第30話 セイちゃんとモモ その2
結局、ゴールデンウィークが終了して1週間が過ぎた土曜日の朝を迎えたけど。
モモちゃんとゲーム内で会えたのは先の短い会話の時のみだったし、LINEメッセージも全く無かった。
じゃあ自分から連絡してみたら良いじゃないか、と思うかもしれないけどそれがどれだけ僕にとって勇気が必要かはもう少しだけ理解して欲しい。
今まで散々言って来た通り、嘘偽りなく僕は人付き合いを避けて来たから今更気軽に他人に対して自分から、能動的にコミュニケーションを取るという他の人からすると何でもない普通の行為がそれはもう火中の栗を拾うのと同じくらい勇気のいる行為なわけで……。
リリィ=リィ:おはよぉ~☆
でも僕は悶々とする自分の中の気持ちを発散させたり紛らわせたりする手段を知らないので、休日のルーチン、『取りあえずログインをする』を遂行した。
もしかしたらログインしてきたアールちゃんがまた個別チャットで何か話かけてくるかもしれないし。
そうじゃなくても誰かがいつものように僕を弄ってくれて、それでちょっとは気が紛れるんじゃないかと。
あ、言っておくけどロリコンじゃない上にMでもないからね!
でも休日の朝からログインしてる人は誰もいなくて僕の淡い期待は脆くもぶち壊されてしまう。
あー、どうしようかな。
誰もいないならログインしたまま放置して漫画でも読み直そうかな。
最近はゲーム自体を遊ぶ事よりもオンラインで知り合った友達とチャットをして過ごす日々になっていたし、じゃあゲームはどうなのかと言われたら今は大型アップデート待ちで僕の周囲だけじゃなくプレイヤー全体が他のゲームに興じたり違う趣味を楽しんだり、それでも僕みたいにログインして親しい人とのチャットを楽しんだりしている時期なんだ。
さ~て、それじゃ何を読みますかねえ。
本棚から適当に数冊をチョイスして席に戻った僕は何気なく読み始める前にパソコンの画面いっぱいに表示された疑似世界を眺めて……。
「ああああああああああ!!」
自分の部屋に居ながらにして叫んでしまった。
何故なら僕の目が吸い込まれたそこには。
アメテ=ボウ:リリィさん居ませんかー?
と言うエリア全体に伝わるチャットが見えたから。
この子か……セシルさんが言ってたのは。
これ、僕の事なのかなぁ?
リリィなんて誰もが思いつく、付けやすい名前だと思うんだけどなぁ。
でも僕は何だか放っておけない気がして、アメテさんに個別チャットを送る。
リリィ=リィ>>:あの、お探しなのはわたしの事でしょうか……?
少し待っても返事は返ってこない。
あ~、初心者っぽいとか言ってたから個別チャットの返信の仕方がわからないのかなぁ?
もうちょっと待ってみるかな。
すると2、3分経過したくらいにやっと返事があった。
>>アメテ=ボウ:ああ!いました!やっとあえた!
やっと……あえた?
どういう事だろう?
リリィ=リィ>>:え~っと……今どの辺にいますか?
僕はいつものたまり場に近い、このゲームを始めた人誰もが最初に訪れる町にいて、そこでエリア全体へのチャットが見えたという事は同じマップにいるはずなんだ。
オンラインゲームの場合、同じマップと言ってもリアルな距離感に近い造形なのですれ違うどころか相手の姿が見えない場所にお互いがいたなんてことも珍しくはない。
>>アメテ=ボウ:え~っと……おっきな噴水が見える辺りです
あ~、あそこか。
場所を特定できた僕はすぐさま正体不明のアメテさんがいる場所へとリリィを動かしていく。
プレイヤーキャラクターの『露店』が並ぶメインストリートから一本裏路地へ入って、宿屋兼クエスト受注拠点を通り過ぎて、シンボルの噴水が遠景に描画された時。
いた。
あれから結構な日数が経っているにも関わらず未だに初期装備で、ターゲットカーソルを合わせて確認してみるとレベル1。
つまり『僕をエリアチャットで呼ぶ以外何もしていない』わけだこのキャラは。
時間軸的には考えづらいはずだけど、まさか本当にウィンさんのサブキャラじゃないよねえ……?
でもあんなエリアチャットされ続けたら匿名掲示板で笑いものにされるだけだしと思って止めていたリリィの歩みを進めてアメテさんの真ん前まで移動させる。
アメテ=ボウ:あー、実物はもっと可愛いねー
この人、僕の事、いやリリィの事を知ってる……?
