第9話 夢、あるいは回想(その2)

「腸炎?」

「ああ、どうやらそうらしいんだ誠一君」

 天井と壁の上三分の二ほどが純白、それより下は水色でペイントされ飾り気なんて皆無な病院のロビーで、僕は一ノ瀬のおじさんと隣り合って椅子に座ってそんな会話を交わした。

「そっか……良かった……」

 桜が病院に搬送された深夜から明けて翌日、医師から状況を聞いたおじさんは僕に桜の病気について教えてくれた。

「それがね、どうやらちょっと特殊な腸炎らしくてしばらく入院しなくちゃならないそうだ」

「え……」

 でもそれでも、僕はもっとずっと重くて死ぬ確率が高くて、知名度の高い『あの病気』だという最悪の事態までもを考えてしまっていた。

 だからいくら入院が必要だからと言われてもああ、ちょっと大変なんだなくらいに感じた。

「あ、あぁそんな大仰に構えなくてもいいよ。当面は午前中に着替えだとかを持ってこないとな。会社は……なぁにウチはフレックスみたいなものだ。勤務時間なんてどうとでもなるさ」

「おじさん……」

 夜通し娘に付き添っていたおじさんはさすがに疲労の色が顔に出ていて、いつもは桜と同じように朗らかで優しい印象を与える頬が心なしか昨晩と同じように青白くなっているような気がした。

「ま、もしかしたら誠一君にも何か頼むかもしれない。その時は申し訳ないけどよろしく頼むよ」

「言われなくても! 僕毎日お見舞いに来ますから!」

 昨晩は無理やり未成年だからという理由で桜に付き添ってやる事は出来なかったけど、これは本当に本当の僕の心からの本心だ。

「ありがとう」

 目を細めて微笑むおじさん。

「ん~、どうせほら来週から夏休みだし時間はたっぷりあるしお礼言われる事は何にもしてないよおじさん」

「そう、だな。そうだな……」

 なぜだろう。

 さっきから胸の奥の方が自分の体の中心に向かってぐるぐると蠢くような感覚と、その逆に体の外側に向かってざわざわと波紋が広がるような感覚がするのは。

 病院と言えば風邪をひいたときくらいしかお世話になる事のなかった僕にとって、こんなに大きな総合病院という場所は初めてで、そしてそこに桜が何日か滞在するという状況が必要以上に不安な気持ちにさせているんだろうか?

 でもほら、今いる病棟の今いるフロアがどこかを指し示す案内板は『胃腸科』と書かれているしそれなら腸炎の患者が病床についたところで何の違和感もないじゃないか。

 それに。結局桜はお見舞いに来たのにずっと寝たままだし。

 点滴、痛そうだったなぁ。

 そうだ、桜が戻って来たらまた4人でお弁当を食べよう。

 他愛ない会話で笑えるあの楽しいひと時を毎日続けるんだ。

 あ、土日は学校お休みだから週5くらいか、祝日もあるし。

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