第27話 デート(ただし監視付き)その1
明けて翌朝。
計画の次の段階……いや最初の段階はモモちゃんのターンで、僕たちはひたすらそれを待つフェーズだ。
義明には昨晩のうちに敬太が連絡をしてOKの返事をもらえたという事でこちら側の準備は万端だ。
計画の全容が見えているとはいえ、ウィンさんがあんな手に引っかかるかなぁ……と言う疑問はあるけど今はやれる事をやるしかない。
……自らネカマ宣言しちゃったようなものだし……。
僕らは朝から何とはなしに皆が各自ログインをしていて、『その時』に備えていた。
と、言ってもログインしながらできる事は何もないのだけど。
アール=リコ:『わざとな誤爆LINE』、完了です!
セシル=ハーヴ:OK。それでは皆、後は頼む
ラズベリー=パイ:頑張ってね♡
ああ、気が重い。
今モモちゃんはわざと送り先を間違えた体で『今日、お昼頃からなら時間あるけど会えるかな?』と言うLINEメッセージをウィンさんに送っているはず。
その直後に『あ、間違えた』と送るのも合わせて。
セシルさんに言わせればストーカーまがいの行動を取る人なら絶対これで釣れるらしいけど実際そんなに上手くいくのかなぁ。
そもそも僕達のホームグラウンドであるこの町を舞台にしたのは僕達に土地勘がある事を十分に考慮しての事だけど、僕は件のメッセージに『どこで』が抜けている事が気になっている。『それでいい』と自信たっぷりに言うセシルさんだけどどうも不安だ。
ゲームからログアウトしてパソコンの電源を落とすと、外出用の服に着替えて必要な小道具をチェックする。
と言ってもスマホの電池残量とワイヤレスイヤホンだけだけど。
後はモモちゃんが訪ねて来るのを待てばいい。
今日、と言うかモモちゃんが最初の手順を実行した日に僕達が行うのは…………。
………僕とモモちゃんがデートする事。
そして、それを敬太と義明が近すぎず遠すぎない2拠点からそれぞれ観察……いや観測する事。
そもそもウィンさんの素顔はモモちゃんしか見た事がないので彼女に特定してもらう必要があるんだけど……そんなモモちゃんに気付かれるような近い場所に本当に現れるんだろうか。
僕なら……絶対に気づかれない距離を保とうとするんだけどなぁ。
ストーキングなんて絶対にやらないけどね。
ふと机の上に置いてあるスマホがメッセージの着信を知らせる。
あれ、もうモモちゃんが来たのかな?
来たなら来たでいつも通りチャイム鳴らしてくれればいいのに。
そう思いながら履歴を確認すると……。
『セシル:なぁ、今明らかに初心者っぽいアメテ=ボウって♂キャラがリリィさん居ませんか?って低レベルの狩場で全体チャットしてるんだが知り合いか?』
え、誰それ僕知らないんだけど。
『リリィ:知らないなぁ』
『セシル:取りあえずスルーしとくか。仮にウィン君のサブキャラならもっとひどい事言うだろうし……』
今はゲーム内のことにあれこれ頭のリソースを割く余裕はないし。
てかもっとひどい事って何!?
ぴんぽ~ん!
