第26話 悪だくみ

 有給の使いどころを心得ていない僕は4月30日と5月1日を普通に出社するという真面目さを発揮して、文字通り誰もいない職場でこつこつルーチンワークをこなして、世間様からは一足遅れてのゴールデンウィーク突入となった。

 綿貫家での事は今でも僕は悩んで悩んで悩み続けていて、いきなり気持ちを切り替えろ、考え方を改めろと言われてもすぐに対応できる物ではなくて。

 でも僕のスピードでいいからと言ってくれたのは少し言葉通りにさせてもらう。

 何せ10年分の、自分でも気づかないうちに押し殺した感情や記憶を全て前へ進むための推進剤にしろって言われてもはいわかりました今すぐ行いますイエッサー! などとはならないよね?

 そもそも切り替えがうまくできるなら僕は自分でもここまで意固地になって桜に固執してないと思うんだ。

 まぁそんな事はさておきゴールデンウィーク突入!!(2回目)。

 夕飯を済ませた僕はほぼ一週間ぶりにパソコンの電源を入れるといつもの手順でリリィ=リィを起動させる。


 リリィ=リィ:こんばんは☆


 ややあって皆が反応を返してくる。


ラズベリー=パイ:あ、来たよサボり魔が

イリス=グラジオス:おやいらっしゃい

 アール=リコ:ラズさぁん……あたしリリちゃんにリアルで弄ばれて……

 セシル=ハーヴ:やっと来たと思ったらアールちゃんから爆弾発言キタ――(゚∀゚)――!!

 ラズベリー=パイ:おっさんそれもう古いから

 セシル=ハーヴ:(´・ω・`)

 リリィ=リィ:アールちゃん何言ってんの!?

 アール=リコ:えへ、ちょっと感極まったのでw


 感極まったら突然人を陥れる発言するのやめて……?

 でもこういう会話はやっぱりホッとするというか何というか。

 あ、Mじゃないからね?

 …………多分。

 よし、それじゃまず僕と違って現実逃避していなかったアールちゃんの進捗状況でも……。


 アール=リコ:497位になったよ!

 イリス=グラジオス:誰かさんと違ってアールちゃん努力してたからなぁ


 聞くまでもなく成果を報告してくるアールちゃん。

 そして敬太よ、お前の一言は余計だ。

 空気を読んでくれてありがとう、とモモちゃんに心の中でお礼を言って。


 リリィ=リィ:お、凄いじゃん!んじゃやっと行けるかなーレイド


 なんて話をしていた時。

 突然嵐はやってきた。


>>ウィン=タージ:リリさん発見

 リリィ=リィ>>:こんばんは、ウィンさん


 うあ。

 今の今まで本気で忘れてたよウィンさんの事。

 そういえば何かアールちゃんとの事諦めてないんだっけ……。

 以前の僕ならその後どう? とか聞く所だけど面の皮が薄すぎて中身がはみ出そうな僕に取ってそんな大胆な事は出来るわけもなく。

 桜の、綿貫家の(特に香織さんの)想いを知ってしまった今、一度了承はしたもののどうしてもウィンさんに協力するのは難しいかな、って思ってるんだ。

 だってモモちゃんはずっと前から一人の男性……って表現すると恥ずかしいな、つまりぼ、僕の事が好きで……じゃあなんで付き合ったりしてんだよって言うとそれはモモちゃん曰く『あの頃はセイちゃんと出会えるなんて思ってもいなかったからお試し』と実にサッパリとした回答を頂いていたわけで。

 やばいやばいやばい。

 どうしよ。

 そういえばモモちゃんを『卑屈な笑みで見ていたおっさん』と一緒に居る所を見たって言ってたっけ。

 僕は無い知恵を絞って現状を打開するための対策を……立てられなかった。

 どうしようかな……

 ちょっと思案して、僕はもうそれこそ『人生の先輩』に丸投げする事にした。


 リリィ=リィ:ちょっとさー、助けて欲しいんだけど

 アール=リコ:なになに?

 ラズベリー=パイ:あら珍しい


 今は大型パッチ前の比較的緩やかで穏やかな過ごし方をする人が多い時期なのでこういう話をするにはうってつけみたいでみんな食いついてくる。


 セシル=ハーヴ:ウィンさんにケツ狙われてますって言う相談なら聞かないよ(´・ω・`)

 リリィ=リィ:半分当たってるけどそうじゃないから!

 ラズベリー=パイ:やだ……この子誰にお尻狙われてるのかしら

 イリス=グラジオス:やっぱりそっちのシュミが……

 リリィ=リィ:そっちじゃない!

 ラズベリー=パイ:ウィンさんなのは否定しないのね

 リリィ=リィ:ああああああ!!

 アール=リコ:ウィンが……どうしたの?


