第11話 夢、あるいは回想(その3)

「これ、あげる」

 病院のベッドの上で透明な点滴を投与されている桜が唐突に伸びた髪を束ねていた、彼女の名前と同じ色をしたシュシュを無造作に引き抜いて僕に手渡してくる。

「え、でもこれがないと髪の毛大変なんじゃ……」

 季節は夏が過ぎ秋が去った12月。

 半年弱の時が経過したものの、まだ桜は病床に伏していた。

 あれから、僕は文字通り『毎日』桜のお見舞いにこの病院を訪れていて、いつしか顔なじみばかりになった看護師さん達からは『胃腸科510号室の患者さんにひたむきな愛を注ぐ彼氏』という認識になってしまっていたけど、それは僕にとってあまり気にならない評判だった。

 だって、桜が早く良くなりますようにって思って毎日顔を見に来ているんだし。

 それに……。

 僕にとってその一部曲解して解釈されている『とある部分』は聞いてて悪い物ではなかったから。

「大丈夫。これ二つセットで同じもの持ってるからね、ほら」

 桜は僕がたった今手渡されたものとまったく同じものをベッドの脇にある引き出しの一番上から取り出して手早く入院中にすっかり伸びてしまった髪を束ねてみせる。

「ほら、ね?」

「うん……でも僕は桜ほど髪を伸ばす予定はないから、これは預かっておくよ。そして桜が退院したら満を持して返すよ」

「ちょっとぉ、私がいなくて寂しいからってヘンな事に使わないでよぉ?」

「そ、そそそんな事するわけないだろ!」

「……ウソウソ。冗談。セイちゃんはそんな事しないよね……だからこそ託すんだもん」

 そんなちょっと意地悪なやり取りも何だかすごく懐かしいなって感じがして。

 なんでだろうな、僕は毎日この病室に来て毎日桜の顔を見ているというのに。

「わかった、これは預かっておくよ」

「うん、そうして」

 そんな拙い約束だったけど。

 僕は『バトンを受け取ったリレー選手』のような気持ちになって。

「桜、さ」

「なぁに?」

「また一緒にお弁当食べような、みんなで」

「うん、そうだね」

「僕、待ってるからね。桜が元気になるの」

「うん、ありがとう…………もっとお話ししてたいけどごめん、ちょっと眠くなってきちゃった……」

「ああうん、ちゃんと寝て早く良くなって。それじゃ僕は帰るよ」

「うん、またね」

 軽く胸元で手を振り合う僕たちを、同じ病室の患者さん達はどういう風に見ていたんだろう?

 兄弟?

 ご近所に住む世話好き?

 仲の良い友達?

 それとも……恋人?

 最後に思いついた関係に見られてたら、いいなぁって。

 そんな風に、思った。

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