じゃあやっぱり誰かのサブキャラなのかな?
いわゆる『野良パーティ』で一時的に攻略を共にした人達のうちの誰かかも?
ん~、でも僕はその辺りの事はあんまり覚えてないからなぁ自分のやる事に必死で。
もし似たような名前の人がフレンドリストに登録されていたら特定も容易なんだけど。
「あ、え?」
リリィとアメテさんのすぐ脇に、よく見た事のある名前のキャラが急遽出現した。
……その名をアール=リコ。
何でここに?
このタイミングで?
「あ」
キャラが画面に描画されたという事は恐らくチャットログも表示されるはずで。
アールちゃんがログインした直後、あろう事か目の前のアメテさんはこんなログを垂れ流してくれたんだ。
アメテ=ボウはリリィ=リィを撫でた
アメテ=ボウはリリィ=リィを抱きしめた
アメテ=ボウはリリィ=リィに愛を語った
一般的にはエモート、略してエモと呼ばれるオンラインゲーム上で主に感情やしぐさを表現するためのコマンドで、コマンドごとに専用のモーションがあるのだけど。
今のアメテさんのエモは腰をかがめてリリィの頭を撫でてから抱擁、そして耳元で囁くような仕草を連続で行った事になる。
何なのこの人……。
>>アメテ=ボウ:では、用事があるので私はログアウトしますね。失礼しました
アール=リコ:ふぅん?
アメテさんがそう個別チャットで伝えて来たのとアールちゃんから『今の見てました』的なチャットが飛んできたのはほぼ同時だった。
アール=リコ:今の誰?
リリィ=リィ:こっちが聞きたいよ……本当に誰なんだよ……
挨拶よりも前に本音を漏らしてしまったけど、まぁたまにはいいかな。
アール=リコ:嘘。あんな事知らない人には普通しないよ?
リリィ=リィ:そう言われましても……ほら作戦の日にセシルさんが言ってたエリアチャットでリリィを探してるとか言う人だよ……僕もついさっきチャットを見てここに来た所なんだ……本当に
アール=リコ:そうなんだーそれは災難デシタネー
これは……信じて貰えていない、って事だよねえ。
そもそも僕は同性愛者じゃあないんだし男に言い寄られた所で気持ち悪いという感想しか出てこないんだけど……。
どう言ったらアールちゃんは納得してくれるのかなぁ?
あれ。
何で僕色々アールちゃん……いやモモちゃんに対して言い訳じみた事を必要があるんだろう?
彼女は勝手に僕に恋い焦がれて、勝手に失恋したじゃないか。
あ、またイライラしてきた。
リリィ=リィ:まぁ本当の事だし、別に誰に信じて貰わなくても関係ないけどね
イライラ効果でこんな発言をしてしまうくらいに今の僕は瞬間的に彼女のここ数週間の態度に対して怒りすら感じていた。
アール=リコ:あっそ。じゃああたし落ちるから
今来たばかりなのにアール=リコはすぐさまログアウトしていった。
なんなんだよ全く。
こっちは全然連絡くれないからずっとモヤモヤしたものを抱えっぱなしだって言うのに!
ラズベリー=パイ:あら、何かあったの?あなたたち
そしてこういう時にタイミング悪く(良く?)ログインしてくる人がいるんだもんなぁ。
そもそもああいう個人的な話は他の人が見える場所ですんなよ馬鹿!
リリィ=リィ:あーいや、うーん……
ラズベリー=パイ:お姉さんに話してごらん?
僕の年齢を基準に考えた時に年上と言う意味での『お姉さん』とは……。
ラズベリー=パイ:変な事考えたら殺す^^
めっちゃ見透かされてるし……。
リリィ=リィ:い、いえ不敬な事は何も考えておりませんですはい……。
ラズベリー=パイ:よろしい。んで『アール=リコ:あっそ。じゃああたし落ちるから』ってどういう事かなぁ?
リリィ=リィ:……
コピー&ペーストを利用してアールちゃんの捨て台詞を拾って来たラズベリーさん。
仕方ない……見られてしまった以上最近の事を話すしかないかぁ。
観念した僕はゴールデンウィークの、あの『作戦の日』から今日までに至る僕達のすれ違いについてラズベリーさんに話した。
ラズベリー=パイ:そっか、そんな事があったんだ
リリィ=リィ:なのでわたしも何が何だかわからなくて……
ラズベリー=パイ:あのさ、そもそもだけどリリちゃんはハッキリと『リリちゃんの事好きじゃなくなった』ってアールちゃんに言われたの?