僕がちょっとモヤモヤしかけたタイミングを見計らったかのように玄関のチャイムが響く。
あ、来たか。
さて、行きますかね。
鞄を肩から引っ提げて僕は自室を後にする。
パタパタと階段を下りて玄関のドアを開けると、そこには予想通りの顔があった。
もっと正しく表現すると予想通りの顔ではあるけど『予想通りの表情』ではなかった。
僕、もっと楽しそうないつもの笑顔かなぁって思っていたんだけども。
「こ……こんにちは………」
黒単色で前面、襟の部分が胸元まで×になっている半袖のトップスとタータンチェックのミニスカートと言うやっぱりおしゃれなモモちゃん(服については一ノ瀬改め綿貫のおじさんが甘やかしすぎだという事は昨日聞いた)だけど、はにかんだような、決まりが悪そうな、それでいてとても嬉しそうな表情だけはいつもと違っていた。
「あ、今のうちにイヤホン忘れずにね」
何かその夢見ごこちな彼女の表情につられてこっちまで顔が耳まで赤くなりそうな気持を誤魔化そうとそう促す。
け、決して『可愛い』などと思ったわけでは……。
いやモモちゃんは可愛いけどそれは『小動物的な可愛さ』であって……。
「うん……」
普段より1オクターブ高い声で返事が返ってくるけどなんか調子狂うなぁ。
「お母さ――ん、出かけて来るね――!」
「はーい、いってらっしゃい」
お決まりのやり取りをした僕は『さ、行こうか』とぽんとモモちゃんの肩を軽くたたく。
「きゃっ」
ビクン、と僕が触れた肩を跳ね上げるモモちゃん。
「あ、ごめん。イヤだった……かな?」
「ううん。あたしこそごめん、ちょっとびっくりして……」
んー……これは……もう二度とやらないようにしよう。
セシルさんが『やっとけ』って言うからやったけど何か嫌がられてる感じがするし。
それは置いといて、僕たちは互いにイヤホンをマイクが付いている片耳だけ装着してスマホの通話アプリを起動させる。
ピロリン、と言う音がイヤホンから響いたかと思うと。
『お、来たな本日の主役』
とセシルさんの僕よりずっと年上なはずなのにちょっと高めだけど落ち着きのある声。
『ほらさっさとしないとターゲットが来るわよ』
これはラズベリーさんの香織さんよりは高くてモモちゃんよりは低い、凪いだ水面のような透き通った声。
『こっちはいつでも大丈夫だぞ』
『ちょっとまって今家出るから!』
と、これはお馴染み敬太&義明の声。
『皆さんよろしくお願いします』
最後にモモちゃんの若々しい声が、声質とは裏腹にしおらしく響く。
あ、そっかあまり大声出すと距離的にハウリング起こすか……。
「ちょっとセシルさんさぁ、『アレ』なんか嫌がられたんだけど……?」
そして僕は開幕から先制攻撃をあらぬ方向に飛ばす。
この先気まずくなったらセシルさんのせいにしようそうしよう、と心に固く誓って。
『えー? アールちゃんさっきのダメだった?』
『ちょ、あれ教えたのセシルさんなんですか!? リリちゃんに変な事吹き込むの止めてください!』
目の前のモモちゃんが顔を真っ赤にしてイヤホンから聞こえて来る不満の声に猛然と抗議する。
『いや、うーん……俺が聞きたいのは嫌だったかどうか、の2択なんだけど……』
『知りません!……まったくもう』
いや、顔だけじゃなくて耳まで赤くなってるやモモちゃん。
『あ、それは嫌じゃなかったって反応だねぇアールちゃん』
ラズベリーさんが追い打ちをかける。
この人達は本当に……モモちゃんを救う気があるのかなぁ……。
僕、昨晩の計画に賛同して大丈夫だったのかなぁ……。
何度目かの疑惑が胸の奥から湧き上がってくる。
でも、それを破ったのはやっぱりと言うかセシルさんで。
『でも、緊張消えただろ? いつまでも玄関にいたら怪しまれるからそろそろ移動して』
あ、そういえば。
いつものゲーム内でのチャットのノリで話をしていたらいつの間にかさっきまで体中を走っていたピリピリとした感覚が消え去っていた。
もしかしてこれを狙ってわざと……?
