第3話 時系列はオフ会の日に戻ります
と、いうわけでオフ会当日。
僕は条件として待ち合わせ時間から10分経過しても会えなければ帰る事を提示していたので適当にぶらついて帰る気満々だったんだけど。
不覚にもライン通話に出て素直に答えちゃったお陰でこうしてアールちゃんと今はファーストフードの店で対面している。
「改めまして、アールです! ……本名は綿貫桃です!」
「あ、どうも……俺は小和田誠一……です」
「オワタさん! 可愛い~」
「止めて止めて、どうせなら誠一って呼んで!」
過去この苗字のお陰で様々なあまりよろしくないニックネームをつけられた過去をさらっと抉られた僕はとっさにそんなことを口走ってしまう。
「ん~、じゃあセイちゃんね。あたしの事はモモって呼んで」
「いや、さすがにそれはどうかとわたぬきさ……」
「モ・モ!」
「じ、じゃあモモちゃん……で」
「うんっ」
普段文字だけで意思疎通を図る相手の態度は、画面を通して抱いていた印象とさほど変わりがない事にホッとするのと同時にとても申し訳ない気持ちがこみあげてくる。
「ごめんなさい、こんなので……」
正直現実世界での人付き合いにあまり慣れていない僕はネット上でモモちゃんに『身バレ』してからというものこうやって事あるごとに誤り倒しの日々だ。
「んもう、なんでそんなに謝るかなぁ。別に気にしてないってネカマなんてそこらへんにごろごろいるじゃん」
「ネカマじゃないから!?」
あ、ちょっと声を荒げてしまったけどホントにそんなつもりはなくて……。
「わかってるわかってる。でもねえ、セイちゃんはモモが思ってた通りの人だよ?」
「そ、そうかな……」
女子中学生に看破される程度に僕は薄っぺらいんだろうか、などと考えてみたけど確かに人付き合いの中でも延々と恋愛を避けてきた僕は人間的に深みがない、と言われていたっけな。
自称『お姉さん』ことラズベリーさんと自称『おっさん』のセシルさんに。
苦手ではないけどあの二人にかかると僕は自分が根本から間違っているんだろうかって気に度々させられてしまうので、きっと人生経験豊富なんだろうなぁあの二人は。
「うんうん、どっちかといえばイケメンの部類に入るし、大人だし会えてラッキーだよ」
大人、か。
11歳も年の離れた中学生から見たら、僕も少しはそう見える、って事かな。
「や、でもさ。本当に良かったの? ウィンさんいるのに……」
「いいのよ、あんなヤツ。放っておくくらいがちょうどいいの」
不満そうにドリンクを口にするモモちゃん。
「また、喧嘩でもした?」
僕とモモちゃん……アールちゃんが知り合った時には既に恋人同士だった二人は些細な事ですれ違い、衝突を繰り返しているのを何故か僕がリリィとして相談を受ける事になったのはたぶんモモちゃんの気まぐれなんだと思う。
でも、最初に僕がアドバイスした通りにしたら仲直りできたようで、その後何か事件が起こるたび助言を求められるようになったんだったっけな。
「うん、まぁ通算27回目の冷却期間中だよ」
「今度は何があったのさ……」
過去26回全てを知っているわけではないけど、彼らの喧嘩の原因はお互い意地の張り合いが元で起こっている、と分析している。
どちらか一方が完全に悪い事も無くはないけど、それよりも二人の感性が違うからこそ起こるすり合わせが上手く行っていない感じだ。
「ん~、だってさぁ。ウィンってば『お前にレイドは絶対無理。俺は付き合わないからな』って言うんだもん。やってみなきゃわかんないのにさ」
あぁ……それかぁ。
「酷いと思わない? ちょっとゲームが下手だからって一緒に行こうとか言ってくれないのよ?」
「確かにモモちゃんの気持ち考えたら酷いと思う。レイドは大変だけどやりがいあるし楽しいし、僕は一緒に行けたらいいなぁって思うよ」
別に貴女の事ちゃんとわかってますアピールではなくて。
仲の良い人と一緒に遊べたらより楽しいだろうなぁっていうただの感想だよ、念のため。
「セイちゃんは一緒に行ってくれるよね? 見捨てたりしないよね?」
「うんうん、一緒に行こうよ」
「やった。んじゃあウィンも無理やり付き合わせよっと」
それ、本当に大丈夫なんだろうか。
口にはしないけどそんな文章が頭をよぎった。
「そういえばウィンさんって現実世界だとどういう感じの人なの?」
「ちょっとぉ、あたしといるのに他の男の話ィ? まったく本当に『パンツちゃん』ってば見境ないんだからぁ」
「そういうんじゃねーしパンツみせてないから!」
現実でこういうやり取りするとは思わなかったよ……。
「ウソウソ。う~んとねぇ……あたしの5つ上だから今年18歳で何とかって言う進学校通ってるイケメンだよ。性格悪いけど……あ~なんで一年前のあたしあんなのの誘いOKしたんだろ。今からぶんなぐってやりたいわ当時のあたしを」
イケメンで優秀ならそれでいいじゃない……ここにさほど顔良くないし優秀でもない凡人がいるんですが!
