第4話 モモ、襲来

『おいおいマジかよ。んで、可愛かったのか?』

 ――やっぱ敬太に話すんじゃなかったかなぁ。

 衝撃のオフ会から一晩明けて今日は日曜日。

 仕事もないので朝からだらだらとゲーム世界を満喫しながら敬太と通話しているとふと昨日の不在を突っ込まれたので正直に話しをしたらこの反応が返ってきたというわけ。

「可愛かったよ普通に」

『そうか……残念だ』

「なんで残念なんだよ、いい事じゃないか」

『誠一に関してはあまりよろしくないだろ、女の子を『可愛い』と評するなんて』

「あ……」

 僕が25年の人生で『可愛い』という形容詞を使った女の子はたった一人だけいた。

 でもその子は……。

『まぁ何かあったら言えよ。それよりも今は…………っと』

 けたたましいキーボードの打鍵音が続いたと思ったその直後。


 イリス=グラジオス:速報・リリィ、アールとオフしてきたってさ(本人談)

 リリィ=リィ:ああああああああああああああああ


 僕とイリス、そしてラズベリーさんとセシルさんだけのレイド攻略用サークルに向けて早々にバラされてしまう。


「何てことするんだ!」

『だってなぁ。俺だってゼロじゃねーけどそこまで恋愛経験豊富じゃねーし人生経験ほぼ誠一と一緒だし。こういう時身近な年上の人に意見求めるのって普通にアリじゃねえ?』

「それは確かにそうだけどさぁ」

『ほらもう反応返って来てるぞ』


ラズベリー=パイ:ええええ、やったじゃんリリちゃん

セシル=ハーヴ:詳しく話してみろ?


 

『誠一、お前……まだあの事引きずってるんだろ?』

「引きずってない! って言えればいいんだけどね。まぁ正直に白状すると引きずってるよ」

『だろうなぁ。お前あの頃からめっちゃかたくなに女の子避けるようになったの今もそうだし』

「仕方ないだろ、あんなことになったらそりゃ……」


リリィ=リィ:や、ただ駅前の飲食店で3時間ダベって終わりだから! 何もないから!

セシル=ハーヴ:マジかよ

ラズベリー=パイ:もっとデート楽しんで来たら良かったのに

リリィ=リィ:さすがに女子中学生連れまわすとかちょっと……ね

セシル=ハーヴ:アールちゃんてリアルJCなのかよw

ラズベリー=パイ:ちょっとリリちゃんそれ犯罪……


 そして自爆。いつもの事だけどどうして僕はこうやっていとも簡単に色々しゃべってしまうんだろう。

 他の人もいる別のサークルだとここまであからさまにヤバい情報は絶対に漏らさないのに、どうしてかこの攻略用サークルの僕はいつだってチョロい。

「ほらぁ、また弄られたじゃないかっ」

『いいじゃねえか。この人達がこれで終わるわけないんだからよ。ちょっとくらい慰み者にでもなれよ』

 さもおかしそうにそういう敬太の声にほんのちょっとだけイラっとしたので『じゃあ、いったん切るよ』と強引に通話を終了させる。

 ぴんぽ~ん

 家のチャイムが階下から聞こえてくる。

『は~い、お待ちくださいねぇ』

 いつもの間延びしたお母さんの声が続いて響く。

 宅配かな?

 なんであれお母さんが対応したなら僕は何もしなくて良さそうだし今は正直突然の来客どころじゃない、気分的に。

 この間にもチャットによる爆弾設置……ではなくて質疑応答が繰り広げられているのだ。


ラズベリー=パイ:で、貴女はどうしたいの?


 この人達はリリィのプレイヤーが男の僕だって知っていながらも、語りかけて来る時の二人称は女性っぽい物を選んでくれる。

 それは僕だけに限らず敬太のイリスについても同じだ。

 彼ら曰く、『そんなもの』だそうだけど僕はこの感覚についてよくわからなかった。

 そしてたった今、問われた『僕はどうしたいのか』という質問についてきっと今頭の中をよぎった一言を指先で文字入力をしてエンターキーを押せば打ち間違いをしていない限り僕の意図は伝わるはずだし普通はそこで方向性が確定する、はずなんだ。

 でも彼ら相手にはそんな『とっさの回答』はただのきっかけに過ぎず、その後色々と僕の本心を抉るような指摘がバンバン飛んでくるに違いないのだ、いつもの様に。

「セーイちゃん」

 そう、初対面でいきなり『僕の事をセイちゃん』などととてもとてもフレンドリーに呼び、女子中学生で彼氏持ちの年下の女の子であるモモちゃんと今後『どうなりたいか』は昨日から僕を悩ませる文字通り頭痛の種となっていた。

「セイちゃんってば」

 あまり時間を置くのも悪いしどう答えようか……。

「んもう。さっきから呼んでるのにッ」

 突如肩甲骨の辺りに柔らかい何かがむぎゅぅと押し当てられ、キーボードに手を伸ばしたままの姿勢で固まっていた僕の胴体に何か細長いモノが優しく巻き付けられた。

「え? え?」

 なんだこれ!