だとしたら何手先まで読んでるんだあの人……。
そして緊張が消えたのはモモちゃんも同じだったようで、突然僕の手を掴んで歩き出した。
ああ、そっか。スタートしなきゃだった。
いつどこで『ターゲット』に見られているかわからない以上、今日はミッションコンプリートの瞬間まで気を抜く事は出来ないんだ。
「どこから回ろうか?」
僕達は表立って指示があるまでつないだままの通話アプリから聞こえて来る内容にツッコミたい時以外ミュートで良いそうなので遠慮なくこちらの声は聞こえないようにしてから僕を引っ張るモモちゃんに問いかける。
「あ……考えてなかった……」
「珍しい」
モモちゃんは僕とどこかに出かけようとする時、今までは必ず何らかの目的地を提示してきた。
オフ会は……まぁ繁華街だったし、他にはコラボカフェと自宅。
たった3回、それも全部今月の事だというのにふと思い返してみると『まだ3回なんだなぁ』という郷愁にも似た感情が胸にこみあげて来る。
そんなに少なかったっけ……。
モモちゃんのキャラのせいかはたまたオフ会の後週末は大抵一緒なせいか、もっとずっといろんな所に出かけていた気になっていた。
「仕方ないじゃない、だって……」
「うん?」
モモちゃんが歩みを止めたので僕も合わせて足を止める。
「……嬉しかったんだもん」
「何が?」
「作戦の一環とはいえデート、ってはっきり言ってるのに断られなかったんだもん……」
「あ……」
確かに無縁すぎて僕の脳内辞書に登録すらされていない外来語だったそのキーワード、今までの僕なら単語を見ただけで却下してたかもしれない。
う、う~ん。どうしたら……こんな時なんて言えばいいんだ……。
「そっか」
僕は他に思いつく言葉も無かったので相槌を打った。
「そうだよぅ」
モモちゃんが僕の目を見て、そう言ってほほ笑む。
こんな会話、皆に聞かれてたら絶対できないなぁ。
『左前方、建物の陰に隠れている少年を発見。確認願う』
義明の声が突然イヤホンから聞こえて来たので2人で顔を見合わせたままびくっと表情を固めてしまった。
「ふふ……」
その示し合わせたかのようにびっくりしたのが可笑しかったのかモモちゃんは小さく笑った。
でも次の瞬間にはキッと正面を向いて歩き始める。
強いなぁモモちゃん。
やがて報告のあった十字路に差し掛かるけど僕達はそのままゆっくりと角を曲がらずに直進する。
曲がり角を横断中、視線だけをめいっぱい左に逸らすと確かに野球帽を被った……いやまんまどこかの野球部所属の男子が建物の壁から半分顔を出してこちらを見ていた……気がする。
気がする、と言うのは目深に被った野球帽のつばによって少し下向きにこちらを向いているその子の表情が分からなかったから。
でも、僕はもちろん顔はおろか背格好も分からないので何とも言えなかったけど。
隣を歩くモモちゃんが握る手の力をキュッと強めて来た。
「当たり?」
「……うん」
その籠められた力の強さと短く、諦めた感じの肯定から僕は空いている方の手でマイクのスイッチを入れる。
「ビンゴだよ」
『よし、予想通りだな』
『アールちゃん、怖いかもだけどもう少し頑張ってね』
「うん、頑張る、だそうです。以上通信終わり」
モモちゃんの発言を代弁して再びマイクをオフにする。
「さ、行こう。もうそろそろお昼だしご飯にしよう。何がいいかな」
ガラにもなく励ましの言葉が自分でもびっくりするくらい自然に口から飛び出す。
「ありがと……」
まだちょっとしおらしいモモちゃんは手に籠めた力を緩めると少し歩調を早めた。
そういえば。
以前モモちゃんは『女の子は計算高い』みたいな事を言ってたけど、今日のこの態度も狙ってやってるんだろうか……?
何でもいいよ、と言った手前ランチタイムでも一人数千円はかかるお寿司屋さんとか選ばれるかなと思ったんだけど、モモちゃんが選んだのは駅前のビルの2階部分を占有している黄色い看板のファミレスだった。
やっぱりと言うか、ファミレスに足を踏み入れ『いらっしゃいませ~何名様ですか?』と威勢のいい店員さんのお決まりの文句が聞こえた所で、セシルさんから『いいか、デートする時は女性を奥の席に座らせるものなんだが店内が見渡せる場所だとアールちゃんの視界にターゲットが入ってかえって落ち着かなくなるかもしれん。不本意だがリリちゃんが奥の席を陣取るんだ』と言うオーダーが通話アプリのメッセージで僕だけに入った。
ふぅん、そういう物なのか。
覚えておこうっと。
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