第18話 墓参り
とまぁそういう事があったんだけど、話を戻すと今は4月25日、土曜日。
平日と同じ時間に起床した僕はいつもとはちょっと違うスーツに身を包んで『その時』を待っていた……と言えばカッコ付くんだけど。
待っているのは敬太と義明の到着だ。
今までは電車で行っていたんだけど、去年の秋くらいに義明がマイカーを購入したというので今回はそれに便乗する手はずになっていた。
ふと、バイブにしていたスマホが机の上でガタガタと振動で机を小刻みに叩く。
「遅いよー」
『悪い悪い、ちょっと手間取ってな。今誠一の家の前に泊まってるぜ』
電話は敬太からだった。
「すぐ出るよ!」
そういって通話を終え、ドタドタと急いで階段を駆け下りて。
「お母さーん、行ってくるねー!」
と靴を履きながらリビングにいるであろうお母さんに声をかけて。
「は~い、気を付けてね~」
と言うお母さんの返事も聞き終わらぬうちに玄関を飛び出した僕は聞いていた通りの自動車……白いセダンを目視確認してそちらへと足早に向かう。
車内を覗くと見知った顔が二人、前の座席にいたので後部座席に座ってシートベルトを締める。
「久しぶりだね、二人とも」
「悪いな、ちょっと娘がグズっちまって遅れたわ」
運転席の義明が遅れた理由を説明してくれた。
彼は一昨年に大学時代から付き合っていた彼女とめでたくゴールイン、一児の父となったのが去年の夏頃の事。
一緒にゲームはするけど最近はその娘の世話などで忙しいらしくて満足に自分の時間を取れないみたいで、MMO―RPGも一緒に始めたのに僕と敬太の方がずっと先に進んでしまっていた。
まぁ、ゲーム何かよりずっと大切なものを手に入れたんだし寂しいけど幸せならそれでいいかなって思ってる。
「んじゃ、行きますかね」
「おう、安全運転でいくぜ」
「高校時代にバイクで転んで大けがした人の発言とは思えないなぁ」
僕が彼の『武勇伝』の一つを指摘すると、ワハハハハと義明は笑って、
「それは言ってくれるな、若気の至りってやつさ」
と爽やかに返してきた。
きっと僕だけが取り残されているんだろうなぁ、世界から。
そんな自覚はあるんだけど……どうしても、ね。
「んで、今年の『プレゼント』は何にしたんだ?」
車がゆっくりと目的地に向かい始めると、おもむろに手持ち無沙汰な敬太がそう尋ねる。
「へへ、今年は一周回ってウサギだよ」
「そうか……喜ぶといいな」
「それは大丈夫だよ。元々持ってたし」
自信満々にそう答えると『だな』と示し合わせたかのように息ぴったりとそういう返事が前の座席に座る二人から同時に返ってきた。
「それにしても、あれから10年かー。長いな俺たちも」
「ほんとにね」
その後、行きの車内は1年ぶりの顔合わせという事もあって昔話に花が咲いた。
二人が『僕のやりたいようにさせてくれる』空気はずっと健在で、わかってはいるけど僕はそれに甘えっぱなしで。
大学院で研究に勤しむ敬太、早々に家庭を持った義明。
二人とも自分が進むべき道を自分で選択して、進んでいる。
でも、僕は…………。
東京都北区十条。
丁度十条駅と東十条駅の中間地点くらいにあるお寺。
そこが僕たちの目的地だった。
あまり大きなお寺ではないし朽ちかけた卒塔婆がいくつも見えるし、もしかしたらそのうちつぶれちゃうんじゃないかと心配になる(住職さんごめんなさい!)光景は今年も相変わらずで。
境内の指定の場所で水を汲んで、来る途中で買った花と『プレゼント』をそれぞれ手にした僕たちは『一ノ瀬家の墓』と刻まれた墓石の前にたどり着いた。
「お、今年はおじさんに負けちゃったかぁ」
先客がいた事を示す仏花とまだ半分以上も残っているお線香はついさっきまで他の人がお参りをしていたことを示していて、今日ここに来る人と言えば僕たちかおじさんくらいしか思い当たらないんだ。
とは言っても、おじさんは桜の一周忌が来るより早く引っ越して行ってしまったのでそれからは全然会う事は無かった。
「桜、今年も来たよ」
墓石に丁寧に水をかけて、花をおじさんのと並ぶように立てて、『プレゼント』をお供えして合掌する。
今年に入ってから、というか今月はいろんな事があったんだよ、桜。
僕は、それなりに生きてる。
でも…………やっぱり桜のいない日々は寂しいよ。
ああ、愚痴を言いたくて来たわけじゃないや。
まぁとにかく、適当に、そこそこ楽しくやってるよ。
それから僕は心の中で近況報告をして、おもむろに閉じていた目をゆっくりと開いた。
「!」
毎年の事だけど、いつも瞬間は桜が10年前と変わらない笑顔で僕を見つめてくれているように感じるんだ。
その瞬間を感じたいがためにこうしてずっと命日の墓参りを欠かさずにやっているし、そのために次の一年を過ごしていると言っても過言ではないくらいに。
「さて、行きますかね」
一通り心に区切りをつけた僕は、後ろに向き直って僕が立ち上がるのを待っていた二人に声をかける。
「そうだな」
「んじゃ、いつも通り昼飯でもおおおおおお?」
「どうした義明」
「ああああれ、一ノ瀬のおじさんじゃ?」
「えっ?」
義明が目を見開いて指さした先を目を凝らしてみる。
低い塀のせいで大人なら上半身が丸々見えてしまうんだけど、その塀の向こう側に黒いバンが止まっていて、車両の後ろ側には確かに人がいた。
僕の古い記憶にある一ノ瀬のおじさんは黒髪オールバックに銀縁眼鏡、がっしりとした体つきでいつでもバリっとしたスーツに身を包んだ営業マン風の人。
義明が指さした方にいた壮年の男性はオールバックな所は同じだけど白いものが少し混じっていて、眼鏡は黒縁でフレームの太い物、体格も中肉中背、着ている物はズボンこそスラックスだったけど上はワイシャツにニット地のベスト。
でも……ぱっと見別人のように感じるけど目と鼻の形は僕の記憶の中にあるおじさんと、そして桜ともそっくりで。
「どうする? せっかくだし声かけるか?」
敬太が僕の肩に手を置いて決断を促す。
「そうだなぁ……久しぶりだし……ってちょっと待って」
今までおじさんのであろう背の高い車の陰に隠れて気づかなかったけど、そこにはもう一人の姿があった。
「え……?」
それはこの三人の中では僕だけが知っている人物で。
入院中の桜と同じ髪型で、でもその髪を束ねるシュシュの色は本人の明るい性格を体現するかのような真紅
ブレザータイプの制服はつい最近見た形状の物と首元のリボンの色までもがまったく同じ。
壮年の男性に対して、僕には見せた事のない慈しみや労りの念をもって接して、親しげな笑みを浮かべている女の子。
モモちゃんだった。
なんでモモちゃんがここに…………。
「あ、行ってしまうみたいだぞ。いいのか?」
「うん……大丈夫」
その返事を敬太に返した時僕は先日ウィンさんから受けた相談内容について鮮明に思い出していた。
まさか……ね。
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