第28話 デート(ただし監視付き)その2
お昼手前という時間のせいかそこまで混んでいない休日のファミレスは待つ事なく席に通されて、僕はセシルさんの言に従って自分が奥の席、対面のモモちゃん越しにほぼ店の全体を見回せる位置へとたどり着いた。
モモちゃんから何か言われるかと思ったけど、向こうは向こうで誰からかは分からないけど僕と同様に何らかの指示が入っていたようで特に何の抗議もなく席に座る事が出来た。
「何食べようかな」
席に備え付けのメニューを一つ手にして開いてみる。
ん~、こういう所来るとガッツリ食べたくなるなぁ。
「…………」
無言で僕と同じくメニューを開いて覗き込むモモちゃんだけど、そのメニューごしに僕をチラチラと見上げて来る。
「お金は心配しなくていいから、おじさんや香織さんと来る時と同じように頼んで大丈夫だよ」
中学生の子相手にワリカンなんてケチな事を言うつもりは最初から無い。
「うん……」
あれ、お金の心配じゃなかったのかな。
じゃあ何が心配なんだろう。
本人に聞いて確かめる、っていう雰囲気でもないしなぁ。
『にーく! にーく! にーく!』
イヤホンから突然軽快な肉コール。
すぐさまイヤホンのスイッチを入れてそれに答える。
こういう時、通話に対する会話でも二人で話しているように周囲から見られるのは気が楽だ。
「ラズベリーさん、ちょっとはしゃぎすぎでは?」
『ファミレスに入ったら肉! これ常識!』
常識……と言うか他のメニュー全部ディスってない? それ。
『こいつ肉好きすぎてテンション上がってるだけだから気にするな。それとシアン君のカメラを通して大体は把握してるんだけど何かあったか?』
セシルさんがカメラ画像を見て恐らく今僕が疑問に感じた事を感じたのか聞いてきた。
「あ~、アールちゃんが固まってて……」
『いえ、大丈夫です。お腹も空いてるし。でもちょっと……』
『なるほどね。んじゃあアールちゃんちょっとメッセージでやり取りしよっか』
『そっちは任せる』
…………何かウィン君をおびき出す作戦が僕達のデート大作戦へと目的が変化してない?
そんな疑念を挟みつつモモちゃんが何度かスマホで文字入力をしてはそれを凝視しを繰り返した後、スマホを置く。
「お待たせ。もう大丈夫だよ。何食べようかな~」
僕の頭の中はそのたった1分前後のやり取りでがらりと態度が変わった事に正直??? となったけどでもまぁ何だか分からないけど解決したなら良いかな。
結局僕達は特に何も相談せずに各々メニューを決めたつもりだったけど、店員さんに注文したメニューは全く同じものだった。
「あ~、さっきのラズベリーさんの発言に触発されちゃったかな?」
注文は『和風おろしステーキ(ご飯+味噌汁+ドリンクバーをチョイス)』×2だった。
「それもあるけど……ガールズトークの結果だよ?」
なんだそれ。
よくわからないなぁ。
でもまぁ、
「ふぅん、そっか」
と返すと、
「うん、そうだよ」
と返って来た。
『あ~、俺も飯食べるからいったんカメラとマイク切るぞ』
『おい、俺はどうすりゃいいんだよ!』
『さっさと食べて交代しよう、ちょっと待っててくれ』
『しょーがねえなぁ、分かったよ』
と、これは敬太と義明のやり取りだ。
『んじゃすまないけどイリスちゃんはこのまま継続、他の人はお昼って事で。俺はPCの前にいるから何かあったら遠慮なく知らせてくれ』
作戦参謀……いや演出家だっけ、のセシルさんから休憩の合図。
何かこういう所手慣れてるよねぇこの人。
※ ※ ※
その後、敬太と義明が交代でお昼を取る間僕達2人はその場を動かずメニューに付随したドリンクバーで飲み物を飲みながら雑談をして時間をつぶした。
その間、特に何か進展があったわけではなくて、交代直後義明から『すぐそこのコンビニで昼飯らしいものを買って来てまた元の位置でそれを食べている』と言う連絡があった以外なんの報告も無かった。
このまま何事もなく……いやそうも行かないのか、だって今日はウィンさんに決定的な行動を起こしてもらう必要があるのだから……計画上は。
「いや~食べた食べた。あたし満足したよぉ。ごちそう様でした、セイちゃん」
