第25話 夢、あるいは回想(その7)+親心

 そういえば、桜が『一時退院』する日の数日前。

 確か今僕がほとんど黙って聞いている『お説教』と似たような話をされた事があるのを思い出した。


「あ、そうだ桜。今年の誕生日プレゼント何が良い?」

「あ~もうそんな季節だねえ」

 首都圏から桜の花が消えて数週間後、ゴールデンウィークまで後1週間程に迫った病室で僕はそんな質問を桜に投げかけた。

 桜の誕生日は5月15日、今から聞いておかないとお母さんとの調整(主に金額面)が間に合わなくなる可能性があるので僕としては珍しく計画的な質問だった。

「そうだなぁ、何がいいかなぁ」

 斜め上の蛍光灯あたりをぼんやりと見つめてあれこれと思案していた桜は『あっ』と小さく声を上げた。

「何か思いついた?」

 さてそれはどういう物で、どれくらいのお値段なのか……と僕が頭の中で考えようとし始めると桜はううん、と首を横に2、3度振った。

「なんかねえ、いつも来てもらってるしそういうの悪いかなぁって」

「え~、別に言ってくれていいのに」

「うんでも、わたしは特に欲しいもの、無いよ。ここにいると今何が流行ってるのかとかの情報がぜんぜん入ってこないからさ、本当に分からないってのはあるのよ」

 僕も桜も携帯電話は持たされているけど、病院では指定の場所以外での利用が禁止されているので病室内で情報を得る事は確かに難しいよなぁ、と思った。

「そっか、じゃあ適当に見繕っておくよ」

 桜の主張ももっともだと納得した僕がそう言うと……。

「え~……セイちゃんかぁ。せめておばさんにして」

 と酷い答えが帰って来た。

「えっなんで?」

「だってセイちゃんのセンスって……アレだし…………」

 物凄く嫌そうな目で僕をじっと見つめる桜。

『アレ』が何なのかは分からないけど、何か馬鹿にされてる感じかな? と何となく理解した僕はわかったよじゃあお母さんに頼むよそれでいいだろ、と桜に対してそっぽを向く。

「なんだよ人が折角……」

「怒った? ごめんね」

「ううん、いいよ。でも今日は数学の面倒な宿題出ちゃったから帰ってやる事にする……じゃあまた明日」

「……うん、また明日」

 拗ねたのは事実だけど、数学の宿題も事実なんだよなぁ。

 病室を出てから思ったけど、これじゃ僕拗ね100%で帰るみたいじゃん。

 なんかそれも癪だしでも病室に戻るのも気まずいしで、僕は仕方なくロビーにあるベンチの空いている席に腰かけた。

「あ、桜ちゃんの彼氏クンじゃない。どうしたのこんな所で」

 と、声をかけて来たのは桜を担当している看護師のお姉さんだった。

「あ~、ちょっと桜と気まずくなっちゃって……」

 素直に白状すると『青春だねえ』とほほ笑んで僕の隣に腰を下ろすお姉さん。

「ん~、患者さんじゃないからケアする必要もないんだけど……トクベツね。何があったか話してみなさい? お姉さんが相談に乗ってあげるわよ」

「…………」

「あ、その目は疑ってるな~? これでも恋人同士の相談を受ける事多いんだからね? ……10年前くらいの話だけど……」

 どうせ桜と同じ病室の人には聞かれてしまっているんだし、まぁこの人の耳に入るのも時間の問題かと観念した僕はつい先ほどの出来事をかいつまんで説明した。

「ふぅん、なるほどね」

 茶化すでもなく、笑い飛ばすでもなく本当に真摯に話を聞いてくれたお姉さんは、しばし自分の中で僕が話した事を反芻して、それからこう言って来た。

「ぶっちゃけ、桜ちゃんは彼氏クンが選んだものなら何でもいいと思うよ?」

「え、でもさっき……」

 桜とは真逆の答えに僕は困惑する。

「まぁ、中学生男子にそういうのを理解しろって方が無理だわね。でも、まぁほら……君だってこの病棟が『どういう所なのか』はもう察してるかきちんと理解しているんでしょう?」