 いつも通りの茶化され大会の中で、アールちゃんだけが事態を重く見てまともな返事をしてくれる。


 セシル=ハーヴ:冗談はさておき何があった? あんまり身内でもめ事起きて欲しくないんだけども。


 セシルさんの言う事は最もだし僕だってそう思っているけど。

 でも正直僕にはお手上げな案件になってしまっていて。


 リリィ=リィ:う~ん……実は…………


 僕が以前ウィンさんから受けた『依頼内容』について事細か……とはとても言えないけど覚えている限りの事を話す。

 なお、この間もウィンさんとの個別チャットでのやり取りは継続中なので誤爆が怖くて普段と同じ速度でのチャットはとてもできなかった。

 僕のこの心境の変化は、やっぱりと言うかこの1週間前後の体験がもたらした初めの一歩なのかもしれない。

 僕は約束に弱い。

 と言うか約束とは絶対的に守るもので、それを断りなく破るという事は数少ない……桜の事をいじられる時と同じように、僕の逆鱗に触れる数少ない事の一つだ。

 だから、僕は表面上一度請け負った事を反故にする事は自分からは出来ないし、かといって彼に協力したくない、と言うのも正直な気持ちだった。

 今までなら一人で抱え込んでもしかしたら自爆していたかもしれないけど今の僕は『何かを抱え込んで自滅する事の愚かさ』みたいなものを漠然と理解していて、まだ完全に暗闇の中から抜け出せてはいないけど、抜け出せたら今よりも楽になるんだろうか、とは思い始めていて。

 もしこれが現実世界での出来事なら相談相手を選ぶ所から慎重に事を運ぶんだろうけど。

 でもオンラインゲームでの出来事はやっぱりオンラインゲーム上で解決したいし、これが現実世界まで糸を引くなんて正直に言って『メンドクサイ』以外の何物でもない。


 セシル=ハーヴ:ま、リリちゃんにしては頑張った方だな

 アール=リコ::ごめんね、あたしが軽薄な行動しちゃったせいだよね……ごめんね。あたしが何とかする……

 ラズベリー=パイ:や、アールちゃんは動かない方が良いよ。彼の発言から推測すると現実の家まで知られてる可能性あるし

 アール=リコ:えっ……なにそれ…………あたしそんなオッサンなんて知らない……


 つい今月、僕の家を特定した人が自分の家を特定される事を気にしてなかったのか……。

 いや、それは言わないけどさ。

 でもまぁそういう所が中学生の中学生たる所以……なのかな。

 現実世界のモモちゃんは虚構世界のアールちゃんと似ていて、そして違う。

 よく『ネット弁慶』と揶揄されるように、相手の顔が見えないと暴力的に変質する、いや本性を現す人が日本人には多いっていうけど。

 もしそれが……日本人がネットを介して本音を吐きやすい人種なのだとしたら、アールちゃんを通して垣間見えるモモちゃんの部分は確かに『ドジっ子』としか言いようがないんだ。


 イリス=グラジオス:良い手がある

 リリィ=リィ:えっ?

 セシル=ハーヴ:ほう

 ラズベリー=パイ:どんなの?

 アール=リコ:教えてください!


 イリス……いや敬太が何か思いついたらしい。


 イリス=グラジオス:あーその前にリリちゃんよ

 リリィ=リィ:なに?

 イリス=グラジオス:お前言ってたよなぁ、あれ高校生の頃だっけ?

 リリィ=リィ:だからなにをw

 イリス=グラジオス:『高校生の俺らから見たら二十歳の人ってもうおっさんおばさんだよな』ってw

 リリィ=リィ:はあああああああああ!?言わないそんな事言ってない!!

 イリス=グラジオス:あれ、シアンだっけ言ったの


 シアン、とは義明の作ったキャラクターの名前だ。

 でもこの際それはどうでもいい事で。


 リリィ=リィ:シアンだよ! 僕そんな事言わないから!!

 ラズベリー=パイ:あ、素に戻ってる

 リリィ=リィ:あああああああ!!

 セシル=ハーヴ:落ち着け。イリスちゃんが折角重要なヒントをくれたというのに

 イリス=グラジオス:あ、気づきました?

 セシル=ハーヴ:そりゃな。んで、出来そうなのか?

 イリス=グラジオス:シアンも巻き込めば大丈夫かと

 セシル=ハーヴ:わかった。んじゃよろしく頼む

 イリス=グラジオス:おまかせあれ!


 セシルさんと敬太で何か話が付いちゃった……感じ?


 セシル=ハーヴ:アールちゃん、心配はいらない。多分何とかなると思う。まぁちょっと嫌な思いするかもしれないけどそこはゴメンね。あ、リリちゃんが嫌な思いするのは想定内だから謝らないよ?

 アール=リコ:はい、それが本当に嫌なら我慢しますけど……今よりひどい事にはならないですよね…?

