第15話 コラボカフェにて

「ほらセイちゃん、次秋葉原だよ」

「……んう?」

 ゆっくりと目を開けるとそこは桜のいた病室……ではなくて電車の中。

 私鉄から山手線に乗り換えた僕たちは運よく座れて、そして僕は夢を見ていたみたいだ。

「夢でも見てた?」

「うん、ちょっとね」

 昨日のやり直しという意図があるのかはわからないけど今日も制服で隣に座るモモちゃんが覗き込んでくる。

「『さくらさん』の夢?」

「……うん」

「そっか。どんな夢だった?」

 モモちゃんには関係ない、って反射的に突っぱねようとするのをぐっと堪えて極力端的に答える。

「昔の、夢。あまりいい思い出じゃないけど」

「そっか」

「うん」

 さすがに桜の事をあれこれ聞くのは止めたのか、モモちゃんはそれ以上追及してこようとはしなかった。

 やがて電車が目的の駅で停車すると、人の流れに逆らわないようにゆっくりとした歩みで僕たちは目的地を目指したんだけど……。

「うっわぁすごい人」

 件のコラボカフェは電気街口からすぐの川沿いにあるカラオケボックスの2階にある。

 若干の当日券やキャンセル分を期待してか、チケットを持たない人の列が店をはみ出して橋の向こうまでできていた。

「僕たちはこっちだね」

 開場時間と滞在時間があらかじめ決定されているコラボカフェは、ちょうど僕たちがというよりモモちゃんが予約を取れた12時の回に入場する人の列が2階にできていたのでその最後尾へと並ぶ。

 人が多いというのはネット上の情報で知ってはいたけど実際にここまでの人が入店できるかどうかもわからないのに集まってくるというのは実際に見てみると感慨深いものがある。

「ねぇ、セイちゃん」

「ん~?」

 珍しく小声で呼びかけてくるモモちゃん。

「あたし達って周囲の人にはどう見られてるのかな?」

 そこかしこから『初めまして、〇〇です』とか『あ~似てる似てる』とか『〇〇さんってこんな人だったんだー』とか明らかにオフ会で初顔合わせしていると思しき挨拶合戦が繰り広げられている中、そんな儀式を先週済ませてしまった僕たちは周囲の中でも比較的静かな方だった。

 もちろん僕たちみたいな人達がまったくいないわけではないだろうけど少なくとも目に見える範囲でそんな落ち着いた感じの人は見つけられなかった。

「そうだな、まぁ年の離れた兄妹かな」

「んもう」

 どすっ、と軽く腹パンをしてくるモモちゃん。

「そこはさぁ、この街的には照れながらどもりながら『恋人じゃないかな』っていう所でしょお?」

「……言わないよ」

「そっか」

 店内から漏れ聞こえてくるゲーム内の音楽がそんなやり取りをよそにどんどんと気持ちを盛り上げてくる。

「あ、この曲」

「うん、《霊峰の地下洞窟》だね」

「難しかった~あそこ」

「あれが難しいならレイドはまだまだ遠いよ~?」

「頑張るもん、当初の目的は達成できなくなったけどそれでもやってみたいもん」

 当初の目的……そっか確かウィンさんと……。

「で、結局どうなったの? モモちゃん」

「何が?」

「その……ウィンさんと、さ」

「あぁ~……」

 苦手な食べ物を口にしたような、心の底から嫌なオーラを全身に溢れさせているような表情を作るモモちゃん。

「サイアクだよ。自分の事棚に上げてあたしの事めっちゃ非難してくるんだもん。こっちはもうかなり前から冷めてるのに。なんだかんだと理由つけて同意してくれないんだよねえ」

「へ、へえ……大変だね……!?」

「どした?」

「いや……なんでもない」

 視線を感じて辺りを見回してみたけど特に知ってる顔があるわけでもなく。

 敬太辺りが当選してたら来てるかもしれないけどそういう話は聞いていないし、人混みにでもあてられたかな?

「あ、列進んだよセイちゃん」

「おっと」

 列に並ぶこと10分。

 開場時間ほぼギリギリで店内へと足を踏み入れた僕たちはそこかしこにゲームの世界を彷彿とさせる様々なオブジェクトに目を奪われ、まさしく幻想的なゲームの世界を体験する事となった。

