第19話 考察
「で、あの女の子はいったい何だったんだろうな」
当然そういう話題になるわけで。
あれからお寺を後にした僕たちは帰り道の途中で適当なファミレスに入ってお昼を取る事にした。
窓側の席に僕が、通路側の席に二人が座ると義明が先陣を切った。
「……」
「結構可愛い子だったけど誠一は知り合いか? あの子と」
「…………」
僕はさっきから想定していたこの質問にどう答えたらいいかを思案していた。
嘘をついたり誤魔化す事が苦手ですぐ顔や態度に出てしまう僕ほどわかりやすい反応を返す人もそうそういないらしいけど、そんな僕にだって『どう説明したらいいか』くらいは考える頭が備わっている。
モモちゃんとの関係を誤解されず、かつ分かりやすい説明となると……。
「あ、アールちゃんじゃね?」
「ぶっほ!! ゲホンッゲホッ……」
今週のアンラッキーアイテムは飲み物なのかな?
これで2回目なんですけど噴出してむせるの……。
「図星、か。なるほどなぁ」
「何がなるほどなんだよ敬太」
恨めしそうな目で睨んでやると義明が『まぁまぁ』と二人の間に入る。
「あの子が着てた制服、俺たちが通ってた中学と同じだぞ多分」
「え? でも僕たち学ランで女子はセーラー服じゃなかったっけ」
「変わったんだよ、5年くらい前にだっけな。まぁ妹が変わった年度に通ってたから知ってるんだけどよ」
「へ、へぇ……」
僕が隠そうとした事実が僕の知らなかった情報のおまけつきで露わになってしまった。
「で、だよ。アールちゃんって誰?」
あ、そっか義明は知らないんだった。
彼も同じオンラインゲームを遊んではいるんだけど家庭を優先して週のログイン時間は1時間取れればいい方なんだ。
世の中には泣いている赤ちゃんを放り出して難易度の高いコンテンツに挑む親もいると聞くので、少なくとも義明はそんな現実逃避のための材料として遊んでいるわけではなくてどちらかというと僕たちとのコミュニケーションツールとして利用している感じだ。
「あれ、知らないっけ。ほら誠一と同じ種族で同じ職業の子がたまり場にいただろう?」
「う~ん……何となく……」
そんなキャラいたっけなぁ? と腕を組んで思案顔になる義明。
「まぁその子と誠一、オフして実際に会ってるんだわ」
「ちょっと!そういう事言わなくていいから!!」
さらっと僕が秘密にしておきたい事をこんな場所でいともあっさり暴露する敬太。
「いやだって義明がそれ知らないと話進まないだろう?」
「それはそうだけどさぁ……」
僕にだって色々心の準備というものが……。
でも当の義明は未だにうんうんと唸っている。
「う~ん……俺の頭の中で小さい子、って言えば誠一のキャラと里奈と……あとあの子だなぁ」
「あの子?」
「覚えてないか? 桜のお見舞いに行って病室を出てベンチに座っている時に時々現れては落ち込んでいる俺らを励ましてくれた3、4歳くらいの子。いただろ?」
う~んそういわれてみるとそんな子いたような……。
「あれ病院関係者のお子さんだったよな明らかに。近所の子が遊び場にしてるって感じじゃなかったし」
「あ、あー。いたいた。『お兄ちゃん達、病気なの?』とか聞いてきたあの子だよね。可愛かったなぁ」
「なんだ、前から『そっちの趣味』だったのかよお前」
「違うから!!」
敬太の意図を完全に読み取った僕は全力でそれを否定する。
「てか『前から』って何!? 今だってそんな趣味ないから!!」
「はいはい。でもお前JCに絡まれてるんだろう? 最近」
ニヤリと何か含むものをふんだんにチラつかせた笑みを僕に向けてから、敬太は煙草を一本手にして火をつける。
「それがさっきの子かー。やるなぁ誠一」
自分の席の側にあった灰皿をさりげない動作で喫煙者の前に差し出す義明。
「何言ってんだよ! 今話すべきなのはもっと別の事だろ!」
ああもう、なんでこの3人といるといつも脱線ばかりなんだ!
