第29話 セイちゃんとモモ その1
『あたし、失恋ちゃった……』
「へ?」
あれからゲームにログインしている間通話アプリで通話をするようになった僕とモモちゃんが新しい習慣にまだ不慣れでお互い何を喋ったらいいのか分からなくなる時間がある頃。
具体的に言うと作戦決行の日から三日後。
僕は唐突にヘッドセットのスピーカーからそんな発言が聞こえて来たので思わず素で返してしまった。
モモちゃんが失恋……?
ウィンさんとの事……ではないよねえ。
だいたいモモちゃんが(香織さん曰く)昔から好きなのは僕……なはずで。
それとも香織さんの勘違いで全く別の人が好きだった、とか……?
とにかく脳内がパニックになってモモちゃんが何を言っているのか全くわからない。
『あ、ごめんママに呼ばれたから切るね』
「あ、うん」
そもそもその台詞ってもっと鳴き声とか悲嘆にくれた声とかで発するものじゃないの……?
失恋した、と宣言した時のモモちゃんの声はどちらかと言うと妙に明るくて、でも少しだけ照れたような感じだった。
そんな感じで言われても僕はどうしていいのやら……。
アール=リコ:ちょっと急用できたので落ちますー お疲れ様でした
ゲームまでログアウトするし……。
ん~、何か僕避けられた?
そう考えた瞬間、とてもとても弱くてでも確実な感触で胸がチクリと痛む。
その感じは……そう、桜の事を思い出す度にもがき苦しむような、全身を得体の知れない何かがもぞもぞと動いて、無造作に体のあちこちを刺してくるあの感覚が物凄く希釈されて再現されたような感じ。
桜の事を考える時はそれが『痛みだ』と感じる暇も与えさせないように一気に感覚が麻痺するくらいまで行くんだけど。
でも何故か僕にはその両方の感覚が『同じ』だと、根拠はないけど思えるわけで。
「まぁいいか。僕も今日は落ちて寝ようっと」
珍しく独り言を言ってゲームからログアウトした僕はそのままパソコンの電源まで切ってベッドへともぐりこむ。
何か釈然としないなぁ……と言う気持ちを抱えて。
それから。
僕とモモちゃんはゲームにログインするタイミングがすっかり合わなくなってしまった、ゴールデンウィークの連休中だというのに。
僕はあまり夜更かししていられないので日付が変わる前には寝るんだけど、どうやらモモちゃんは日付が変わった直後に数十分程度ログインをしていると他の人達から聞かされている。
……何なんだろう?
あれからずっと、僕はこの言いようのないモヤモヤ感で胸や頭の中がチリチリとしていた。
これが何を意味するのかは分からないけど、モモちゃんに相手にされなかった事が原因なのかなぁ、とは漠然と感じているけど。
あぁ、僕が何かしちゃったのかなぁ……。
……とかずっと考えていたせいかあっという間にゴールデンウィークは過ぎ去ってしまい。
「なんだ小和田、五月病か?」
とまで言われるくらいに僕は本当に表現のしようがないくらいに周囲からは落ち込んでいるように見えているみたいで。
そう聞かれる度に『いえ、仕事が忙しいので死んだ魚のような眼をしているだけです』と答えた回数は二桁に上る。
なんだかなぁ。
たかが女子中学生とちょっと疎遠になった程度で何でこんなに落ち込んでるんだろう、僕。
はいはい、今日も労働お疲れ様でしたー、な時間が来たので残業の必要が無い僕はさっさと定時上がりで帰宅する。
まぁ帰った所でゲームしかする事ないんですけどねーははは。
と、ご多分にもれなくいつも通りログインをすると。
>>アール=リコ:セイちゃん!
と突如アールちゃんから個別チャットが飛んできた。
リリィ=リィ>>:待って待って。こっちで本名はダメでしょ
オンラインゲームではよっぽどの事が無い限りは本名を明かさない、教えない、知ってもそれをネタにするのはもってのほかだとセシルさんとラズベリーさんから教えられていた僕はきっとある程度はネットリテラシーが高いほうだ。
>>アール=リコ:あ、ごめん。つい……
リリィ=リィ>>:まぁ個別チャットだからいいけど……気を付けてね
>>アール=リコ:うん、ごめんなさい。あ、それでね……
そこであえて区切るという事はその後に確実に何かを続けたいんだなと思って次のチャットを待つ。
それにしても。
またこうしてモモちゃん……画面上ではアールちゃんとフランクに話が出来ている事はなんだかほっとする。
ほっとはするんだけど……。
>>アール=リコ:あのね、セイちゃんって今何か欲しいものとか……ある、かな……?