 リリィ=リィ:うわっ……わたしの扱い……ヒドすぎ!?

 セシル=ハーヴ:それは保証する。んじゃあ説明を……イリスちゃん頼む

 イリス=グラジオス:オーケー


 せっかく僕が珍しくネタを会話に盛り込んだもののそれは悲しい事に見事スルーされ、そのままイリスが計画の概要を話すターンとなった。

 ……みんなに構って貰えると思ったギャグが滑ると、余計虚しい感じがするんだね。


 イリス=グラジオス:以上、説明終わり。

 セシル=ハーヴ:んじゃあ今の計画を元に俺がもう少しおもしろ……じゃないや確実な物とするためにいくつかつけたそう。


 今面白くって言いかけて言い直したよねこの人!?

 イリス……敬太が発案したアイデアは僕が聞いている限りは実現可能だけど大まかな手順のみが示された。

 それをベースにセシルさんが小道具やら何やら色々確認をし、計画が完全に出来上がった頃には日付が変わろうかと言う時間だった。

 まぁ明日から連休なので多少夜更かししても大丈夫、なはず。


 セシル=ハーヴ:それとリリちゃん、まだ『ウィン君からの個別チャット攻撃』は続いてるかな?

 リリィ=リィ:え、うんまぁダラダラと……

 セシル=ハーヴ:よろしい(´・ω・`)

 ラズベリー=パイ:あ、絶対今悪い事思いついたでしょ?

 セシル=ハーヴ:何言ってんの?俺はちゃんとこの計画を完全な物にするために頭を働かせているんだぞ?そもそも考えてもみなさい。この計画は『ウィン君がリリちゃん達の住む町に来てアールちゃんをストーキングしている』事が大前提なんだぞ?それを破るわけにはいくまい?

 ラズベリー=パイ:そりゃねえ……

 セシル=ハーヴ:ま、とにかくみんながOKな日を教えてくれ。全員が参加できる日に実施しよう。できればゴールデンウィークの間に。

 リリィ=リィ:なんで?そんなに急ぐ必要ある?

 セシル=ハーヴ:平日や普段の土日よりは社会人も学生も動きが取りやすいだろ?


 ああ、そういう……。

 この人は僕が気づけない事に大抵気づくなぁ。

 だからこそ皆に相談したんだけども。


 セシル=ハーヴ:それとリリちゃん、今からフレンドリストを『通知させない』事と、次に俺が書く文章を今も続いてる個別チャットに向けて打って、そのままウィン君を一時的にブラックリスト登録してくれ

 リリィ=リィ:え、なんで?

 セシル=ハーヴ:理由は決まってるだろ?成功させるためだ

 リリィ=リィ:ん~まぁそういう事なら言うけど……

 セシル=ハーヴ:はい言質取りましたー!んじゃ書くぞ


 一体僕に何を言わせたいんだろう


 セシル=ハーヴ:『あ、ごめんボクリアル男なんだ』

 ラズベリー=パイ:wwww

 イリス=グラジオス:それはwww

 アール=リコ:ひどいwww

 リリィ=リィ:え?


 それはつまり『聞かれたら正直に答えるけど聞かれないうちは性別を自ら明かさない』スタイルの僕に自らの本当の性別を明かせと言っているわけで。

 それこそが僕が『断じてネカマじゃない!』と言い張れる自分の中での根拠なんだけど。

 

 リリィ=リィ:それ、どうしても言わなきゃダメ?

 セシル=ハーヴ:別に言わなくてもいいぞー?この先アールちゃんが酷い目に合う可能性を残したいなら全然かまわないよ?


 ひどい言い方だ。

 そんなの断れるわけないじゃないか。


 リリィ=リィ:…………わかった


 僕がそういう言われ方されたら絶対に断らないって分かられてる……。


 セシル=ハーヴ:よーしそれじゃ『原作:イリス、主演:リリィ&アール、助演:イリス、シアン、脚本&演出:セシルの名付けて《ウィン捕獲大作戦》』、始めようかww

 ラズベリー=パイ:ちょっと、わたし抜けてるんだけど?

 セシル=ハーヴ:ラズは……んじゃ抜けてたし監督でw


 さて、色々と決まった事だしそろそろ寝ようかな。

 あ。

 落ちるって事はアレを言わないといけないのか……。

 仕方ない、モモちゃんのためだ。

 僕は意を決して『だからさ~そこでさ~俺が言ったわけよ』見たいな自慢話に興じ始めたウィンさんに、指示通りのチャットを打った。


 リリィ=リィ>>:あ、ごめんボクリアル男なんだ


 そのままブラックリスト登録をしたついでに、個別チャットのログだけをスクリーンショットに撮って、それから僕は吹きすさぶ風の様にログアウトした。

 ……………あああああああああ!!

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