「さすがに中学生相手に割り勘って言うのも色々とね」
「割り勘にしたらすぐマイクのスイッチオンにするもん」
「え、なにそれ酷くない」
ファミレスを出た僕達はそんな風に和気あいあいとした会話をしながら次どうしようかとぶらぶらと商店街が続く通りを歩いていた。
正直、この駅前には遊ぶ場所が全くないのだ。
以前はひなびたゲームセンター程度はあったのにいつしか潰れてしまっていたのでどこに行こうにもデート未経験の僕でさえそれがいかにこの後気まずくなるかを想像する事は容易だ。
さて、どうしようかな。
そう思った矢先に天の声ならぬイヤホンから指示が飛んできた。
『そこから歩いて10分くらいの所に陸上競技場と野球場の複合施設があるな。とりあえずそこに向って中を散歩でもしてくれ』
そういえばそこがあったか。
指示のあった場所に向かうべく僕は商店街を抜けると市役所の角を曲がって市立の運動公園へと向かう。
……この間も手は繋ぎっぱなしで、だんだん恥ずかしくなってきた。
通りすがる人は僕たちの事をどう見ているんだろうという疑問も湧いてくる。
『デルタワンよりデルタスリー、デルタフォーへ。現状報告求む』
セシルさんの趣味で決められた『コードネーム』はワンがセシルさん&ラズベリーさんの中央管制室ならぬ監視組、スリーが敬太、フォーが義明だ。
僕達とモモちゃんは二人合わせてツーだ。
いったい何のネタなんだか僕にはさっぱり分からないけど。
『こちらデルタスリー、目標はつかず離れずを繰り返しているだけです、以上』
『デルタフォー、デルタスリーの報告と同様です』
……ノリいいなぁ二人とも。
『デルタワン了解。引き続き任務継続されたし。以上』
運動公園へ向かう際中、僕はマイクをオンにしてこんな事を聞いてみた。
「セシルさん、カメラ画像とかどうすんの?」
そもそもあまり必要ない気がしていたのだ。
この人の事だから何か目的があるんだとは思うけど、それが全くわからない。
するとセシルさんはこの質問にこう答えた。
『ん~? そりゃ現在進行形で録画してるに決まってるだろ』
「え? なんで?」
『いざと言う時の証拠提出用だよ。別にネット上に公開してウィン君を制裁しようなんて思ってないさ』
ふむ……。
「え~と、それはつまりこの後何かが起きるかもしれない……と?」
『そこまではわからない。でも最悪の事態を想定しておく事は必要だろ?』
最悪の事態を想定……そういう物なのか。
僕は人生経験や社会経験が浅いからそこまで考えてなかったよ。
セシルさんには悪いけどせいぜい後々今日の参加者に配布してネタにするものくらいしか。
『あー、まぁつまりだな。有事の際は指示を飛ばして支援させるつもりだけど最初の数秒はリリちゃんに頑張ってもらう必要があるって事だ。まぁ頑張ってくれ』
「え? それって……」
僕の聞き返しも虚しくマイクをオフにしたのかそれっきりセシルさんからの応答は無かった。
仕方なく僕もマイクをオフにする。
「モモちゃん」
「うん?」
僕の何気ない問いかけにモモちゃんが顔を上げて……今日何度目かの視線を合わせる。
でももう何か僕の方は割と慣れて来た……わけでもなくてまだちょっと……いやかなり恥ずかしいんだけど話しかけた手前自分から目をそらす事も出来なくて。
「その……さ」
「うん」
ああああ僕は何を言おうとしてるんだ?
ぜんっぜん続きが思いつかないんだけど。
「すっごい遅くて何をいまさらって言うかもしれないけど」
「うん…………」
ええい、こうなったら思いついた事を口に任せて言うしかない!
「そ、その服……可愛いね」
「…………」
多分『当たり障りのない話』を振ったはずなんだけど。
モモちゃんはそれを聞くなり出発した時と同じように僕の手をしっかりと握ったまま自分からスタスタと歩き出した。
あれ、何か変な事言っちゃったかな。
素直な感想を言ったつもりなんだけど……。
『デルタフォーより各機へ。ターゲット接近中。要警戒』
義明から警鐘を鳴らす声が響く。
『よし。ではデルタワンよりデルタツーへ指令。そこら辺の壁際で壁ドンからのキス……とまではいかなくても顔を極限まで近づけろ』
はアあああああああああああああああ!?