 僕の背後で一体何が起こっているのか、一瞬で真っ白になった頭を物理的に動かして後方確認をすると。

「呼んでも全然気づかないんだもん……来ちゃった♡」

「モ、モ、モ、モモちゃん!? どうしてここに……」

 えへへと『照れ隠しのような』ではなくニヤリと『不敵な表情』でもなくごくごく自然な、昨日見た太陽の一部を切り取ったかのような満面の笑みがそこにあった。

「昨日バイバイした後こっそりストーキングしてみました! セイちゃん全然気づかないからそれがまた楽しくてつい……ね?」

 ね? って言われても……困ったなぁ。

「ついって何!? ちょっと離れて! 離れてよ!!」

 背中の柔らかい感触の正体を察した僕は必死に懇願する他に術がない。

 だってここで無理やり振りほどこうとしたらモモちゃんのどこを触ってしまうかまるで見当がつかないから。

 そもそもなんでお母さんはモモちゃんを簡単に家に上げたんだ。

 こんな所見られでもしたら……。

「あらあら、仲がいいのねえ」

「おおおおおお母さん! なななななな何してんの!!」

 抱き着くモモちゃんのさらにその向こう側に何故か嬉しそうにオタマを抱えたお母さんが立っていた……。

「え~、だってさぁ。セイちゃんが女の子のお友達連れて来るなんて10年ぶりくらいでしょう? お母さんもう嬉しくて嬉しくて、ねぇ?」

 いやこの場面普通に犯罪一歩手前だと思うんですけど!

 親としてそれを微笑ましく見学してるってどうなの!?

 世界は僕に厳しい……。

 全然甘やかしてはくれない。

「あ、モモちゃんだっけ? もうすぐお昼だからぜひご飯食べて行ってね」

「は~い、ありがとうございます!」

 なんで? どうしてそういう展開になる?


>>イリス=グラジオス:おーい、反応無いけど大丈夫かー?


 あ。

 そういえばチャットを放棄しっぱなしだったっけ……。

「あ、インしてたんだね。ごめん何か攻略……してたわけじゃないか」

「うん。まぁとにかく離れてよ……頼むからさ」

「はぁい」

 やっと背中に押し当てられていたものが取り除かれる。

「てか……何しにきたのさ?」

大丈夫だ、問題ない。とイリスに個別チャットを返してモモちゃんがここにいる理由を聞いてみる。

「ん、練習しようと思って」

「練習?」


リリィ=リィ:ちょっとリアルで色々あって……その話題はまた今度ね


 椅子を180度くるりと反対側に向けてモモちゃんを正面に捕える。

 今日は少し気温が低いせいなのかはわからないけど紺色のブラウスの上からワイン色のカーディガンを羽織り、膝丈の真っ白なプリーツスカートといういで立ちのモモちゃんは昨日よりもちょっと大人びて見える。

 そんなちょっと大人なモモちゃんはリュックサックを背中から降ろして中から銀色のノートパソコンとゲーム用のコントローラーを取り出した。

「そ、練習。レイドのね」

「あーレイド……って! 練習すんの!? ここで!?」

「あ、電源とWiFi貸してね。さすがにスマホで接続したらアレだし」

 僕が今ここで返れって言った所でどうせ断られるんだろうし無理やり出て行ってもらうにしても暴れて叫ばれてしまっては色々とヤバそう……。

 いつもの八方塞がり感満載のこの感覚……最近何だか慣れてきたなぁ。

 つまり今僕ができる事はWiFiの接続用パスワードをモモちゃんに伝える事くらいしかなくて。

 モモちゃんがなれた手つきでPCを立ち上げてログイン手続きを済ませるとリリィのすぐ傍に見慣れた幼児体型のキャラが出現した。


アール=リコ:こんにちは~


 その場にいた他のキャラクター達……と言ってもいつものメンツだけど、が今しがたPOPしたアールちゃんに挨拶を返すログが数行流れる。

「あ、そっか。そういう事かぁ」

 僕にしては良いカンだと思うんだ。

 アールちゃんのキャラは職業が僕のリリィと同じ魔法使い。

 そして僕は既に現行のレイドを攻略済みなので直接教えてもらおうって事なんだ、これは。

「セイちゃんにしてはよく気づいたねぇ。感心感心」

「でも僕攻略はできるけど人に教えた事とか無いんだけど……大丈夫かなぁ。それに単純にアドバイスするだけなら通話でも良かったんじゃ……」

「ダメよ。だってゲーム中はほとんどウィンと通話してるもの。喧嘩してない限りはね」

「あ、左様で。それじゃあ手始めに壁殴ってみようか」

 壁、というのはこのゲームでスキルの威力を確認したりスキルを使う順番やタイミングを練習できるよう各所に設置されたサンドバッグのようなオブジェクトの事。

 誰が、いつ、どの職業で、どれだけのスコアを出したのかがランキング形式で表示されている。

 ちなみに僕は187位/2876人とそこそこ高い数値を出す事が出来ている。

 そもそもこれでいいスコアを出さないといくら攻略パーティを募集してもスコアを参照した結果、参加者が『用事を思い出す』という事態も普通に起こりえる。

 つまり最低限自分が請け負うべき役割をきちんとこなして初めて、システム的にではなくプレイヤー的な参加資格が得られる……と教わった。

「はぁい、セイセンセ」

 昨日からちょいちょい見せるこのあざとい発言と仕草はわざとなのかそれともモモちゃんの素なのか。

 まぁどれだけあざとい行動をされても僕がこの子……いやそもそも女の子という存在に対して『特別な感情』を抱く事は無い。

 いや、恋愛対象はもちろん異性ではあるのだけど僕は残念ながらLGBTのいずれにも該当しない。

 むしろどれかに引っかかっている方が正常かもしれない。

 固まってしまったんだ、僕の心は……あの日から。

「えいっ……えいっ……」

 あまりテンポの良くない掛け声とそれに多少ずれて呼応する魔法の炸裂エフェクト音を聞きながら、僕の思考は急速に10年の時を遡り始める。

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