欲しいものかぁ。
そんな事言われても咄嗟には思いつかない。
リリィ=リィ>>:う~ん……とくにはないけど……
>>アール=リコ:そう? それならまぁ……それとリリちゃん、最近連絡取れなくてごめんね。ちょっとリアルが忙しくなっちゃって。落ち着いたらまたゆっくり話そ?
リリィ=リィ>>:うん、わかった。何だか知らないけど頑張ってね
>>アール=リコ:ありがとう。それじゃあ今日はもう落ちるね
リリィ=リィ>>:あれ、もう?
>>アール=リコ:うん、リリちゃんと話したかっただけだから。それじゃあねー
僕、つい数日前に愛想をつかされたかもしくはもう何とも思ってないって宣言されたはずなんだけどなぁ。
なんでモモちゃんはあんな普通に話しかけてこられるんだろう?
むしろ僕の方がどう話したものか、どう返事をしたものかといちいち頭をひねったお陰で普段のチャット速度より数段遅く返してしまっていた。
そもそも僕と話したかったって言ってたけどさ
最近自分から避けておいてそれは無いんじゃないかなぁ……。
なんか……。
腹立ってきたな。
何なんだあれ。
人を玩具にして遊んでたのかな?
年上の男……それも女性経験皆無の僕を手玉に取って、振り回して。
そうやってまずウィンさんで遊んで、飽きたから次のターゲットに僕が選ばれたのかな?
そこに偶然、過去の出来事が絡んで何か本気っぽい雰囲気醸し出したのもソースになって、あの子は美味しく僕と言う食材を自分の好きなように調理して、僕、小和田誠一もしくはリリィ=リィと言う料理が自分の考える通りに仕上がったから次のターゲットを探して…………。
ダメだ。
考えがどんどん悪い方向に行ってしまう。
あれから、桜が遠くに行ってしまった10年前から。
いや、違う。
もっと前から……下手をすると生まれ落ちたその瞬間から。
僕は他人と向き合うという事を異常なほど避けてきたから。
僕が何を言っても、何をやっても咎めも責めもしない相手だけを選別して自分の傍にいる事を許して。
でも僕を特別視しようとする人には壁を作って自分から疎遠になるよう仕向けて。
そして僕にはこの10年という歳月、僕の中でそれらについて僕なりに納得できる理由……いや『言い訳』を採用していたんだ。
桜の死、と言う自分にとって都合のいい言い訳を他人と関わらない事への免罪符にしていたんだ。
でも10年前のICレコーダー越しに、桜が語った『今の僕』は桜が危惧した通りになっていて、誰でもないその10年前の桜が自らそういう僕を否定した。
そして、僕よりも桜と長い時間を過ごし、深く関わっていたおじさんと1年足らずとは言えほぼ毎日看護をして桜の容体を心配していた香織さんと言う2人の『今』を見、考え方、桜との向き合い方を知った今、僕は『桜が望んだ僕』になりたいと思った。
まだ死者に捕らわれているじゃないかと思う人もいるかもしれないけど。
どれだけ女々しいんだと、重いと、ウザいと、そう思う人もいるかもしれないけど。
それでも僕は少しずつでも前に進みたいと、そう思ったんだ。
だからここからは僕が、遠い所でずっと僕を見守っている桜へのせめてもの手向けとして真の意味で『大人になる』ための努力をすべきなんだ。
そう思うからこそ。
最近のモモちゃんの言動はどうしても僕が考えた限り許容し難い物の様に映ってしまって。
それともこれは他人……いやモモちゃんに僕が自分でも気づかないうちに色々求めすぎているのかな?
あの子は、今までの自分を変えると決めた僕を、もう見守ってはくれないのかな……?
そう考えると、僕は何故だかやっぱり胸がモヤモヤして、頭が熱くなる感覚が襲ってきて、そしてチクチクと心を針で突かれる感触に見舞われた。
……今日も早く寝ようっと。
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