リリィ=リィ:言葉は違うけど内容としては同じ意味、かと……
ラズベリー=パイ:ふむ……
リリィ=リィ:あの日あんなに楽しかったのは僕の方だけだったのかなぁ……
そこから暫くは僕もラズベリーさんもチャットをせず何のログも流れない状態が続いた。
さっき自分で『プライベートな話題は個別チャットでやれ』と思ってしまった手前、これまでのラズベリーさんとの会話を他の人に見られては……。
セシル=ハーヴ:いや見てるけどね?俺も
リリィ=リィ:あああああああああ!!
いつの間にログインしてたんだこの人!!
チャットに夢中になっていたから気づかなかったよ……。
同じギルドに所属するメンバーなら誰かがログイン・ログアウトをするとそれがログとして表示されるけど、フレンドや会話用のグループにそういう通知機能はないので自分で逐一リストを確認して誰がいるのか能動的に把握しなくてはならないんだけど……。
さすがに会話の最中にログインされたらシングルタスクの僕は途中で確かめるという事はしないな……。
ラズベリー=パイ:もう一度確認させて。リリちゃんはハッキリとアールちゃんに振られたの?一字一句違わずに教えて貰えないかな?
あの時の事を正確に、と言われてもいきなり過ぎて本当に覚えてない……。
リリィ=リィ:ごめん、正確にどういわれたのかは……本当に覚えてない……
ラズベリー=パイ:そっか、わかった。じゃあお姉さんが話してみる。それでいい?
作戦の日のファミレスで発動した『ガールズトーク』という謎スキルを使うのかな?
それなら僕は確かにこのモヤモヤから解放されるかもしれないけど。
他人に任せていい事なのかどうかもわからなくて、四面楚歌とか五里霧中とか絶体絶命とかそんな不穏な単語ばかりが心の中に浮かんできてしまう。
でも、『あの時』はラズベリーさんがモモちゃんと会話する事でいい方向に流れたのは事実だし、お任せしてもいいのかもしれない。
リリィ=リィ:うん、お願いしたいかも
何度も言うけど人付き合いをずっと避けて来た僕は情けない事に自分に関係のある事すらこうやって他人に頼らざるを得ないわけで。
セシル=ハーヴ:情けないとか思わないで良いぞ。でもリリちゃんは一つの事実に自分で気づかないといけない。これは気づいた他人がどうこう言った所で自覚してくれないと後々困る事になりかねないからな
セシルさんが僕の今の気持ちを言い当てた上で謎かけのようなチャットをする。
リリィ=リィ:自分で……?
対人関係だけでなくその他諸々、自分が忌避したい事からとことん忌避して来た僕にそういう難しい事を要求されてもなぁ、と思ったけど。
この人はこの人で普段は悪ふざけ・悪ノリ・悪だくみの三悪を追求して楽しむ困った人だけど、こういう時親身なアドバイスをくれる事も知ってるから先のチャットの内容がただ自分が楽しみたいだけと言う目的のみで発せられたとは思えなくて。
……実際セシルさんが楽しみたいだけって可能性はゼロじゃないんだけども。
セシル=ハーヴ:答えは多分単純だ。そしてよくある事だ。普通ならラズを仲介する必要もないくらいの些末な事なんだ。後は君達次第だぞ
ラズベリー=パイ:そうだよ。部外者が出て行って何とかなる問題じゃないの。私は機会を作るだけよ……っと。なるほどねえ
それまでチャットをしていなかったラズベリーさんが突然チャットをする。
内容から察するにゲーム外の連絡手段でモモちゃんと連絡を取っていたんだと思うけど。
セシル=ハーヴ:お、何かわかったか?
ラズベリー=パイ:うん。でもリリちゃんには教えてあげない
リリィ=リィ:えええ何でよ!?
ラズベリー=パイ:さっきセシルも言ったでしょ、自分で気づかないとダメって。結構アールちゃんの答えは核心に迫ってるから私からは言えないの。ごめんね?
リリィ=リィ:むぅ。
僕に関わる事なんだから教えてくれてもいいと思うんだけどなぁ……。
ラズベリー=パイ:でもその代わり、アールちゃんからの伝言を教えるね。え~と……『明日、朝からそっち行くからたくさん話そ?』だそうです。
えっ?
わざわざ好きでもない男の家に来てたくさん話したいの?
ますます訳が分からなくなった僕は……。
リリィ=リィ:あああああああああああああわからーーーーーーーーんんんんんんんんんんんんんんん!!
と、エリアチャットで盛大な誤爆をしてしまったのだった……。
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