 店内アナウンスはプレイヤーなら誰もがクスっとくるネタであふれていて、店員さんも注文したメニューにいちいちコメントを入れてくれて。

 どこを取っても来た人に楽しんでいってもらおうっていうコンセプトに溢れていて、確実にコラボカフェ企画した人はプレイヤーだよなぁって感じられる拘り具合で。

 例えば。

 海底にあるダンジョンをイメージした料理を運んでくると……。

「お待たせしました~、こちら深海の溶岩ピザです。制限時間は息を止めてられる3分となりまぁす」

 あ、そうかダンジョン内で水中を移動する所は3分を過ぎると水圧に耐え切れなくて即死するっていうギミックがあったっけ。

「ほらセイちゃん食べて食べて! あたしが溺れないように!」

「ちょ、こら自分で食べるから置いて!」

 とか。

「こちら青の騎士のノンアルコールカクテルです。彼の騎士の悲哀と自愛の籠った一品でぇす」

「ああああ!! ルガーノ卿!!」

「セイちゃん落ち着いて!」

 青の騎士ルガーノ、とは物語が始まってからすぐに出会うNPCで、中盤のストーリーで突然プレイヤー操るキャラクターを庇って死んでしまうというキャラで、僕はそのNPCが死ぬシーンを何度もプレイバックしては一人泣いていたっけな。

「はい、お待たせしました。こちらは『イル=コヴ』の蒸し焼きで~すっ」

 ゲーム内でも珍味として設定されているイル=コヴ……ゲーム内世界の言葉で『幸せを運ぶ』と名付けられた鶏みたいなモンスター(ただし実際の料理はどう見ても鶏肉)が出てくると。

「コヴちゃああああああああん!」

「モモちゃんおちつておちついて」

 モモちゃんはペットとしても実装されているイル=コヴを可愛い可愛いと普段から連れて歩いていた……。

 そんな感じで閉店のアナウンスまでたっぷりと楽しむ事ができた。

 そう、久しぶりに外に出て楽しいな、って感じたんだ。

 誰かと一緒にいる事を、楽しいって感じてしまった……。


「あ~楽しかったねえ」

「うん、そうだね。行ってよかったよ」

 2時間の制限時間付きで体験できる『現実世界に出現したゲーム世界』をコンセプトにしたコラボカフェで過ごした時間はあっという間で、店外には物販コーナーもあったけどとてもゆっくり見ていられる状況ではなかったので、僕たちはそのまま岐路について今は最寄り駅の改札を出た所だ。

 驚いたのはモモちゃんも同じ駅が最寄りだった、って事。

 まぁ僕が西口なのに対してモモちゃんは東口なのでそこからは反対方向だったけど。

「ねぇ、セイちゃん……」

「ん~?」

 列に並んだ時と同じやり取りを、改札を出た所で繰り返す僕たち。

「やっぱり……知りたいよ……」

 その後に続いた言葉のニュアンスを感じ取って、僕はモモちゃんに合わせていた歩みを一瞬止めてしまった。

「……それって、桜の事を、って意味だよね?」

 夕方の雑踏の邪魔になるからと壁際まで移動してからそう尋ねると、モモちゃんは一回だけしおらしく首肯した。

「う~ん……」

 やっぱり軽々しくオフ会に応じたのは悪手だったかなぁ。

 今までそこに踏み込んでくる人はいなかったし、仮にいたとしても僕はかたくなに口を閉ざしていたから。

 話した所でうわべだけの慰めを与えられて、『頑張れ』って言われる事はわかりきっていて、そして僕はそういうのを全く求めていなかったから。

 でも、モモちゃんが知りたいのは多分そういう単なる興味本位とテンプレートな反応を返したいからじゃないって事くらいは僕にも何となく理解できてしまって。

「ダメ……かな?」

 困ってしまった。

 こんな事初めてで、本当にどうしたらいいのか……。

「わかったよ」

 折れたわけではないけど、僕は話をする事について了承する。

 それでこの娘がドン引きして離れてくれれば僕は僕の平穏を取り戻せる。

 むしろ覚えてる事全部ぶちまけてしまえ。

 いつもと逆の手段をとっさに思いついた僕は、洗いざらいを白状する覚悟を決めた。

「でも、話すと長くなるからまた今度でいいかな?」

「うん……うん……いいよそれで!」

 特に最近は何故か過去の夢を良く見るし、見ない時期と比べたら色々話す事は多くなりそうかな。

「あ、でも次の土曜日はどうしても外せない用事があるから他の日にしてくれると助かる」

「えっ……そ、そっか。次の土曜日は先約があるんだ……まぁあたしも用事あるけどさ……終わったらセイちゃんの家行こうとちょっと思っちゃったよ」

 この子は毎週末ウチに来るつもりなんだろうか……。

 お母さんも歓迎してるしダメとは言わないけどクラスメートとかと遊びに行くとかそういう予定はないのかな、と少し心配してみたり。

 そして僕は念押しのためもう一度僕にとって大事な事柄を伝えた。

「うん、毎年の恒例行事なんだ、大切な、ね」

「わかった……それじゃあ、またね」

「うん」

 毎年、授業を欠席したり有給を取ったりして必ず時間を作っていた『その日』が約一週間後へと迫っていた……。

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