頷き「どのような?」と…。


 彼女は

「貴方が派遣される別世界について、貴方の個人的な感情も報告に上げて欲しいのです」


 1982号305番は首を傾げて

「何故? そんな事に意味はないでしょう」


 彼女は少し呆れた視線で

「貴方の事は色々と調べています。一年前、十年も共に過ごしていた女性と別れ、今はシングルとして生きている。その女性との間に産まれた娘は、貴方の血を引いていなかった」


 1982号305番は頷き

「ええ…そうですが…」


 彼女は

「貴方は、血統を重んじる方なのですか?」

 

 1982号305番は

「いいえ」


 彼女は

「なら、どうして別れたのですか? そうでなければ、その女性との生活を続ける事は可能だったはずです。システム派は感情に左右されない。何かの害がなければ、例え、その女性が自分の子供を産まなかったとしても…共同生活の継続をなされるはず」


 1982号305番は

「システム派の全てが、感情がない訳ではありません。まあ、要するにショックを受けた。そして、共に生活する事に絶望を覚えた。それだけです。つまり、信頼が消えた。それ以上に、今後に信頼関係を構築するのが不可能だと判断した。それだけです」


 彼女は渋い目をして

「だからこそ、人工知性体達は貴方を選んだ。そして、恒星間戦術兵器ネオデウスとの融合を貴方に許可した。貴方は、自らの感情を冷静に分析できる。それはどんな状況になっても状況を冷静に分析して行動が出来るという事だ。まさにシステムである人工知性体が必要とする人材だ」


 1982号305番は

「私も昔は、こんな性質ではなかった。私はアウターヘブン世代です」


 彼女は苦痛な顔で

「過去にナチュラル派に、世界管理システムを預けたのが原因で、様々な不幸が」


 1982号305番は

「不幸? 地獄でしたよ。地獄の20年…私が社会に、教育を終えて社会へ出た時には、凄まじい現状でしたよ。自分の全てを否定され暴力を振るわれた経験はありますか?」


 彼女は苦痛に顔を歪める。


 1982号305番は皮肉に笑みながら

「私は、昔…上司という立場だけで、罵倒され暴力を受け、人格否定もされた。21世紀始めにあったロスジェネ世代の再来とされたのが、私達だ」


 彼女は黙ってしまう。


 1982号305番は

「ナチュラル派が目指した社会は、全てが感情、愚かな精神論や根性論で構築されたカルト宗教のような古代だった。そんな社会を貴方は欲していますか?」


 彼女は、視線を上げて

「いいえ、貴方達の…アウターヘブン世代の事を鑑みて、新たなナチュラル派を構築する。それが…今の私達の使命だと思っています」


 1982号305番は

「では、私は冷静な分析を上げます。その為に…」


 彼女の言いたい事は分かっている。1982号305番の方向が、何かの起爆剤になる可能性があるので、ナチュラル派にとって有利になる。個人の感情を報告に載せて欲しかった。その目論見は1982号305番の察しによって無駄になった。


 アウターヘブン世代。かつてナチュラル派が世界のシステムコントロールを担った時代があった。ナチュラル派は、活気づいたが…地獄が始まった。

 主観的な運営は、全てにひずみが発生し、それによる社会不安、孤立、貧困をもたらした。

 感情的で主観的な世界運営は、一族経営という最大汚点の歴史を復活させ、格差と差別に、撲滅したであろう貧困の復活、中世時代レベルの貴族と奴隷の社会を作り出した。


 そんな地獄になってもナチュラル派は間違いを認める所か、それが人の真理として人々に不幸を量産した。

 その最も被害を受けた、その時に社会に出た世代、後々に天国を追い出された世代、アウターヘブン世代と言われる世代に1982号305番がいた。

 宇宙まで発展した人類が、獣以下になった時代が15年も続き、ボロボロになった所で、再びシステム派に世界管理が戻った。

 ナチュラル派が作った、歪かつ暴力的な世界を戻す為に五年もの時間を必要とした。

 そして、1982号305番のように、同居、つまり夫婦となっていた男女が、次々と離婚、別れた世代でもある。

 生活が不安だった為に婚姻、共に暮らしていた人々が多かった。

 安定化した世界で、男性側が女性側と別れてシングルで暮らす事が増えた。


 人のありとあらゆる醜い本性を見たアウターヘブン世代の1982号305番。

 人の可能性に賭けたい若い世代のナチュラル派筆頭の彼女。


 二つの橋渡し不可能な世代が相対している。


 ナチュラル派筆頭の彼女が

「ナチュラル派の彼女達は…貴方にとっては地獄だった世界でも、幸せだったと言っています。今の方が苦しいと…そんな声を沢山も聞いています」


 システム派の1982号305番は

「男女平等こそ、真理だ。生殖的な事で確かに男女差はありますが。能力、思考、社会的な事で男女差はありません。もう少し大きな視点で物事を見ては?」


 ナチュラル派筆頭の彼女は

「人は、男女ともにあって初めて人と言える。お互いに欠けたモノを補い合って生きているのが人だ」


 システム派の1982号305番は

「人は自らの意思で生きている。貴女の言葉も正しいが、それは貴女の反対の言葉も正しい言う事実だ。一方向だけで全てを決めるのは、過去の時代にあった世界を滅ぼす大義名分という虚構だ」


 暫し、二人は睨み合ったが、彼女が背を向け

「ここで言い合って意味はありません。では…」


 1982号305番も背を向け休暇を続ける。

「では、さようなら。もう…会う事もないでしょう」


 テント椅子に座った1982号305番に、彼女は

「システム派の男性にとって、ナチュラル派の女性は強いと思っているでしょうが…。私達女性は、弱いからお互いに寄り添い合っている。お互いに理解し合おうと思っている。それだけは…理解して置いてください」


 1982号305番は黙っていた。


 説得に来たナチュラル派筆頭の彼女がいなくなり、1982号305番は、この世界での最後の休暇を過ごして終えた。

 

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