何なのその指令は!?
そんなの出来るわけが……。
『デルタツー了解。作戦行動に移ります』
いつの間にマイクをオンにしたのか、モモちゃんがその意味不明な指令に対して了承をすると足早に陸上競技場の外壁に向かって自分の背中を外壁にぴたりとくっつける。
「ほら、セイちゃん」
見上げて来る瞳は耐え難い恥ずかしさのせいか潤んでいて。
頬も何だか薄紅色に染まっていて。
数秒視線を合わせたモモちゃんは……その後ゆっくりとその両方の瞼を閉じ顎をほんの少しだけ上に向ける。
逃げたい。
でも、今後のモモちゃんの安全を考えると……。
「……わかった」
アニメで見た動作をそのままに、僕は片腕をドン、とモモちゃんが背にしている壁に軽くたたきつけ、そのままモモちゃんの方へ自分の顔を近づけて……。
「このクソビッチがああああああ!!」
その叫びは後方、僕達が歩いてきた方角から聞こえて来た。
慌てて振り返ると件の野球少年が劣化のごとき鬼の形相でこちらに向かってくる。
危ない!
咄嗟に僕はモモちゃんに覆いかぶさるように彼女を抱きしめる。
その直後、僕の左肩を鈍い痛みが襲う。
「ぐっ……」
『デルタワンより各機。スクランブル! スクランブル!!』
イヤホンからセシルさんの慌てた声が響く。
そして肩に、背中に、そして足にと野球少年の僕への暴行は暫く続いて……。
「テメェ何してやがる!!」
義明より近い場所にいた敬太が叫んだ瞬間、怒涛の激痛は治まった。
「やめて……やめてよぉ!」
僕の胸の中のモモちゃんがあらん限りの声で叫ぶ。
「はい、少年。そこまでな」
遅れて義明も到着すると、すぐさま彼の『本職っぷり』を発揮する。
「午後1時24分、傷害の容疑で容疑者を現行犯逮捕」
そう、彼は本職の警察官なんだ……。
その義明の宣言を聞いて気が緩んだ僕は。
「モモちゃん……何もなくて良かっ……た」
「セイちゃん!?」
その場で情けない事に意識がブラックアウトしてしまった。
「!!」
次に僕が意識を回復したのは、空が夕焼けに染まる頃で。
何故空が見えているかと言うと横になっているからで……え?
「モモちゃん!?」
僕の視界に飛び込んで来たものは。
空と、お椀のような何か×2と、モモちゃんの今にも泣き出しそうな、覗き込むような角度からの顔。
え? どうなってるのこれ。
「セイちゃん……気が付いたんだね」
え?
え?
「僕は……?」
「安心して倒れちゃったみたい。シアンさんがウィンを取り調べるって言って連れて行っちゃって、イリスさんは帰るって煙草吸いながら行っちゃった」
「そっか」
まぁ、後の事は義明に任せよう。
きっと悪いようにはしないはずだし。
さて、僕も起き上がらないと。
ふにょん。
頭に柔らかい感触を覚えて一瞬『?』となったけど構わず状態を起こすとモモちゃんが視界から消えた。
あ、そうか反対側か、と思って……ああああああああ!!
今まで僕もしかして膝枕されてた!?
「モモちゃん」
「なぁに?」
急激に顔が熱くなるのを感じたので、振り向かないまま語り掛ける。
「ありがと」
「ううん……」
「じゃ、僕達も帰ろうか」
そう、作戦は無事成功した。
今後モモちゃんをストーキングする輩はいなくなるんだ。
立ち上がって、いまだに座りっぱなしのモモちゃんの方を向いて手を差し出す。
「行こう」
「うん!」
その手を掴んで立ち上がったモモちゃんはいつも通りの笑顔を見せる。
帰り道、そろそろ駅に差し掛かるので僕達の別れの時間も近づいたころ。
「セイちゃん……」
「ん~?」
モモちゃんが何か言いたげに僕を呼んだ。
「ううん……やっぱり何でもない! じゃあ……またね!」
と小走りに3、4歩前に進んで小さく手を振る。
「うん、今日はありがとうね」
僕もお返しに手を振る。
そして。
この時モモちゃんが何を言いたかったのか、後になって僕は聞いておけばよかったと少し後悔する事となる……。
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