第31話 セイちゃんとモモ その3

 明けて翌朝、僕にとっては来てほしいような来てほしくなかったような朝。

 久しぶりにモモちゃんがウチに来るという嬉しさと、僕なんかに構っている暇ないんじゃないの? という嫌らしい感情が昨晩寝る前から混在していて。

 それは朝食中、お母さんにまでこんな話題を提供される始末で。

「最近、桃ちゃん来ないわねぇ。貴方たち喧嘩でもしたの?」

「いや……まぁ今日来るって言ってたから……」

 喧嘩かどうかも分からないけど昨日はまぁ険悪ムードだった。

 でもまぁ来るかどうかって言われたら今日この後多分すぐにあの顔を久しぶりに見るわけで。

「まぁそうなの? そういう事は早く言ってちょうだいよ~。朝から? お昼用意しなくちゃかしら」

「お母さん……モモちゃんの事好き?」

「え、そりゃあもう大好きよー。セイちゃんもでしょう?」

「う………うん……」

 ここでどう答えるべきかわからず取りあえずの肯定はするけど……。

 あ。

 いや。

 うん……。

 何か今の何気ない会話に重要な何かが詰め込まれていたような感じがして。

 僕は一瞬だけ何かに気づいて、今までのすべての事に得心がいった気分になったのだけど、次の瞬間その『気づき』をどれだけ思い返しても思いだせない状況に陥ってしまった。

 え~と……本気で何だっけ……さっきの閃きは……。

 ぴんぽ~ん

 びくっ

 チャイムの音がリビングに鳴り響く。

 あ、そうかこの部屋にチャイムのスピーカーを設置してるから自分の部屋よりも大きい音なんだっけ。

 まぁ来客が誰かは自覚しているのでお母さんに僕が出るよ、と言ってリビングを後にする。

「お、おはよ……」

「お、おはよう……」

 うわ~気まずい。

 昨日あんな挑発的なチャットしなきゃよかった。

 でも……。

「まぁ、上がって」

「うん……」

 僕が先導して(と言うのもおかしいけど)僕の自室へと向かう。

 モモちゃんはいつも通りにパソコンを鞄から……出さなかった。

「セイちゃん……」

「ん?」

 後ろ手に部屋の扉を閉めたモモちゃんはそのままの位置から微動だにしない。

 言っておくけど僕は怒ってるんだからな!

 でも、モモちゃんはそんな僕の内心に気づかないようにそれまで後ろ手に隠していた包みを僕に差し出してくる。

「誕生日、おめでとう!」

「へっ?」

 僕の誕生日は……あああああああああああ。

 今日じゃん!

 何か色々ありすぎてすっかりそこまで気が回らなかったよ。

 じ、じゃあ今僕の目の前に差し出された、可愛いラッピングが施された長方形の箱はもしかして僕への……。

 え?

 何これ今どういう状況なの??

 情報量が僕の頭のキャパシティを遥かに超越したこの状況に僕はただ硬直するしかなくて。

「あの……ありがとう……でも……」

 ひとまず出されたものを受け取って。

「んもう。昨日ラズさんから聞いたよぉ」

「うん……」

 モモちゃんは僕の前を素通りしてベッドの上に腰かける。

「あたしね。こないだ『失恋した』って言ったでしょ」

「うん……だから僕もうモモちゃんは僕の事が嫌い……とは言わないけど好きじゃなくなったのかなって……」

「うん。そう思わせたなら本当にごめん……あたしあの時ママに呼ばれてその後話す事出来なかったからずっとセイちゃんに苦しい思い、させちゃったね……それをさ。昨日聞いたの」

 ラズベリーさんが昨日モモちゃんと話したっぽい事を言ってたけど、疑っていたわけではないけど本当だったんだ。

 今日モモちゃんがここにいる事でそれは正だと証明は既にされているけども。

「それで?」

 僕は自分の事を話していいのか、モモちゃんの話を聞くべきなのか判断が付かなかったのでまたしても自分にとって楽な方……モモちゃんに続きを促す。

「うん。えっとね。ママの病院で急に欠員が出ちゃってね……それであたし、バイトしたいなって思ってたから……ダメ元でママにお願いしてみたの。そしたら病院側はOKをくれたんだけど……あ、これゴールデンウィークの後半の話ね」