それが楽しいってのはもちろんそうだけどさ。
「まぁ問題は彼女自身じゃなくてあの一ノ瀬のおじさんと一緒にいたって事だけどな今は」
そう言う敬太の『今は』に多少の引っかかりを覚えたけどその発言には同意するので突っ込まないでおく。
「引っ越した後に再婚してできた娘、とか……?」
「いやそれだとどんなに早くてもまだ小学校高学年だろ。計算が合わない」
「んじゃあ妾に産ませた隠し子とか……」
一ノ瀬家、というのはどうやらお墓のあった辺りに古くから君臨している大地主で今は一ノ瀬不動産という会社を営んでいる一族だって聞いた事がある。
おじさん達が引っ越してきたのも僕たちが住む町での事業拡大を狙っての事だと……聞かされた当時は何のことだかさっぱりだけど大人になった今改めて思い返してみると実に納得のいく理由だと思う。
「あの真面目なおじさんがそんな倫理から外れるような事するわけないじゃないか……」
まぁ、僕があの二人を見てすぐ連想したのが『援助交際』の四文字だったのは伏せておくけど。
「だよなぁ……と、なると後残る可能性は親戚の子かエンコーか再婚相手の連れ子、くらいか……?」
真ん中のはさすがに酷い……いや僕は『余計な予備知識』があったから真っ先に思い至ったけども。
「先の誠一の発言からまぁエンコーはないだろ。そして多分親戚のセンもないな」
「どうして?」
「だって全然似てないじゃん」
確かに血筋というモノはある程度外見上に通った性質を引き継ぐし、それは記憶の中のおじさんとさっきみたおじさんについて、経年を頭の中で計算して同一人物だと結論付けさせられたり、また記憶の中の桜とおじさんが紛れもなく血のつながった親子だと納得も出来るわけで。
それでも『親戚説』は濃厚とは言わないけど捨てきれない可能性はまだ残されている。
「でもさ、遠い親戚とかなら全然似てない事もあるじゃない?」
一ノ瀬家が大きな家なら、どれだけ薄い血筋の分家でも末席に参列させるんじゃ……いやこれは明らかに二次元世界に触れすぎな考え方かもしれないけどさ。
「自分で言っておいてアレだけど多分無いと思うぜ?」
「なんでさ?」
ぽわっ、と紫煙を真ん丸に虚空へと放ってから敬太が回答する。
「桜の葬儀の時、俺たちより小さい子がいなかったからだ」
ああ…………それは確かに僕にも覚えがない。
「まぁ残るは再婚相手の連れ子、だけども」
「そればっかりは分からんよなー」
そう、だろうか。
僕はそれこそ援助交際以上に無いと思うんだけど。
10年前のおじさんの落胆ぶりはそれはもう同じ悲しみに暮れていた僕なんかより当然酷くて、笑わなくなって、泣かなくなって……というか表情を作る事を忘却してしまったかのようで。
それでも毎朝ふらふらとした足取りで仕事には行っていたみたいで。
そのうち、挨拶もなくどこかへ引っ越して行ってしまって。
あんなに消沈していた人が再び家庭を持とうって思うものなんだろうか?
一度失った生きる価値を、そんなに簡単に再び得ようと、するものなんだろうか?
人付き合いがそこまで深くも広くもない僕には到底想像できなくて。
結局、このお昼時の『余計な詮索』は現実世界で繋がりのある僕がモモちゃん本人に確かめればいいじゃん、で二人の中では決着がついたらしい。
いやいや……そんなの聞くに聞けないでしょ…………。
来るだろうなと思ってたら案の定と言うべきか、明けて日曜日の昼下がり。
「やっほー」
玄関先でにこやかに手を振るのはネイビーと白の縦じま模様をしたカーディガン状のワンピースを羽織ったモモちゃんだった。
インナーは大きく首回りがカットされて鎖骨が露わになる白いブラウスと濃紺のキュロットスカートとこれまたおしゃれな一面を覗かせる彼女。
何故僕が自室にいないかと言うとその理由は単純でお昼を食べ終わってリビングでだらだらしてたからってだけで、別に今日モモちゃんが来るかもとか思って待機していたわけではない、念のため。
「……来ると思ってた。まぁ入って」
「うんっ!」
さて、僕もそろそろ覚悟を決めないと……かなぁ。
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