 とても優しい口調で、お姉さんはそう問いかけて来る。

『どういう所なのか』……知りたくはなかったけど、今は知ってしまっている。

「はい……」

「なら、もうちょっと彼女の気持ちも察してあげな。それが『イイ男』になるための条件だよ、彼氏クン」

 それがどういう意味なのかは分からなかったけど、でもまぁ僕が選んでも問題はない……と言う事かな。

「もっとちゃんと彼女……桜ちゃんと向き合ってあげなさいよ、好きなんでしょう!」

「えっと……やっぱりバレバレですかね……」

 恥ずかしそうにそう答えると、お姉さんは『はぁ?』と裏返った声で吐き出した。

「何言ってるのよ。桜ちゃんとキミの事なんて病院中にバレバレよ。そもそも『こないだ、どうしてあの病室に誰もいなかったと思ってるのかな?』」

「あああああああああッッ」

 そっか、僕が桜に告白した時誰もがその場にいなかったのは、偶然ではなく必然で。

 それも、多分桜が事前にお願いして作り出した二人だけの空間と時間で。

「まったく、それくらい察しなさいよ」

 僕が全てを理解した所でパァン、と勢いよく肩を叩かれた。


※  ※  ※


 そっか、香織さんはあの時の看護師さんだったんだなって今更に気づいた僕は改めて今自分がいる環境を再確認する。

 一ノ瀬改め綿貫のおじさんがあの看護師のお姉さんこと香織さんと再婚して。

 香織さんの娘さんがモモちゃんで、そのモモちゃんとは10年前に病院で知り合ってて。

 世の中、狭いなぁ。

「あ、あたしお昼作るね!」

 時刻は11時30分。

 確かにそろそろお腹が空いてくる時間だ。

「お~頑張れ女の子」

 立ち上がってキッチンに向かうモモちゃんを香織さんが茶化す。

「んもう、そういうのじゃ無いから!!」

 一瞬で真っ赤になった顔のまま振り向いて抗議するモモちゃん。

「はいはい、せいぜい失敗しないように頑張れ」

「わかった、ママの分は作らないでおくね」

 さらに煽る香織さんとさらなる抗議の態度を崩さないモモちゃん。

「え~そんな事したら桃の恥ずかしい秘密を『セイちゃんに』バラすからね!」

「!!」

 どうやらこの勝負は香織さんの勝ちみたいだ。

 でも、モモちゃんの恥ずかしい秘密っていったい……。

「ママ! そんな事したら一生口きいてあげないんだからね!」

 あっかんべーをして踵を返し当初の目的地だったキッチンへと姿を消すモモちゃん。

「二人とも、相変わらずだねえ」

 ほほえましく二人の対決を見守っていたおじさんがやっぱりほほえましい口調でそう呟く。

 でも香織さんは『このコミュニケーションに関する話題はおしまい』とばかりに話題を180度転換した。

「それはそうと誠一君。モモから聞いたんだって? 『あの事』」

「あのこと?」

 オウム返しになってしまうけどモモちゃんから聞いた話は割と多いのでどれなのか咄嗟に特定できない。

「モモが小さい頃、病院で知り合っていたって話よ」

「ああ~。それ聞いてすっかり思いだしましたよ」

 あの時のおチビちゃんがモモちゃんだってのはまだ信じがたいけど。

「ここからは桃の親としての話ね。あの子さ、桜ちゃんが亡くなってから誠一君が病院に来なくなったのをしばらく……いやずっとかな。拗ねてたんだよね」

「え?」

 桜に面会するという理由が無くなったら当然僕も病院に足を運ぶことはしないわけで。

「女の子は心の成長が早いからね~。『白馬の王子様』みたいに思ってたんじゃないかな。で、その王子様が突然自分の前に姿を現さなくなった……そりゃ落ち込むし病院中駆け回るしで大変でねえ……ある時言ったのよ、『ママだってパパと突然会えなくなったんだからね!』って。そしたら……何て言ったと思う? あの子」

「さぁ……」

 元々モモちゃんの言動を予測する事など不可能な対人スキルしか持ち合わせていない僕には文字通り『想像を絶する』答えが返って来た。

「そしたらさ。『ママはパパと『お別れの儀式』したじゃない! あたしはそれすらできないんだよ!!』って。何とも子供ながらに……いや、子供だからこそかな。深く私の心を抉ってくれてさぁ。でもその時思ったんだよね。もしこの子が恋焦がれる男の子が次に桃の目の前に現れたら、桃はどうするんだろう? ってさ」

「結局数か月してやっと桃の機嫌も直って……そんな時に桃がこんな事を言い始めたのよ。『あたしこれからいっぱい努力する! 努力してあのお兄ちゃんに認められるような女の子になる!』ってね。あの決意表明は本当に可愛かったわぁ……」

 回想しながら恍惚の表情を浮かべる香織さんはちょっと怖い。

「そ、それでモモちゃんはその後どうしたんです……?」

 トリップしかけた香織さんの意識を現実に引き戻そうと僕はそんな質問を投げかける。

「親のひいき目で言わせてもらうと、頑張ってたよ……まぁその努力が結実するかどうかは議論の余地があるみたいな事も合わせてだけどねえ」

 一体何をやっていたんだろ……。

「香織さん、後ろ注意だよ」

 おじさんが苦笑いで隣の香織さんの肩越しに斜め後ろ方向を指さす。

「ん?」

「あ……」

 そこにはおたまを握りしめたまま、鬼の形相で仁王立ちしているモモちゃんが。

「ママ! 言わないでって言ったのに!!」

「なんだよぅ、なかなか進展しない2人を応援しようとした出来心……いや違う親心だよぅ」

 香織さん、ブレないなぁ。

 この人が自分の娘をどれだけ愛していて、可愛いと思っているのかはいくら鈍い僕でも今日だけで十分理解出来る。

 ちょっとその気持ちが暴走している部分もあるけど。

「ここでぷんすかしてるのはいいんだけどさ、料理見てなくて大丈夫なの?」

「!! ああああ焦げるううううう」

 叫びながらぱたぱたとキッチンに戻るモモちゃん。


 ……食べられるものが出てきますように……………

 という僕の祈りが天に届いたのか、出て来たお昼ご飯は、それはそれてとてもおいしい炒飯でした。


 こんな感じで、綿貫家の人達と半日を過ごした僕は、それからも色々な情報を得る事が出来た。

 再婚については、一ノ瀬家の当主がおじさんを不憫に思って色々と便宜を図ってくれたこと。

 そもそもおじさんと香織さんはモモちゃん以外に子供を作る気がお互い無かったこと。

 労働時間が不定期な香織さんと、いくらか融通の利くおじさんとの純粋に利便性を考えての決断だったということ(ただしお互いを愛していないわけではない)。

 そして、僕は半ば『もしかして……』と思っていて、実際『そうだといいな』と思っていたとある事実をそれとなく聞いてみたのだけど。

 残念ながらセシルさんとラズベリーさんはそれぞれこの二人では無かった、と言う事を追記しておきます。


 ――それにしても僕、な~んか忘れてるような気が、するんだよねぇ……。

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