「うん」

 僕は黙ってモモちゃんの話を聞く事にしたので相槌を打つ以外は黙って聞いている。

「でも学生のバイトって言うのは学校の許可が必要で……あ、後から許可は貰ったんだけどママったら強引で『家事手伝いの延長だ』とか言って次の日からあたしを病院に連れて行って主に看護師さんの補佐をしていたの」

「そうだったんだ」

 でも。

 じゃああの失恋宣言はいったい……。

「でもお陰でセイちゃんの誕生日にプレゼントを買う事が出来たよ。ホントあたし頑張ったー」

「あ、あの……」

「なぁに?」

 恐る恐る、自分の中に沸いた疑問をそのままぶつけてみる。

「じゃあさ、あの時の失恋宣言、って何だったのさ……」

「あぁ、それはねぇ」

 モモちゃんはベッドに座ったまま、数秒目を伏せるとこう言った。

「うん、あたし確かに失恋したんだぁ。10年越しの恋だったのに、さ」

 ええ!?

 それってやっぱり僕の事を……。

「あ、勘違いしないで……って言うのが正しいのかどうかはわからない……だってあたしは確かに『10年前に出会った王子様』とは違う人を……好きになっちゃった……んだから」

 やっぱりか!

 やっぱり僕はもうモモちゃんにとって『思い出の人』になったと!

「あのね、セイちゃん」

「……な、何かな……」

 僕はモモちゃんから受け取った長方形の包みを、綺麗な外装のラッピングにしわが出来るくらい握りしめて次の言葉を待つ。

 ――死刑宣告はじわじわしないで一思いにばっさりやってくれ!!

 いくらなんでもこんなに時間をかけてまで僕をなぶる必要ないだろ……だから……っ。

「あたしね、『今のセイちゃんが好き』。10年前に病院のロビーでお話をしたお兄ちゃんよりも、ずっと、ずっと……」

「え!?」

 え?

 本当にどういう事……?

「こないだ……ウィンからあたしをかばってくれた時あたしすっごいドキドキしてて……。それは何でだろうって思ったらその……」

 そこまで言ったモモちゃんは。

 今まで見た事のない。

 まっすぐに。

 でもすぐにでも逸らしたいという気持ちがあるのかきょろきょろと周囲に目を背けたそうで。

 それでもやっぱりまっすぐに、年相応な、潤んだ、でも熱っぽくて、深くて、照れくさそうな目で僕を見つめて。

「綿貫桃は、昔のセイちゃんより、今あたしの前で笑って、怒って、泣いて、一緒にいてくれて、そしてちょっとだけ男らしい所を見せる今のセイちゃんが大好きです……」

 ああ。

 全て合点がいった。いってしまった。

 モモちゃんがあの日、失恋したと表現したのは10年前の僕よりも今の僕の方が好きだという事で……。

 でもモモちゃんの中では『小和田誠一』個人に対する愛情が消えたわけではないからいつも通りに話しかけて来て。

 はは、なんだよ……。

 全部僕が勝手に悪い方に想像して勝手に自爆してただけじゃん……。

「あの、モモちゃん……僕の方こそごめん……勝手になんか色々……その……」

「そうだよ! ラズさんからぜーーーーんぶ聞いたんだから。ほんっとひっどいよねーセイちゃんって」

「だからゴメンって……」

 ベッドを下りてつかつかと僕の方に歩み寄ってくるモモちゃん。

「許さない!」

「え~……」

 はにかんだ、上気した顔のままのモモちゃんが迫ってくる。

「ちょっと一発ぶん殴りたいから歯、食いしばってくれる?」

 いや、それは痛いし嫌だなぁ……。

 と思いつつ僕は言われた通りに目を閉じる。

 ……一発くらいで済むならまぁ……。

 そう覚悟を決めて。

 さぁ、来るなら来い!

 と、おもいきや……。

 ちゅっ♡

 唇に柔らかくてしっとりとしたものが一瞬、触れた感触があった。

「!?」

 思わず目を開けると。

 眼前には下から見上げる、ちょっとだけうっとりとした表情の、頬を耳まで真っ赤に染めたモモちゃんの顔があった。

「なっ……」

 そしてモモちゃんは、こう言った。

「キス……しちゃったね」


 僕、モモちゃんに言われてばかりで自分の気持ちを全然モモちゃんに伝えていないなぁって事に気づいたのはそれからしばらく……というか随分経ってからの事だったんだけど。

 ――それはまた、別の話、と言う事で。

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子供な大人の恋愛事情 高宮 紅露 @KTpresents

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