「家が金持ちなクセにケチだし出不精のオタク気質だしす~ぐ家柄とか学校のランク自慢するしおまけにエロいし」
「エ、エロいんだ……」
頭の中のスクリーンに目の前の女の子のはだ……いやいやいや。
「セイちゃん何想像したのかなぁ? あたしまだアイツには何も許してないから誤解しないでね?」
顔に出てしまっていたのか、対面の女子中学生が毅然とした声で、僕が脳内で想像したモノを否定してきた。
「あ、はい……」
女子中学生に目力で押される僕っていったい……。
「電車で移動中に必要以上にべったりしてきたり人気のない所でキスしようとしてきたりね……もうちょっとこう、お互いの事知ってからでもいいと思うんだよあたし」
今時の娘にしては身持ちが硬い、と評するべきなのかなこれは。
「それは……うん、そうかもしれないね」
としか答えられない。
だって僕は恋愛経験皆無で、この子の恋愛相談に乗れてるってだけで奇跡みたいなものだ。
「あたしだってさぁ、そりゃあしたくない訳じゃないのよ。でももうちょっと場所とか雰囲気考えて欲しいだけなんだけどなぁ」
「そういうのはあるかもしれないねえ」
ただ頷く事しかできない僕だけど、恋愛経験豊富な人はこういう時どういうアドバイスをしてるんだろう?
それにしても、アールちゃんのプレイヤーであるモモちゃんは本当に画面のアールちゃんそのまま……っていうと怒るかな。
僕と同じ種族のキャラを使っているモモちゃんだけどさっきから身振り手振り、全身を駆使して感情を表現する彼女の中学生らしからぬ大きさの、女性を象徴する部位がゆらんゆらんと揺れるのから目を逸らすのに僕は何気に全力を注いでいて、そして『やっぱり現実とゲームは違う』部分もあるって認識をしてしまったから。
「でもそれは……男としては多分普通の事、だと、思う……よ?」
完全に以前セシルさんが言った事の受け売りの文句をそのまま伝えると、モモちゃんは『そうなんだけどねー』と苦笑い。
「それは分かってるよぉ。でも女の子としてはやっぱり、ね~?」
ね~? って言われても女の子ではない僕はそれに同意してもいいものかどうか意図を図りかねるわけで。
「…………セイちゃんってさ」
どう返答しようか頭をフル回転させている僕にモモちゃんはさらに追い打ちをしてくる。
そこまで言うと口に片手を当てて周囲の人には聞こえないけどでも僕だけはしっかり聞き取れる声でこう呟いた。
「…………あたしのおっぱい、見たいの? さっきからちらちら視線そこに行ってるんですけどぉ」
「なッ!」
そういえばラズベリーさんが言ってたっけ……『女の子は男が思ってる以上に色々観察しているよ』って……。
今まさにそれを体験したわけだけど……。
「お、お、お、おんなの子がそそそそんなはしたない事言ったらダメ!! それに見たくないから目を逸らしてるわけで!」
「うんうん、そうだよねぇ。そう言わないとセイちゃん犯罪者になっちゃうもんねぇ」
あ、遊ばれてる……中学生女子に……。
「いや、そういうわけでは……」
「やっぱセイちゃん思った通り。絶対草食系だと思ってたんだぁ」
「それはつまり……人畜無害だからノーカン、って事……かな?」
「う~ん……ちょっと違うけどまぁそんな感じ。あ、でも男性扱いしてないって意味じゃないからね?」
「あ、うん……」
こうして、一方的にモモちゃんが話題を提供して、僕はひたすらそれに答えるという時間はこの後およそ3時間にも及んだ……。
彼女の提示する話題は実に多岐に渡っていてしかも一つの話題に要する時間は非常に短かった。
学校について、友達について、ウィンさんについて。
お気に入りの服について、ゲーム内の綺麗な景色について、隣の席を発った見知らぬオジサンについて。
こういうのをとりとめのない会話、っていうのかな。
意味なんてない表面だけの会話、楽しいとは思わないけど楽しくない訳でもない。
でも、どこかその脈絡のない会話は懐かしさを感じさせて。
そうか、僕はきっと……。
目の前の女子中学生に、思い出させられてしまった。
遠い過去の、忘れたいけど忘れられない悲しい記憶を。
「あ、そうだ。セイちゃんにこれだけは聞かないといけなかった」
「ん?」
どうやら帰りの電車がほとんど同じ方向な僕たちは長時間居座り続けたファーストフード店を後にして同じ電車に並んで座ったんだけど、そこでモモちゃんはそう切り出した。
「やっぱり、JCとのデートだと制服の方が良かったかなーって」
「!?」
いやいやいや、そもそも僕ノーカンなんでしょ?
貴女、こないだデートじゃないってハッキリ言ったよねぇ!?
「いや……モモちゃんが着たい服着たらいいんじゃない、かな」
頭の中がパニックしっぱなしだぁ、今日は。
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