第6話 女の子≠女

「ねえ! これでいいのかって聞いてるんですけどぉ!」

「えっ……あっ…………さくら…………じゃないモモちゃん?」

 あれ? 僕寝てた……?

 今のは10年前の夢……だった?

「じー…………」

「ね、寝てた……かな?」

「じ~~~~…………」

 よく漫画で『じっと見つめる』を『じ~~……』って文章で表現するのは見かけるけど、実際口で効果音として発する人初めて見たよ……。

「な、何かな?」

「さくら、って誰?」

「…………なんのことかな?」

 別に近年話題のヘタレ鈍感難聴ラノベ主人公体質を体現したわけでは決してなくて、あんまり他人に話したくない事なのでとっさにとぼけただけだった。

 でも、そのおとぼけに対してモモちゃんはさらに数秒『じ~~~~』を続けてその後『ま、いっか』と顔を自分のPCへと向き直した。

「とにかく! あたしがレイド行くのに最低限の事出来てるか見てよね? セイセンセ♡」

「あ、うん……ごめんね寝ちゃって」

 それからの僕はなんか妙に頭が冴えちゃったというかとても寝られる精神状態になれなかったというか、とにかく寝落ちする事なくモモちゃんの『特訓』を監督した。

「そこで《フレアー・エクスプロージョン》だよ! 遅い! あと1秒早く!!」

「はいっ」

「違う! そこはスキルローテーションの折り返しだから《ブリザード》じゃなくて《リザーブスペル》で直前の《ラーヴァ・テンペスト》を拾う!」

「はいぃぃぃ」

「3秒先の状況を読むんだよ! 自分が次に何をしたいかじゃなくて相手が次に何をしてくるか、それを考えるんだ!!」

「はひぃぃぃいぃぃぃぃ」

 こんな感じで、ちょっとどころじゃない、レイドに挑むなんてとてもとても無理なモモちゃんのプレイヤースキル向上用の『特訓』はその日の夕方まで続いたんだ。

 特訓中のモモちゃんはそれまで僕に見せていた蠱惑的で挑発的な態度とは180度違う、ひたむきに、純粋に僕の指摘した事を忠実に再現できるように素直に努力していた。

 そんなモモちゃんを見ていた僕は……やっぱり特に思うところが何も無かったのだけども。

 帰り際、お母さんが『送って行ってあげなさい』というのでそれに従って僕はモモちゃんを駅まで送るために外出したのだけど。

「ねぇ、モモちゃん」

「ん~?」

「なんでまたこの時期にレイドやろうなんて思ったの?」

 それは彼女とまだ現実世界で会うより以前に、敬太から聞かされた彼女の決意表明に対して僕が抱いていた素朴な疑問そのままだ。

「……ケジメをね、つけたいの」

 今まで見せてきた太陽のような明るい笑顔はその発言と共に陰りを見せ、代わりに夜の帳のような暗くて、最も輝いていた双眸すらも一切の光を失った。

「ケジメ?」

 僕が予想すらしていなかった答えだ。

 てっきり『みんなが行ってるから楽しそう』くらいのライトな感覚かと思ってたよ。

「あたしね……ウィンとは……もう……」

「……」

 さすがに僕でも彼女が飲み込んだ言葉くらいは察せる。

 そして『永遠の愛』なんて言葉は100%、絶対に嘘だといえる程度の知識はある。

 彼女の言うケジメというのは『ウィンさんとの最後の思い出に』という所だろうか。

「……いいの? それで」

 それでも、僕はそう問いかけるしかできなくて。

「いいも何も……。あの人はただあたしと恋人らしいコトをしたいだけ。あたしがダメなら他を探すだけなのよ。見てくれるのは身体だけで心を見ようとはしてくれないんだ……そんなんじゃ女の子は警戒するだけなのに、ね」

 ふと。

 ふと、僕の頭に今のモモちゃんの言葉を聞いて瞬時に浮かんだ『違和感』がある。

 それが何なのかはまだハッキリとはしていないけど。

「あのね、セイちゃん」

 しばしの沈黙の後、凪の海みたいに穏やかな声色でモモちゃんが切り出す。

「何?」

「あたしは『さくらさん』がどんな人で、セイちゃんとどういう関係なのかは知らない。でもこれだけは覚えておいてね…………女の子って言うのは、さ」

 いったん途切れた発言の続きは、『はぁ~~~……』という深いため息と『よしッ』と自身を鼓舞するかのような掛け声の後にそっと告げられた。

「覚えておいてね。女の子って言うのは多かれ少なかれ、程度の差こそあれど誰だって、絶対に、漏れなく、ただ一人の例外もなく」

「う、うん……?」

「家族や友達、そして男に対して。自分を取り巻く人達全てに対して、計算して行動をしているんだよ」

 そう、吐き捨てるように、僕を見上げて宣言した彼女の顔はとても10歳以上年下の中学生の女の子には見えなくて。

 そう、大人を垣間見せる変革期の『女』の顔で。

僕が、これまでずっと避け続けていた『ほぼすべて』で。

 その表情を見た瞬間、納得がいった。いってしまった。

 僕がさっき感じた違和感は、僕が望まないという範囲での過剰なスキンシップや男を挑発するような発言、何より恋愛感情を持っていない相手……僕へ向ける無邪気な笑顔。

 狙ってやっていたんだ。

 全部が全部そうだとは思わないけど、じゃあこの二日間で彼女が漏らした本音はどれだけあるんだろう……?

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