第13話 夢、あるいは回想(その4)

「なぁ、ちょっとおかしくないか?」

 秋から冬にかけて寒空の下ではさすがにお弁当どころじゃないので、僕と敬太と義明の3人は屋上を諦めて日替わりで誰かのクラスに集まってお昼休みを過ごすようになった。

 それはまぁ今はいないもう一人を除けば全員男子だし小学生時代はずっとこうしていたんだけども。

「おかしい?」

 お母さんお手製の弁当は今日も青みの強い野菜が入っていて、それらを箸で取り除く作業に没頭しながら敬太の発言に反応する。

「俺もおかしいと思うぞ」

「義明まで……何がおかしいのさ」

 平日は放課後毎日桜の病室を訪れる僕は毎日この時間に桜と共通の友達となった彼らに今日の……じゃなくて『昨日の桜について』話をするのもまた日課となっていたんだ。

 だから二人が口をそろえて『おかしい』と言ったのは桜に関係する事だろうと文脈から推測は出来るのだけど。

 じゃあ何が彼らに疑問を持たせたのかについては皆目見当がつかない。

「昨日さ、二人で話し合ったんだよ桜ちゃんの事」

 今まで僕が昨日の桜について話をしている時、二人は真剣に茶化す事なく聞いてくれていたけど、今の二人の表情は真剣というよりも敬太は神妙で暗い、義明は今にも泣きそうな悲痛な表情を浮かべている。

 その表情の変化は僕が不安を抱くには十分過ぎた。

「うん?」

「手術もせず《腸炎》でこんなに長期入院なんてあり得るのか? ってな」

 銘々がお弁当を囲むように座っている位置関係のせいで、二人の声はステレオスピーカーの左右からそれぞれ聞こえてくるようだった。

「何か気づいたの?」

 ようやく大嫌いなピーマンの千切りと肉を完全分離した僕はひき肉の塊を口に放り込みながら聞き耳を立てる。

「気づいたのは俺らじゃないけどな」

「どういうこと?」

「俺たちの教室で話していたんだよ。そしたらさぁ、何か話が聞こえちゃったっていうクラスメートがいてな」

「うん」

「あの病院の『胃腸科』という病棟について教えてくれたよ……その子の数年前に亡くなったおじいさんがそこに入院してた、って」

「亡くなった、って……」

 縁起でもない事を言うなよ……って抗議しようとしたけどそれよりも早く敬太が割り込んで来た。

「そもそも考えてみろ。内臓疾患を見る科は何ていう科だよ一般的にさ」

「あ…………」

 その指摘に瞬間的に思い当たる事が一つ、あった。

 一般的に内臓疾患を診察して治療するのは『内科』だ。

 じゃあ、『胃腸科』ってのはどういう……。

「俺らと同じ疑問を持ったな、誠一。そもそもそのクラスメートのおじいさんは肝臓を悪くして入院していたんだと。それが何で『胃腸科』のベッドがあてがわれるんだ? それこそ『内科』の病棟が妥当じゃないか?」

「それは……そうだね」

 前からおじさんの態度や桜の長い入院生活に疑問を全く持たなかったのか、と問われればそんな事はない、何かが『おかしい』とは感じつつも具体的に何がどうとは指摘が出来ない僅かな違和感を僕も感じていた。

 でも僕はその考えや気持ちと向き合おうとしなかった、多分意図的に目を背けて、自分の中に小さく渦巻いた疑問を突き詰めようとはしなかった。

「…………これ以上は俺らから言えない。後は調べるなり本人に聞くなりしてくれ」

「わ、わかった……」

「でもこれだけは言っておくぞ。誠一が事実を知って、それによってどう行動しても俺たちは誠一を責めたりはしない。誠一のやりたいようにやってみたらいい」

「うん、ありがとう二人とも」

 すると二人は示しあわせたかのように苦笑いを返す。

 

 この時があったから、という訳ではないけど2人とはいまだに友達関係を続けている。

 それはたぶん僕が何を思ってどんな行動を取っても(それが明らかな犯罪だった場合は違うと思うけど)、2人はそれを尊重して、この時みたいにいつでも応援してくれるからだと思っている。

 そしてこの日は、お昼休みの時間から数時間後の出来事……放課後のいつもの日課中に起こった出来事まで含めて僕にとって絶対に忘れられない日になった。

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